第二百三十二話・令嬢の身の振り方
僕たちは話し合いながら軽く昼食を摂った後、キランに辺境伯への面会を申し込む。
表向きは先日の音楽会に対するお礼だ。
すぐに了承され、本館に招かれる。
「側妃様からは大変丁寧な御礼状も頂きました。 これ以上は不要でございます」
辺境伯にはそう返答された。
王子と僕は目で合図を交わす。
本館の応接室は豪華で品が良い。
家令さんと護衛騎士が部屋の隅に立っている。
辺境伯家の侍女がお茶とお菓子を並べ、退室した。
「辺境伯には本当に世話になっている。 騎士ティモシーもエルフのアタトも我の大切な友人だからな。
どんなに礼を言っても足りないくらいだよ」
和かな雰囲気で話が進む。
「その辺境伯に、我が力になれることがないかと思ってね」
「殿下が、ですか?」
辺境伯が目を丸くする。
「例えば、辺境伯の騎士団には女性騎士が不足している気がしたが」
王子は以前、領都での祭りに招待され、辺境伯領都本邸にしばらく滞在していた。
「はあ。 確かに女性騎士はおりませんが、一応侍女は戦闘が出来る者を採用しております」
辺境伯家の使用人のほとんどは体格が良く、護衛としてもよく鍛えられている。
護衛として役立たずなのはキランくらいだ。
王子はコホンと空咳を一つする。
「しかし、侍女では正式な宴や王宮には入れない場合もあるだろう。 どうかな?、正規の女性騎士を雇う気はないか?」
「正規の、養成学校を出た騎士様ということでしょうか。 女性騎士は圧倒的に数が少ないため、そのほとんどは王宮の女性や未成年の王族担当に配属されると伺っております」
王都の騎士養成学校は全国から腕に自信のある若者が集まる。
その中には当然、少女たちもいた。
しかし数は少なく、近衞騎士になれる者はさらに少ない。
成績優秀で、貴族家の出身、もしくは貴族家に見込まれて養子に入った者でなければ近衞騎士団には入れないからである。
後ろ盾に貴族家がついているのは何かあった場合、簡単に命を奪われないためだ。
王宮の近衛騎士は粗相があれば実家に戻されるが、後ろ盾のない平民では、その場で切り捨てられてしまう。
本人に直接の非は無い場合でもだ。
それを憂いた何代か前の国王によって決められた制度だという。
「確かに今は女性王族が多く、優秀な女性騎士は近衞騎士になり、王族に取り込まれることが多い。
しかし、近衞騎士団を引退した女性騎士ならばどうだ?」
辺境伯は不思議そうに王子を見る。
女性騎士が引退するのは、多くは婚姻のためである。
そして嫁ぎ先で、妻として騎士として警備の強化に当たるそうだ。
「我が家には騎士を妻に迎えられるような者はおりませんし、私は、その、妻以外に女性を囲う気はございませんので」
これは誤解されたな。
「い、いや、そういうことではない」
王子がしどろもどろになり、僕に助けを求めてくる。
僕は「失礼ながら」と口を挟む。
「先日、僕が王宮に行ったのはご存知ですよね」
辺境伯は頷く。
「その時にちょっとした騒動がありまして。 王族の警備をしていた女性騎士が、近衞騎士には向かないと実家に戻されたのです」
彼女はこのまま引退の可能性が高い。
「しかし、当人は騎士を続けたいと願っております」
「そんな騎士様がいらっしゃるのですか?」
僕はニッコリ笑って続ける。
「僕は近衞騎士には向かなくても、高位貴族家の騎士になるのには不足のない女性だと思いますよ。 ねえ、ティモシーさん」
「あ、はい」
ティモシーさんは、その女性が騎士養成学校時代の後輩に当たると話す。
「騎士としては大変優秀な女性です。 王族の方々には、その、えー、優秀過ぎて敬遠されたのではないかと」
気位の高い女性の中には、自分よりも容姿の美しい女性を傍におくのを嫌がる者がいる。
それは辺境伯も理解していた。
「はあ、そこまで殿下やアタト様が推薦されるのでしたら、一度面談させて頂いた上で採用したいと思いますが」
僕たちはフッと息を吐く。
やっと一段越えた。
「それで、その女性騎士のお名前は?。 後ろ盾はどこの貴族家でしょうか」
さあ、次が来たぞ。
「辺境伯殿もよく知っている女性だ。 先日も我と一緒に辺境伯領都に滞在していた」
辺境伯が眉を顰める。
「確か、ご実家は辺境伯家とは縁戚関係だと伺いましたが」
ティモシーさんが情報を追加する。
「は?、まさか」
辺境伯が目を見張る。
公爵家のクロレンシア嬢のことだと気付いた辺境伯の顔色が悪い。
僕も追撃に加わろう。
「奥様とも仲良くやれる方だと思いますよ」
夫人とケイトリン嬢、そしてクロレンシア嬢が仲良くお茶会や買い物を楽しんでいる姿を、辺境伯家の多くの者が見ている。
「ええ、それは確かに。 しかし、後ろ盾である公爵家は何というでしょうか」
「僕としては、先日のお茶会の不手際をなかったことに出来る良い機会だと思うんですがねー」
あれは、たとえ相手が上位貴族だろうと、辺境伯家として恥をかかされたと抗議しても良い場面である。
「あれはー」
しかも僕はここで攻撃を止めるつもりはない。
「あの時、招待された客は辺境伯様だけではありません。 僕も呼ばれていました。 それなのに相手は姿を見せなかったのです」
口元をニヤリと歪ませるモリヒトの姿を真似る。
「辺境伯様がお許しになっても、僕の眷属精霊は覚えていますよ、あの屈辱を」
王子とティモシーさんまでがピリッと緊張する。
「わ、分かりました。 とりあえず、王宮の貴族管理部に赴き、事実を確認させて頂きます。 その上でクロレンシア嬢を我が家の騎士団に招聘する手続きをいたしましょう」
辺境伯は思ったより淡々と言葉を続ける。
近衞騎士の移動手続きには王族の推薦状が必要となるため、辺境伯は王子に依頼した。
「任せておけ」
と、エンデリゲン王子が約束する。
「先日の公爵家のお茶会の件は、私どもとしても腑に落ちない扱いでございました」
辺境伯はそう言って手配を始める。
「アタト様、モリヒト様。 いざとなったらお二人の名前を出させて頂きます」
「ご自由に」
と、僕は笑った。




