第二百七話・王宮の貴族管理部にて
音楽会の後、アリーヤさんは夫であるオーブリー隊長と共に自分の街へと帰って行った。
夕方の出立だったが、僕とティモシーさんは館の門まで見送りに出た。
「一緒に行かないんですか?」
姉夫婦を見送る弟騎士に声を掛ける。
「最愛で最強の旦那様なんで大丈夫でしょ」
ちょっと投げやりな答えが返ってきた。
ふふっ、拗ねるなんて可愛いもんだ。
僕は『異世界の記憶を持つ者』を助けようとしてくれる彼女には感謝している。
これからも、あの『異世界人の意思を判別する』魔道具の継承者としてがんばってもらいたい。
そのために役立つなら、と毛玉の御守りを渡したのである。
『気配遮断』持ちの魔獣の毛玉の魔道具なので、身に付けるのは舞台以外でと言っておいた。
「モリヒト、うまくいったか?」
『はい。 アリーヤ様にお贈りした毛玉に小さな魔石を仕込み、『認識阻害』を強化しておきました』
「ありがとう」
完全に遮断するのは守る側としては少々扱いづらいので、敵の認識を誤魔化す程度にしておく。
これなら普通に生活するのに支障がない。
オーブリー隊長にも伝えたので、上手く使ってくれるだろう。
翌日のことである。
辺境伯邸に王宮の貴族管理部から、僕に出頭要請が来た。
やっとか。
何故か、当日すぐに来いと言う。
はあ?。
「普通は急ぎでも二、三日前に通達するものだが」
辺境伯は眉を寄せる。
「アタト様に関しては、もう異例づくめですなあ」
と、諦めたように息を吐いた。
そうっすなー、あははは、はあ。
とにかく、呼ばれたからには行かねばならん。
それが人間の世界で生きるための礼儀である。
長いものには巻かれ、郷に入っては郷に従う、だ。
……モリヒト、なんか文句あるのか?。
『いえ』
だろうな。
辺境伯が馬車を貸してくれた。
今回の当事者は僕とクロレンシア嬢、そして公爵家である。
辺境伯自身には呼び出しはないので、王宮の管理部には僕とモリヒトの二人だけで行く。
辺境伯には宿代わりに王都邸を使わせて頂いているだけでも充分、迷惑は掛けているので、これ以上は申し訳ない。
領地に戻ったら礼は存分にさせて頂こう。
僕が贈った毛皮の外套が魔獣の素材を使った最高級の魔道具だったため、公爵令嬢に求愛したと勘違いされた。
実際には、僕が贈ったのはエンデリゲン王子であり、クロレンシア嬢はついでだったのだが。
だって、白と銀色の二着仕上がって、しかも魔獣の特性まで付与された魔道具になるとは思ってもみなかった。
高価すぎる贈り物に独身女性なら警戒するのは、まあ仕方ない。
ない、が。
今回は、その誤解を解くために王都に来たのである。
なんで、そんなことでわざわざ遠路はるばる来なきゃいけないのか。
邪魔臭いにもほどがある。
ヨシローの件や、王子のことがなかったら無視したんだがなー。
ブツブツ愚痴ってる間に王宮の城壁の門に到着した。
僕とモリヒトはエルフのままのフード付きローブ姿である。
偉そうな門番に取るように言われ、フードだけチラッと外して見せた。
モリヒトは黒メガネ付きである。
「エルフ?、本物かー?」
納得しないようだ。
僕はフーッと息を吐く。
「貴族管理部に呼ばれて来た。 疑うなら問い合わせを。
それでも怪しいと判断するなら、牢にでもなんでも入れたら良い」
僕はぶっきらぼうに言った。
「よし、そこで待ってろ」
門番兵の一人が駆けて行ったので、僕は一旦馬車を降りて周りを見回す。
高台にある王城は眺めが素晴らしい。
遠く王都の端まで見渡せる。
地形が盆地であるため、四方は山だ。
豊かな土地に囲まれた王都には魔獣被害も少ない。
おそらくだが、獣たちにとって山々には十分な餌があるのだろう。
その餌場がこれだけ多い環境なんだから、そりゃあ人里なんぞに用は無いよな。
城内に入ってしまうと、かなり高層に行かないとこの風景が見えなくなるので、今のうちに見ておきたかった。
「なんだか懐かしいな」
『どこかの風景に似ていますか?』
おそらくモリヒトは「元の世界の」と言いたかったのだろう。
しかし、ここには何が仕掛けられているか分からない。
「いいや。 ゴチャゴチャした感じが、ちょっとな」
立ち並ぶ建物も、石畳の道も、記憶にあるものとは違うのに、人々の生活の様子はどこの世界も変わらない。
産まれて、生きて、そうして皆、いつかは死んでいく。
まあ、エルフは多少は長いだろうが。
景色を見ていたら先ほどの門番兵が、一人の見知った顔と共に戻って来た。
「アタト様、お待たせいたしました」
公爵家の跡取り息子である。
なんで「様」付け?。
「いえ、そんなに長く待っておりませんよ。 景色を堪能させて頂きました」
僕はニコリと微笑む。
門番はヘコヘコと頭を下げていた。
公爵家の跡取り息子は王宮で文官をしているそうだ。
「申し訳ありません。 当日に呼び出すなど、今まではなかったことで」
一緒に辺境伯の馬車に乗ってもらい、管理部の入り口へと向かう。
この王城内は坂が多いんで、歩くだけで体力を消耗する。
「ここです」
国政府と呼ばれる行政棟。
この中に貴族管理部がある。
公爵子息に案内されて中に入り、階段を三階まで上がった。
王城内は高台のため、敷地自体が狭い。
そのため、建物は上へと伸びていた。
「どうぞ」
公爵子息が扉を開けて、僕を中へと促す。
「失礼します」
学校の教室くらいの部屋にカウンターがあり、その奥で数名の文官が働いていた。
一番奥、重厚な机に座るメガネの老人が顔を上げる。
「父です」
跡取り息子が囁く。
ほお、貴族管理部のトップが公爵自身とは。
そりゃあ勘繰るわ。
「失礼いたします。 アタト様と眷属精霊様をご案内いたしました」
「ご苦労」
おう、低い声で睨まれた。
僕は丁寧に礼を取る。
「アタトです。 御用があると伺いました」
子供らしく笑って見せる。
ふっ、と鼻で笑われた気がするけど、見間違いか?。
「遠路遥々申し訳なかったな。 別室で話を聞きたい。 よろしいか?」
「はい」
モリヒトは無言だが不機嫌なのが分かる。
落ち着け。
まだこれからだ。




