第二百二十八話・売り場の露店の混乱
辺境伯邸まで送ってくれるという馬車の御者に頼んで、市場の近くで降ろしてもらう。
「ありがとうございました」
僕は普段着用ローブに着替え、モリヒトは姿を消している。
市場に着くと、すぐにフードを深く被った。
気配を消して人混みを急ぐ。
ティモシーさんの実家である食料品店の王都店が見えて来た。
「おや、アタト様。 こちらですよ」
「え?」
何故か、食料品店の店員さんが工房の露店にいた。
「遅いわよ!」
スーが横から顔を出す。
「うん、すまん。 で、どうだ?、売れ行きは」
「ふふん」と、スーが無い胸を張る。
「絶好調よ!」
隣で店員さんもウンウンと頷く。
目新しい品であり、辺境地でしか手に入らない材料。
数量限定と聞いて客の興味を引いたそうだ。
「そりゃ、良かった」
僕はホッと胸を撫で下ろす。
「実は注文が殺到してしまいまして」
先着順ということで注文を受け付け、すぐにガビーたちが兄妹の工房で作り始めているそうだ。
ガビーに材料を渡しておいて良かった。
今は噂話を聞いて品物を見に来る人たちに謝っているところらしい。
「申し訳ございません。 もう売り切れてしまいまして」
店員さんが身なりの良さそうな老人と話をしている。
「では、次の入荷の予定は?」
「すみません。 あいにく、辺境地のドワーフ職人の作なので、今度いつ入荷するか分からないんです」
「そうか、仕方ないな」
「どうもすみません」
どうやら、ずっとこの調子らしい。
そこへガビーたちが戻って来た。
「アタト様!。 いらしてたんですね」
ロタ氏と職人兄妹も一緒だ。
「こんにちは、アタト様。 もう売り切れてしまいましたよ。 これは予約分です」
「急いで作って来たのよ。 ふう、疲れたー」
兄妹はガビーの作業を手伝ってくれたようだ。
「お疲れ様」
皆、良い笑顔だ。
「さて、これが予約分だ」
ロタ氏が箱を出し、店頭に置く。
ガビーが大声を出した。
「はい。 では、割符をお持ちの方ー。 取りに来てくださーい」
え、ここで渡す気か?。
「待て!」と僕が腕を伸ばす前にワッと客が殺到した。
「キャア!」
店頭にいた一番小さなスーが弾き飛ばされる。
「チッ」
僕はほぼ一瞬で防御結界を張った。
そして、兄職人が持っていたハリセンを奪って、思いっ切り振り抜く。
パーンッ!!
「ヒャッ!」と、ガビーが叫ぶ。
騒いでいた客が音に驚いて静まる。
「バカやろうっ!。 こんなところで呼び出しなんてしたら、客が殺到して危ないって分からないのか!」
大声でガビーを罵倒する。
「あ、あ、アタト様、すすすみませんっ!」
ガビーは地面に這いつくばって謝りだす。
僕は店を取り囲む人々に頭を下げた。
「お客様、申し訳ございませんが、割符の方には後程お届けいたしますので」
そして、倒れ込んでいるスーに手を貸して立ち上がらせる。
ザワザワとしていた人垣は崩れて散開した。
スーと妹さんにはそのまま店番を続けてもらい、食料品店の店員さんを呼ぶ。
「すみません、店の奥の部屋を貸して頂けませんか」
「あ、はいはい」
僕はオロオロしているガビーの背中を押して、ロタ氏と兄職人に荷物を持ってついて来いと合図する。
店員さんに先導されて露店の向かいにある店へと入った。
「ふう」
僕が一息つくとモリヒトが姿を現す。
「ガビー、すまない。 大丈夫か?」
優しく労り、ガビーの服の汚れを払って椅子に座らせた。
「ロタさん、割符を見せてください」
今回、予約注文の人には割符を渡すことになっていた。
割符を作成したモリヒトに見せる。
「モリヒト、行けそうか?」
個別に追跡用の魔法を掛け、持っている人間をすぐに特定出来るようにしてあった。
しばらく目を閉じていたモリヒトが目を開く。
『問題ありません』
対になっている片割れの場所を確認出来たようだ。
毛玉の装飾品の追加分はそんなに多くない。
スーが持ち込んだ50個のうち、少し考えがあって黒い毛玉10個は僕が全部引き取った。
残り40個のうち見本に作成したのが12個で完売。
追加の予約分は28個である。
箱を開けて確認。
「全部出来上がってるんだな?」
僕の勢いに若干引き気味の兄職人がウンウンと頷く。
ロタ氏に、割符を追跡出来るモリヒトと露店主の兄職人を同行させ、配達をしてもらう。
ロタ氏なら金の受け渡しも任せられる。
「じゃ、気を付けて」
『はい。 行ってまいります』
3人が出て行った。
店員さんに頼んで、まだ少し涙目のガビーにお茶を淹れてもらう。
「大声出して悪かった」
フルフルと首を横に振り、
「私の考えが足りなくて」
と、ガビーはまた頭を下げてくる。
「ハッ!。 スーに謝らなきゃ。 私のせいで突き飛ばされて転んで」
突然、立ち上がるガビーの服を掴んで座らせる。
「いいから落ち着け。 今、謝ってるのは僕だ」
「アタト様が謝ることなんてありません、私が」
いや。 ガビーが悪いわけじゃない。
辺境地の町ならば、ガビーのしたことは全く問題がなかった。
ただ、ここが辺境地の町ではなく王都で、人の多さをガビーが計算していなかったことが混乱の元になりかけただけである。
椅子に座るガビーの前に立ち、目線を合わせる。
「ごめん。 僕が大声を出したのは興奮している客を冷静にさせるためだ」
すごく順調に売れて、ガビーが舞い上がってしまったのは分かる。
だが、興味を持った客が大勢いるのに手に入らない。
ここにあると言えば、我先にと見ようとする者や、誰が買うのか知ろうとする者も来る。
買った人から見せてもらうなら良いが、買いたいと持ち掛けたり、横取りしようとしたりする者がいるかも知れない。
せっかく注文した客が危ない目に遭っては拙いのだ。
「騒ぎになれば職人兄妹や市場の他の店にも迷惑になる」
ガビーは何度も頷く。
「ごめんなさい」
「せっかくがんばったのに、売れ過ぎて困るなんてね」
と、僕は笑う。
「うっ、ホントですね、大変でした」
やっと少し落ち着いてきたガビーの頭を撫でる。
子供の小さい手じゃ、少し頼りないが。
「ありがとう、ガビー」
お蔭でスーからツケを回収出来そうだ。




