第二十二話・小魚の納品に行く
そんな毎日を過ごしながら、小魚が生簀に溜まってきたので漁師さんに届けに行く予定を立てる。
先日の件が町でどんな噂になってるのか少し心配だが、契約しているので行かなければならない。
あれからモリヒトは、ワルワ邸に残して来た分身から情報を吸い上げている。
町には「エルフが現れた」という噂が広まっていた。
しかし、領主館の対応に関して怒って出て行ったことが、何故か好意的に受け止められている。
「あそこの対応は酷かったからなあ」
「エルフに対しても同じだったらしい」
と、評判が良くない領主館の使用人たちを僕が拒絶したことで、彼らの対応の悪さが今まで知らなかった住民にも広まった。
使用人たちの一部は解雇され、業務はかなり改善したという。
『どうやら、ヨシローさんとティモシーさんがうまく対応してくださったようですね』
領主様からヨシローたちに、
「エルフの子供は怒っていたようだが、人間を襲うようなことはないのか」
と、訊かれたらしい。
いやいや、しないから。
ヨシローたちも「それはない」と断言してくれた。
そもそも僕一人で何か出来るわけではないし、人間が気に入らなければ二度と町には行かないだけだ。
今回はそこまで人間に絶望していない。
ワルワさんやティモシーさんは好意的だし、ヨシローにいたっては僕の方が勝手に同胞認定している。
まあ、ヨシローに話すつもりは今のところ無いが。
『またワルワ邸を訪れることがあったら、お詫びしたいので連絡して欲しいと、ご領主に言われたようです』
ふうん。 まあ、機会があれば会っても良いかな。
さて、魚醤の漁師の家に小魚を納めに行くため、波の穏やかな日を選んで再び町へ向かう。
僕はモリヒトに訊いた。
「どうやって小魚を移動させるの?」
前の魔獣は解体済みだったので、皮や牙、肉など、きちんと洗浄したものをモリヒトが作った袋に詰めて運んでいた。
今回、モリヒトの見えない結界内の荷物として運ぶのは同じだが、腐敗した魚はかなり生臭いと思う。
しかも魚醤作りのため量が多い
『ええ。 ですから、今回は海で移動させようかと』
今までは空というか、頭上に荷物を浮かべて移動させていたが、今回は魚港に向かうので生きたまま石箱に入れて海に浮かべるそうだ。
かなり魔力を使いそうだけど、モリヒトだしな。
海岸沿いに歩く。
今日はガビーは留守番で、タヌ子は連れて来ている。
人里近くまではモリヒトは姿を見せているし、僕もフードは被っていない。
また少し大きくなったタヌ子は足元をチョコチョコ歩いている。
海に浮かんだ石の箱は、僕たちの移動に合わせて着いて来ていた。
夜出発、早朝到着。
人里に近くなると僕はフードを被り、モリヒトは箱ごと姿を消す。
「あの家かな」
『はい。 あの蔵のある家です』
早朝から漁に精を出す漁師たちを横目に、なるべく気配を消して通り抜ける。
こういう時は小さな子供の体は見つかりにくい。
「おはようございます」
「ヒャッ。 なんだ、坊ちゃんか」
漁師のおじさんは僕を何処かの金持ちの子供だと思ってるんだった。
「魚を運んで来ました。 蔵の樽に入れますか?」
漁師親子の家は木製の塀に囲まれている。
塀の中には寝起きする母屋と、作業するための小屋、そして蔵があり、真ん中は広い空き地になっていた。
「へっ、どこにあるんでっか」
僕はなるべく他の漁師たちの死角になるように、空き地にモリヒトの石箱を出してもらう。
「新鮮な方が良いかと思い、まだ生きてますが、えーっと?」
ピチピチ跳ねる魚に漁師親子は腰を抜かしていた。
「坊ちゃん、これを一人で?」
僕がタヌ子しか連れていないので、そんな風に思ったのか。
「えっと、ちゃんと連れがいますよ。 人見知りなので姿は隠してますけど」
「あ、ああ、そうなのか。 じゃ、これはこのまま受け取って良いか?。 箱は後日また取りに来てくれ」
「はい、分かりました」
僕は頷く。
「では、魚醤が完成したらワルワさんにご連絡ください」
おそらく一年くらいは掛かるだろう。
契約料のうち手付けとして一部支払い、受け取ったという証拠に署名をもらう。
署名は本人の魔力を込めてもらい、違反した場合は領主に訴えることになる。
「そういや、領主様んとこにエルフが来たっていうが、坊ちゃん知ってなさるかい?」
漁師のおじさんに訊かれて頷く。
「噂で聞きました」
自分の噂話なんて、ちょっと恥ずかしいけど。
「エルフってのはとんでもなく強いってんだろ?。
話は通じる分、魔獣ほど怖くはねえって話だが」
おじさんは怖がるというより困惑している。
多分、町の人たちの多くはそんな感じなんだろう。
「あの、皆さんはエルフのことはどう思っていらっしゃるんでしょうか」
「うーむ。 エルフといや、美男美女、色白で金髪碧眼。 ヒョロとして弓と魔法が得意ってとこか」
お爺さんのほうは子供の頃、チラッと見たことがあるそうだ。
「耳が特徴的なだけで、アイツらは人族とあんまり変わらんと思うがな、わしは」
人間にも美男美女はいるし、魔法を使う者はいる。
「高慢で、鼻持ちならんヤツはどこにでもおるさ」
それを聞いて僕は何となく嬉しくなった。
「ありがとうございます。 では、こちらからも何かあれば、また連絡します」
「ああ、いつでも遊びにきな」
僕はペコリと頭を下げ、タヌ子を連れて漁港から離れた。
◇ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◇
「ありがとう、か」
「なんだよ、親父。 えらくあの坊ちゃんを気に入ったみてえだな」
「ふん、おめえにゃ分からんか。 ありゃあ、噂のエルフ様じゃ」
「ええええぇ!」
「でなきゃ、こんな石の箱、運んで来れるわきゃねえ。
しかも、わしらは一度もあの坊ちゃんの顔を見ちゃいない」
「教会騎士や異世界人が連れて来た子供だし、身元は確かだとは思っちゃいるが。 よりによってエルフか……」
「おめぇは下手なこと口にするんじゃねぇぞ。
あんだけ隠してんだ。 わしらは見て見ぬふりしとけばええ」
「親父に言われんでも、分かっとるわ」




