第二百二十二話・市場の出店前日
それから、3日ほど掛けて毛玉の装飾品というか、おもちゃというか。 まあ、それの販売の目処がたった。
「本当にありがとうございます」「ありがとうございますぅ」
何故か、工房の兄妹が辺境伯家まで来て感謝を述べる。
「売り主はスーです。 彼女はお得意様で、僕は色々と工芸品の材料を卸しているだけなので」
スーの商売が上手く行けば、こっちは材料費を払ってもらえる。
請求書は渡してあるが、まだツケの状態なんでな。
あくまでも、場所を借り販売するのはスーであり、初日はガビーとロタ氏が補助に付く予定だ。
僕は、そうだな。
当日は向かいの食料品店から見学させてもらおう。
せっかく来たのだから、兄妹にはお茶とお菓子を出す。
何故か、食料品店の店員さんも一緒だ。
「高位貴族の館に行くのは初めてだから、ついて来てくれと頼まれまして」
ティモシーさんも苦笑いである。
「ついでに、先日アタト様からご注文頂いた件ですが、無事に品物が揃ったそうで、いつでも本店にお寄りくださいと連絡がございました」
それは嬉しい。
「ありがとうございます。 ご店主には感謝を伝えてください」
僕はニコリと微笑む。
「えっ、それって、例の『ライス』じゃない?。 マジか!。 ありがとう、ありがとう!」
興奮気味に店員さんに抱き付くヨシローに、
スッパーンッ!
と、ハリセンが炸裂する。
「おお、コレはいい。 前の作品より軽いし、音も良いですな」
兄職人が作ったハリセンの試し打ちをしたロタ氏が頷く。
「はい。 上質な紙を使って高級なものを作ってみました」
あれから評判が良く、売れ行きも好調。
今は色々な大きさや材料で作っているらしい。
「あのさ、俺で試さなくてもよくない?」
ヨシローは背中をさする。
「本当にアタト様のお蔭です」
と、兄職人は言う。
ドワーフが3人も工房に来た時は驚いた。
それでも、職人たちにはやはりドワーフに対する憧れや尊敬がある。
親しくなれるのは有り難い。
「新しいモノを作るのは職人としては楽しいですから」
工房街に活気が溢れた。
「さすがに魔獣の素材は手に入りませんが、代わりに獣の毛皮が使えないかと、皆、色々と工夫を始めましたよ」
「へえ」
この世界には特許という概念はない。
ただ王都の職人たちは、どこの誰が作ったという印を残す。
そして、自分が作ったモノより良いモノを研究し、切磋琢磨するそうだ。
「印の無いモノはあるのでしょうか?」
「その場合は見習いが作ったモノとして価格が下がります」
なるほど、辺境地とは違うなあ。
辺境地では職人が少ないから品物を見れば、だいたい誰が作ったのか分かる。
修理や追加注文があっても、すぐ当人に辿り着く。
「辺境地でも印を付けたいな。 個人ではなく、町の印とか」
僕がそう言うと、ヨシローが力強く頷いた。
「ああ、それはいいね!。 町の土産になるよ」
ヨシローがケイトリン嬢の持つ領主の家紋を見せてくれた。
「これを参考に出来ないかな?」
家紋自体を入れるのは問題があるかも知れないが、図案として単純化すればイケるか。
「ケイトリン様、よろしいですか?」
領主の娘に確認をとる。
「はい、私は良いと思います。 帰ったら父とも相談いたしますわ」
ウンウンと頷き、僕は案を出したヨシローを見る。
「ということですので。 ヨシローさん、がんばって考えてくださいね」
「えっ!、俺なの?」
辺境地に戻るまで、まだ日数はある。
「勿論です。 娘婿として点数も稼げますよ」
ついでに『異世界人』としては問題になりそうかを訊ねる。
「出来上がった図案次第だな」
そこはティモシーさんが確認してくれるだろう。
明日からの市場での販売に備え、その日は早くに解散となる。
ロタ氏と工房の兄妹、食料品店の店員さんもどこか緊張した様子で帰って行くのを見送った。
夕食後もドワーフ娘たちは興奮気味だし、ヨシローとケイトリン嬢は印のことを話し合いながら、部屋に戻って行った。
ティモシーさんは、明日は市場に教会の警備隊を何人配置するかの話し合いに出掛けて行く。
兄職人の話では、職人たちの間でも話題になっていて、お得意様や商人の中にはすでに手に入れようとしている人もいるそうだ。
明日は、かなりの人数が市場に集まるかも知れない。
騒ぎにならなければいいけどな。
『アタト様、そろそろ』
「ああ。 行くか」
今夜、僕はエンデリゲン王子と密かに会う。
そして、その先には。
「どんな人物かな、国王陛下は」
仕立師の爺さんの渾身の衣装を身に付け、最高級品のフード付きローブを羽織る。
玄関に迎えの馬車が到着したと家令さんが伝えに来た。
今夜のことは辺境伯以外の他の者には秘密にされている。
「行ってらっしゃいませ」
そう言って送り出してくれる辺境伯自身も、僕が何のために王宮に行くのかは知らない。
それでいいさ。
巻き込まないためには、知らないほうが良いこともある。
僕とモリヒトを乗せた馬車は暗闇を駆けて行った。
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「本当にお会いになるのですか、陛下」
「ふふふ、側妃や『奇行王子』などと呼ばれるお前が世話になったのだ。 礼をしなければならんだろう?」
「いいえ。 一国の主たる陛下が、エルフとはいえ、子供相手に礼など必要ございません」
「国の王だからこそ、だよ。 異種族には人族の王などただの目印の一つに過ぎない。 我とそのエルフの子は同等であろうよ」
「そんなことは有り得ません!。 あれは無礼で我が儘で、勝手な思想を押し付け、人を操っているのです」
「ほうほう、それはまた楽しみだな。 お前は何を言われたのだ?」
「……その、エルフの子供は、私に辺境地に来て仕事をしろと。 気を付けてください、あれはとんでもないことを言い出します!」
「ふむ、そうくるか。 お前もそろそろ良い年だし、我ももう年老いた。 今まで王族を増やすことばかり考えていたが、子供たちの身の振り方を考える時が来ているのかも知れぬな」
「王族の数のことですか?」
「それも含めてだ」
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