第二百九話・元の国王と魔術師
唖然としていた魔術師の顔が青くなる。
「これは精霊だから出来る方法ですが、国の最高位の魔術師様なら出来るかと」
僕はそう言いながら公爵に毛玉の御守りを渡した。
「あ、ああ。 ではこれは献上品として預かろう」
『浄化』は希少な光属性の魔法で、魔道具は小さくてもちゃんと発動するので有用である。
「はい。 よろしくお願いします」
座ったまま軽く礼を取る。
公爵は魔道具を保管庫に収納するため席を外した。
僕は魔術師を観察する。
青い顔色はそのままに、相変わらず僕を睨んでいる。
しかし、この国一番という割に魔力をあまり感じない人だ。
魔道具か何かで隠しているのかも知れない。
しかし、なんで僕をそんなに敵視しているのか気になる。
宮廷魔術師なら立場や爵位もあるだろうに。
元国王の爺さんは、飄々とした感じで掴みどころがない。
僕は権力者とあんまり関わりたくないと思いつつ、あのエンデリゲン王子の祖父だと思うと少し親近感を覚えた。
しばらく待っていると、公爵が戻って来る。
で、僕の疑いは晴れたのかな?。
「そうだな。 クロレンシアの相手としては若過ぎるし、恋愛感情で贈ったものではないと分かった。
ご足労頂き、感謝する」
ふうん。 それだけ?。
本当に遠路だよ。
辺境伯が負担してくれたけど、費用もかなり掛かったんだが。
感謝の言葉一つで終わりか。
僕は足を組み、尊大な態度をとる。
「では、こちらから質問させて頂いてよろしいですか?」
また不敬だの何だのと魔術師が騒ぐけど無視。
お前は毛玉に魔法を付与することだけ考えてろ。
「なんだね?」
元国王の爺さんが面白そうに微笑む。
「国宝級と言われた外套はどうなりますか?」
「ああ、あれか。 もちろん、ちゃんとキミが贈った相手の所有物となる。 国が取り上げたりはせんよ」
「それは良かった」
僕もニコリと微笑む。
「いつか、あの二つの毛皮の外套が並ぶのを見たいんですよね」
エンデリゲン王子の銀、クロレンシア嬢の白。
あれは二つで一組になるような気がする。
「きっと最高の絵姿になるでしょうね」
あの二人はきっとお似合いだと思うよ。
気付いた公爵は眉間に皺を寄せた。
爺さんの皺だらけの顔から目が開く。
今まで笑ってたから細くて見えなかっただけらしい。
「ほお?。 エンデリゲンというのだったか、あの小僧は」
爺さん、自分の孫だろうに。
まあ、たくさんいるらしいから覚え切れなくても仕方ないか。
「あれも良い歳になった。 のう、公爵殿」
「は、はい」
爺さんは隣に座る公爵に顔を向ける。
「お前さんとこの末娘と並ぶと丁度良いらしいぞ」
「そ、そんな恐れ多い」
公爵は頭を下げてやり過ごそうとしているが、爺さんはなかなかのやり手だ。
「老い先短い年寄りの戯言じゃが、可愛い孫が美女と並んだ姿を見せてくれんかの」
この爺さん、面白いなあ。
公爵がタジタジだ。
「そ、その話はまたいずれ現国王陛下と」
「ふむ。 しかと頼んだぞ」
爺さんはスクッと立ち上がる。
えっ、今までなんかヨボヨボしてたのはなんだったんだ。
「邪魔したな、エルフの坊主。 お前の嫌疑は晴れた。 のんびりしていくが良い」
はあ。 どうやら貴族管理部の長は、あの爺さんだったらしい。
「ありがとうございます」
僕は椅子から立ち上がり正式な礼を取る。
「面白かったぞ」
爺さんはそう言って、部屋を出て行く。
付き添いらしい魔術師も慌てて追いかけて行ったが、最後まで僕を睨んでいた。
案外、あっさりと終わったな。
本当に確認だけで恨み言は言われなかったし。
「では失礼します」
僕は帰っても良いよね。
「あっ、お待ちください」
王城内部は複雑なので、公爵子息が入り口まで送ってくれることになった。
僕ならモリヒトがいるから迷子にはならないんだが。
あっ、余計な所に入り込む危険はあるか。
あはは。
「あの魔術師のことは気にしないでください」
並んで歩きながら子息は苦笑する。
国一番の魔術師というのは嘘らしい。
「前の宮廷魔術師が引退されまして、アレが勝手に名乗っているだけなのです」
宮廷魔術師といっても、単に王族の子供たちに魔法を教えていた教師というだけだそうだ。
それでも一応、貴族で魔力が高いため偉そうなんだと。
「あれは小心者なので、自分より身分が低いのに魔力が高そうな相手にはあのように威嚇するんです」
困っているとため息を吐いた。
でも、あの部屋の隠し扉の魔法は結構難しいと思う。
隠蔽魔法なのだが、完全に扉という物質も内部にいる者の気配さえ感じなかった。
「ああ、あれは前の宮廷魔術師が設置したものでして」
その人は優秀で、地位や権威にも拘りがなく、担当していた王族の子供たちから手が離れたので引退したらしい。
「王都の外れに住んでいらっしゃるので、今でも王族の皆様が相談に訪れるそうですよ」
あー、それがエンデリゲン王子の魔法の師匠だな。
長く王宮内に勤めていたため、内部を知り尽くしているとして王都から出ることは禁止されているそうだ。
未だに命を狙われたり、拐われたりしないように護衛を兼ねた見張りがついている。
入り口に到着し、子息は馬車を手配する。
「そういえば、王都に行ったら尋ねるように言われている人がいるのですが」
僕は預かっていたメモ紙を取り出す。
辺境地の教会司書さんから、失われた種族に関して詳しい人を紹介してもらったのだ。
「拝見します」
メモを見た子息が目を見張る。
「これは、その、今お話した前の宮廷魔術師の方です」
マジかー。
「お会いすることは可能でしょうか」
見張りがついているような人物なら許可がいる。
「うーん。 紹介状もありますから」
あのメモ紙は特殊な魔力が込められていたらしい。
捨てなくて良かった!。
子息は許可が出たら知らせてくれると言う。
「ありがとうございます。 でも、僕なんかのために、そこまでして頂いてよろしいのですか?」
子息は少し照れたように笑った。
「私は『歌姫』の歌が大好きで、思わぬ所で聴けて感謝していますよ」
僕は思わぬところでアリーヤさんに助けられた。




