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異世界を信じる者たちへ 〜何故かエルフになった僕〜  作者: さつき けい


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第二百三十三話・雨の音と望郷


 王子も王宮に戻って行き、辺境伯家が慌ただしくなった。


僕たちは別棟に戻る。


ティモシーさんは護衛用の部屋に入って行ったし、僕も客室に戻った。


 窓から見える午後の空が曇り始めている。


僕はモリヒトに公爵家に行って、クロレンシア嬢の様子を見て来てくれるように頼んだ。


昨日、公爵家に戻った後、どういう話になったのか。


すぐに動くようなことはないかも知れないが、万が一のことがあるからな。


『アタト様はどうされますか?』


一緒に行くか、と訊かれた。


「いや、ここで待ってるよ」


今、公爵家に行ってクロレンシア嬢を見たら、僕が情に流されて余計なことをしてしまいそうだ。


もう余計なこと言ってしまった後だけど。


だがそれはクロレンシア嬢を近衛兵という国からの縛りを解き、彼女の将来に僕たちが口を出せるようにしただけだ。


まだ公爵家という縛りが残っている。


『承知いたしました』


モリヒトは頷いて、姿を消した。




 フゥッと息を吐き、モリヒトが用意してくれた部屋着に着替える。


カタッと音がして目をやると、ウゴウゴが小さな結界の容器の中で寂しそうに揺れていた。


「あー、ごめんな」


さすがに王宮には連れて行けなかったので置いて行ったんだ。


蓋をはずしてやり、しばらく自由にさせておいた。


「おや、雨か」


王都には珍しい雨音がする。


ウゴウゴを抱き上げ、窓辺に立つ。


「なんだか波の音のようだ」


辺境地を渡る風、緑の匂いの草原。


塔の我が家が懐かしい。


「いつになったら帰れるのかね」


本当はいつでも帰りたいし、帰ろうと思えば帰れるはずだ。


だけど、それをしないのは、僕がまだ何かを待っているから。




「元宮廷魔術師、か」


王子の師匠であり、辺境地の司書さんに教えてもらった人物。


年齢も、どんな風体なのかも知らない。


そういえば、性別も聞いてなかった。


「本当にダークエルフのことが分かるのかな」


エルフの長老からの連絡も、あれ以来何もない。


小さかったアタトの両親は本当に存在するのだろうか。


「中身が異世界人だとしても、この体は間違いなく、この世界のモノだ」


迷い込んだヨシローと違い、僕の体は元の世界の人間にはない構造をしている。


ということは、神が一から作ったか、死んだダークエルフの子供に異世界人の魂を植えたか、のどちらかだ。


今さらアタトの生みの親に会ったとしても、僕には一緒に暮らすことは出来そうにないが。


「どんな暮らしをしているのか。 援助くらいなら出来るかな」


僕の中にいるアタトのために、何か出来ることがあればいいが。




 ベッドに腰掛けてそんなことを考えていたら、いつの間にか眠っていたようだ。


気がつくと雨は上がり、陽が傾いている。


『お目覚めですか、アタト様』


「ん。 モリヒト、帰ってたのか」


横になったまま伸びをして、ゆっくりと体を起こす。


『はい。 よく眠っておられたので、先に夕食の準備をさせて頂きました。 こちらで召し上がりますか?』


「そうだな。 久しぶりにモリヒトと二人で食べようか。 ヨシローたちには体調不良とでも言ってくれ」


『承知いたしました。 では、こちらに』


部屋の中のテーブルに料理を並べる。


僕がベッドから降りて顔を洗っている間に、モリヒトはキランに伝えに行った。




 モリヒトが戻る前にパンを摘む。


さっき、辺境地の塔での生活を思い出していたから、ガビーが作るしっかり歯応えのあるパンが懐かしくなった。


「柔らかいパンも美味しいけどな」


王都のパンはお上品というか、味が薄い。


ドワーフの焼くパンは表面はパリパリして、中はしっとり。 噛めば噛むほどバターと小麦の味がした。


バターやチーズは辺境地の名産なので他より味がしっかりとして分かり易い。


モリヒトがちゃんと旅行中の分も用意してくれていたので助かった。




 久しぶりに他に誰もいない食事は静かで落ち着いた時間である。


モリヒトは食事代わりに酒を飲む。


王都ではまだ酒屋に行ってないはずだが。


『市場で見つけました』


と、見たことの無い酒瓶を開けている。


ああ、屋台料理の調達か、毛玉の配達の時にでも見つけたか。


どちらにしても抜け目ないヤツ。




 モリヒトの話では、クロレンシア嬢は思ったより落ち着いているようだ。


『公爵家のほうも、元々近衞騎士になるのは反対されていたようですし』


公爵も娘に対して厳しい態度は取っていないらしい。


逆に、辞める理由が出来て喜んでいるかも知れないな。




 騎士が近衛騎士団に入るのは憧れもあるだろう。


実力と家柄が備わっている証だ。


男性騎士ならば女性にモテるし、下位貴族でも上位貴族からの縁談をもらえる。


しかし、女性騎士の場合はどうか。


普通、貴族の娘であれば、騎士になるなんて婚姻に支障が出るようなことは最初からしない。


近衞騎士になるのは、その必要がある者だけ。


王族や高位貴族に近付く、それだけだ。


「父親である公爵様はクロレンシア嬢の気持ちにはとっくに気付いていた。 騎士になることは許可したが、娘が国の駒になる事は避けたかったようだ」


『王族との婚姻は避けたいと』


「だろうな」


甘々な父親には、すでに王族に次ぐ権力がある。


それ以上、王族に近付く理由がない。


可愛い末娘にわざわざ苦労させようとは思わないだろう。


国を傾けたい訳でもなければ、な。




 ガラス窓の外が暗い闇に沈む。


まだ浅い夜の気配が漂い始める。


「モリヒト、墨を出してくれ」


『はい』


片付けが終わるとテーブルに筆や硯、下敷きと紙が揃う。


固形墨を手に、硯には少々水を垂らす。


「モリヒト、結界を頼む」


誰かに邪魔されたくない。


シュッシュッシュッ


久しぶりの墨の感触に心が休まる。


 筆に染みていく墨の色。

 

紙に落とした汁から湧き上がる墨の匂い。


集中が高まるのを感じた。




 久しぶりに紙が真っ黒に塗り潰されるまで書き殴って気が済んだ。


最近、少しモヤモヤしてたのは墨を磨ってなかったせいかも。


隣で体を伸び縮みさせているウゴウゴが可愛い。


 ふと思う。


クロレンシア嬢はこのままエンデリゲン王子を諦める気だろうか。


それは困るな。



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