第二百十五話・辺境地の仲間の頼み事
ため息を吐く僕を見て、スーは言いつのる。
「本当はもっとあったけど、あんたたちとか他にも色々あげたりしたから残りは50個くらいよ」
それでも多いじゃないか。
「ここじゃアレだし、ドワーフの工房をお借り出来ますか?」
僕はロタ氏に訊ねる。
「ああ、良かろう」
ロタ氏の返事を聞いて僕たちが立ち上がると、兄職人が声を掛けた。
「工房ならうちが近いよ!。 全然暇だし使ってくれていいから」
何故か、猛烈に勧めてきた。
僕は別にどこでも良いけど。
「そうじゃな。 ドワーフの工房でなければならん、ということもないしな」
ロタ氏もそう言うので、また兄妹の工房に戻った。
「お邪魔します」
「失礼する」
「ふうん。 少し狭いけど設備はまあまあね」
三人のドワーフが工房に入ると、妹さんが驚いた。
「え、なに、どうしたの?。 兄さん、また何かやらかしたんじゃあ」
「バカやろ。 坊ちゃんの知り合いのドワーフさんたちだ。 作業するのに工房を使ってもらうことになった」
「すみません、何度も」
僕は軽く頭を下げて謝罪する。
「か、構わない、です、わ」
さて、妹さんの顔が赤くなったのは、ティモシーさんか、それともガビーのせいか。
僕は妹さんに頼んで椅子を用意してもらう。
「あ、へっ、椅子、そんなに無いよ」
一気に7人も増えたからな。
「さっきの喫茶店から借りて来よう」
ティモシーさんと警備隊の若者、ロタ氏とガビーも手伝って、テーブルと椅子を運んで来た。
スーに三色の毛玉を出させる。
僕はその一つを兄職人に見せた。
「これを売り出したいという相談でして。 彼女はスー。 この毛玉飾りの製作者です」
兄職人はしげしげと眺める。
「ほお、可愛いじゃないか。 普通に子供が好きそうだけどな」
うん、見た目はね。
「実はこれ、魔獣の毛皮で出来てます」
「えっ」
兄職人も妹さんも驚いた。
魔獣の毛皮ではあるが、これが魔道具と言えるかどうかは微妙だ。
魔獣の特性は、それぞれの毛玉自体にしか効果はない。
銀色は汚れを寄せ付けない『防汚』、白色は『洗浄』、黒色は『気配遮断』。
だから僕は魔石を毛玉に埋め込み、特性に反発しない魔法を付与して魔道具にした。
そうすれば、持ち主も魔法効果範囲に含まれるからな。
スーが力説する。
「魔獣の特性っていっても微量だし、可愛いんだから鞄に付けたり髪飾りにしたりしたらオシャレだと思うの」
「それでも。 幼い子供には命に関わる暴走を引き起こす可能性がある」
ロタ氏が冷静に返す。
暴走を抑えるために魔石を仕込んで制御魔法を付与することは出来るのだが、それだと価格が上がってしまう。
子供向けには出来ない。
スーはグッと唇を噛む。
「わ、分かってるわ、そんなこと。 だけど、大人たちは効果が微妙だからって買ってくれないのよ」
無料ならもらってやる、と言われてキレたらしい。
僕はスーのそういうところは嫌いじゃないぞ。
「分かった」
腕を組んで聞いていた僕は、改めてスーを見る。
「で、僕に何をしてほしいの?」
商品の改良なのか、売り方の問題なのか、客を紹介しろということなのか。
「あ、あたしは品物を工夫するのは好きなの。 だけど、どうやったら売れるのか、それが分からないのよ」
小さな拳を握りしめて唇を噛む。
きっと単に王都に持って行きさえすれば売れる、と思っていたんだろうな。
甘い甘い。
王都は辺境地と違って魔獣の素材はあまり流通していない。
それどころか、野蛮だと忌避する者さえいる。
ロタ氏に言わせれば、そんなことを言う奴は高価な魔獣素材の品を買えなくて悔しがってるだけなんだそうだ。
本音は欲しいに決まっている、らしい。
「モリヒト、お茶を頼む」
光の玉が現れエルフの姿になる。
一瞬眉を潜め、『洗浄』と呟いた。
「うわっ」
工房の兄妹がモリヒトに驚き、唖然としている間に室内の掃除が終わる。
辺境地から一緒に来た連中にはお馴染みの光景だ。
工房の真ん中にテーブルを二つ並べ、周りに椅子を配置。
皆が座ると、モリヒトがそれぞれにお茶を配る。
そういえばモリヒトは客用の茶器をいくつか持ち歩いていたな。
いくつ持っているのかは知らんが。
『アタト様、遅いですが昼食をいかがいたしますか?』
今朝は市場に行くため早めに朝食を摂って出て来た。
昼は各自で勝手に食べることになっていたが、僕は試食程度でしっかりとした食事はしていない。
「すみません、どなたか買い物をお願いします」
屋台で食べ物の調達を頼むと、妹さんとケイトリン嬢の護衛メイド、警備隊の若者が立ち上がる。
「モリヒトを同行させるので支払いと運搬を任せてください」
モリヒトは金の管理と荷物持ちは出来るが、食べ物などを選ぶことは出来ない。
精霊は基本的に食事はしないから食料の買い付けには向かないんだ。
「承知しました!」
警備隊の若者がしっかりと返事をする。
黒メガネのモリヒトを連れて、出掛けて行った。
しばらくして戻って来たモリヒトたちは、テーブルの上に買って来た料理を並べる。
とりあえず、それを摘みながらの会議にした。
どれも美味しいのは警備隊の若者がさっきの店で試食しまくっていたせいか。
それとも、モリヒトが支払いするから値段を気にせず買い込んだからかな。
「うーん、これこれ、高いだけあって美味しいぃ!。 一度食べてみたかったのよねー」
妹さんの様子を見ると、どうやら後者のようだ。
「スーはどうしたいの?。 平民に安く売りたいのか、貴族に高値で売りたいのか」
それにより販売戦略が変わる。
「ぐむぅ、にょくわからにゃい、むぐむぐ」
すまん、食ってる最中のヤツに聞くべきじゃなかった。
「魔獣の毛皮自体が王都じゃ珍しい。 安く売るのは無理じゃないかな」
兄職人が王都の工芸品事情を教えてくれる。
「それでも、魔獣の毛皮だという価値を捨てることは出来んぞ」
ロタ氏の顔が赤い。
誰だ、ドワーフに酒を出したのは。
「でも、毛玉2個で一組にした『御守り』が売れていないのは事実です」
酒が苦手なドワーフのガビーは、冷静に分析していた。




