第二百十八話・別棟の一日の始まり
年寄りの朝は早い。
『おはようございます』
「おはよう、モリヒト」
ボケた顔を洗って目を覚ます。
動き易い服装に着替えて一階に降りた。
まだ起きるには早い時間帯だが、庭に出ると、何故かキランがついて来る。
不審者とでも思って出て来たのかな。
「何か用?」
「い、いえ、何でもないです」
さよか。
特に気にせず、軽く体を動かした後、木陰に座って瞑想する。
本当に連日、晴れの天気が続き、空気もカラッとしてて気持ちがいい。
だが、ここは辺境地ではないので思いっ切り戦闘訓練が出来なくて残念だ。
その代わり、モリヒトの提案で魔法の訓練をしている。
『アタト様は体を動かすことはお得意ですが、魔法の基本である魔力の調整が不得手です』
そりゃ当たり前だ。 魔法なんて前世じゃ無かったからな。
地面に胡座を組んで座わり、体内を巡る魔素の流れを感じる練習だ。
無心になり、周りの音が消えるところは坐禅に似ているなと思う。
使用する魔法には、どれだけの魔力が必要か。
例えば火魔法を使う時、タバコに火をつけるのか、森を焼き尽くすのか。
同じ魔法でも使う魔力が違って当然で、それを自分で制御するということを感覚的に覚え、無駄をなくす。
瞑想はその前段階として、自分の魔力を知る訓練なんだそうで。
まあ今まで僕は魔獣相手に適当に魔法ぶっ放すことしかしなかったからな。
モリヒトも呆れたんだろう。 すまん。
そして、瞑想している間は自分の周りに小さく結界を張って周りに影響が出ないようにしておく。
僕はダークエルフだ。
特殊な魔力が漏れて、どこで誰に感知されるか分からない。
王都は広いし、僕なんかより強い者はいっぱいいる。
気を付けるに越したことはないと思う。
ま、モリヒトより強い精霊がいるかどうかは知らんけど。
キランはしばらく僕の様子を見ていたようだが、いつの間にか、いなくなっていた。
朝食後、別棟一階にある厨房付き食堂で昨日の続きを話し合う。
食堂のテーブルに毛玉、極小魔石、布切れなど材料を置き、あーでもないこーでもないとやっている。
その横では、ケイトリン嬢がクロレンシア公爵令嬢から届いた手紙に目を通していた。
昨日、僕たちが市場に出掛けている間に届いたそうだ。
「近いうちに遊びに来てくださるそうです」
ケイトリン嬢がはずんだ声で隣に座るヨシローに話し掛けるが、返事はない。
彼は商売のことで頭がいっぱいのようで、ただ唸っていた。
その時。
スッパーンッ!
「お嬢様が話し掛けていらっしゃるのに、ちゃんとお応えくださいませ、サナリ様」
「は、ははは、はいっ!」
お、護衛メイドさんが一晩でハリセンを使いこなしている。
良いことだ。
一見、不敬に見えるが、これは「おもちゃ」であり、ヨシローは無傷だ。
領主家のケイトリン嬢の婿になる予定のヨシローには最低限の貴族教育も必要なので、ビシバシやってもらいたい。
実際、普通の貴族の子息でも同じくらい厳しいらしいよ。
本館との連絡係のキランが、
「すみません。 クロレンシア様はいつ、いらっしゃるのでしょうか?」
と、ケイトリン嬢に訊ねるが、手紙には正確な日時は記入されていないらしい。
そこへ、辺境伯家の家令さんが入って来た。
「公爵家のクロレンシア様がいらっしゃいました。 ケイトリン様とお約束していると仰るのですが」
おや、もう来たのか。
「はい、お手紙を頂きました。 すぐ本館に参ります」
慌ただしくケイトリン嬢とメイドが席を立ち、身支度のために部屋へと戻って行った。
「女性は大変だねー」
ヨシローが不用意に溢す。
スッパーンッ!
スーがメイドの代わりにハリセンを手にしていた。
「な、なんで!?」
涙目のヨシローに、スーは「なんとなく?」と答える。
ガビーは唖然とし、僕とティモシーさんは笑いを堪えて肩を揺らす。
いいぞ、もっとやれ。
「アタト様、失礼します」
家令さんが僕に近寄って来て、小声で話し掛けてくる。
「今朝ほどは鍛錬中にキランがお邪魔いたしまして、大変申し訳ございませんでした」
どうやら、家令さんがキランに体を鍛えるように話をしたそうで。
「自分の体格に近いアタト様を参考にしようとしたのではないかと。 気に食わなければ別棟を追い出して頂いて結構です」
いやいや、そんなの気にしないよ。
「大丈夫です。 特に問題ありません」
見られたくらいでは何とも思わないけど、僕なんか見てても参考にはならんと思うぞ。
ケイトリン嬢が準備を終えて部屋から出てくると、スーが呼び止めた。
「コレ、着けると可愛いから」
と、小さな髪飾りを、ケイトリン嬢の緩く巻いた髪にピンで留める。
極小魔石を幾つか貼り付けた黒い毛玉の髪飾りだ。
さっきから暇そうにしていたガビーが、遊びで作ったものである。
「あ、ありがとうございます」
ケイトリン嬢は鏡を覗き込み、嬉しそうに本館へ向かって行った。
「スー、ガビー。 あれ、どうやって作った?」
僕は二人に訊ねる。
「えーっと、これをこうしてー」
ガビーが毛玉に極小魔石を貼り付ける作業を見せてくれた。
「黒い毛玉だからキラキラが映えるのよ」
スーが素材を選んだ理由を教えてくれる。
極小魔石は魔魚から採れた水属性なので薄い青色。
光を浴びて控えめに輝く。
おー、綺麗だ。
それから、僕はどうやって毛玉に極小魔石を組み合わせるか考える。
「ガビー、魔石に紐は付けられる?」
僕は小さな魔石を並べた。
「紐か何かで三つほど繋いで、毛玉と一緒に、こう揺れる感じに出来ない?」
「そうですね。 穴を開けるには魔石が小さ過ぎるので割れちゃいます。
それなら、今のやつみたいに直接貼り付けたほうが良いかなと」
接着剤で貼り付ける、か。
「モリヒト、何か鉱物を砕けるものある?」
少しして出て来たのは鉈のような、厚みのある短い刃物。
厨房からまな板を持って来てもらい、その上に極小魔石を置く。
ガンガン、バリバリ。
魔石を砕く。
「アタトくん?、何をしてるの」
ヨシローやティモシーさんも寄って来る。
粗く砕いたので、キラキラ感は残った。




