第二百四話・公爵家のお茶会とは
公爵令嬢は恐る恐る目を開く。
「アタト様、あのー」
キョロキョロと辺りを見回すクロレンシア嬢。
見晴らしの良い、高い場所であることは分かるだろう。
「ここは公爵館の屋根の上ですよ」
三階建ての上である。
「はい?」
真下を見るのはお勧めしない。
「ここだと門から入って来る馬車がよく見えますからね」
陽が落ちる前に王子の馬車が入って来ることを願うばかりだ。
貴族の子女は、家のために嫁ぐ道具であるという。
クロレンシア嬢は公爵家、しかもかなりの美人さんだ。
親としては、嫁ぐまでは大切に育てるわけだが、いざ年頃になると可愛いくて手放せない。
そんな親の都合なんぞ知らん。
嫁がせるならサッサと決めてしまえばいいのに、行き遅れなどと陰口を叩かれるのは本人なのだから。
「あ、あの、アタト様。 殿下がいらっしゃるのですか?」
「あれ?。 クロレンシア様はそのために準備していらしたのでは?」
令嬢はブンブンと首を横に振る。
「夕食にお客様を招待しているとしか」
ちなみに、僕がお茶会に呼ばれて来ていることも知らなかった。
つい先ほど使用人たちがモリヒトの噂をしていたのを聞きつけ、慌てて自分の部屋から庭を横切って駆けつけてくれたそうだ。
「何だか嫌な予感がして」
自分の身支度も、靴も忘れて飛び出した。
うん、つい体が先に動く。 その辺りは騎士らしいといえばいいのかね。
「でも、本当にエンデリゲン殿下がいらっしゃるなら」
クロレンシア嬢はモジモジし始める。
「あー、その格好は拙いですね」
可愛らしくコクンと頷く。
「分かりました。 クロレンシア様のお部屋はどちらでしょうか」
モリヒトに頼んで令嬢の部屋へと移動した。
まずは部屋の中に入る。
モリヒトが廊下で物音を立てて、中にいた侍女を外に出す。
そのタイミングで扉に鍵を掛けてから姿を現した。
「この部屋に監視の魔道具は?」
「ありません!、ないはず、ない、よね?」
怪しいのか。
モリヒトに見てもらったが異常はなさそうだ。
しかし、令嬢の支度なんて僕には手伝えない。
そう言ったら、クロレンシア嬢はニコリと笑った。
「なんのために騎士学校に行ってたと思います?。 私は自分で自分のことが出来るようになりたかったのです」
令嬢が通うような学校では侍女がついて来る。
それでは家にいるのと変わらない。
「私、何でも自分で考えて、自分で行動出来る人に憧れてて。 少しでも近付きたかったんです」
サッサと身支度を始める。
えーっと、それはどう見ても騎士服なんだけど?。
「このほうが動きやすいです」
まあ、そうだろうが。
一応、ちゃんとした来客対応の衣装らしいので、良いか。
僕は部屋のソファに座って待つことにした。
モリヒトが淹れてくれた薬草茶で一息吐く。
もうしばらくは飲み物はいいかな。 ゲフ。
なんだか館内が騒がしい。
「娘がいなくなって、慌てて探してるのか」
それは仕方ないな。
『様子を見て参ります』
モリヒトが光の玉になって姿を消し、偵察に行った。
だけど、この部屋を追い出された侍女が伝えれば、すぐに分かる話だろう。
人の話を聞く主人ならば、だけど。
しかし、騒ぎが大きくなり過ぎると、王子が顔を見せる前に帰されてしまうかも知れない。
あれでも一応王族だし、警護の兵士が警戒するだろう。
だが、それは困るんだよ。
せっかく来たのに、せめて挨拶くらいはしないとな。
『エンデリゲン王子が門に到着されましたが、館内には入れないようです』
やっぱりね。
じゃ、出迎えに行こうじゃないの。
「クロレンシア様も行きますか?」
一応、訊いてみた。
「はい!」
嬉しそうな返事である。 知ってた。
モリヒトに頼み、門番の傍に移動する。
馬車と門番が揉めていた。
「ちゃんと招待状もある!。 何故、入れないんだ」
王子の声がする。
あれは、もう少し側近や護衛に任せるということはしないのか。
「ようこそ、我が館に。 エンディ殿下」
クロレンシア嬢が声を掛けた。
「お嬢様!」
門にいた兵士が一人、急いで館に向かって走って行った。
「やあ、レンシア。 これはどういうことだ?」
「私にもよく分かりません」
二人はため息を吐く。
「あ、アタト!」
ふふふ。 気付かれてしまった。
微笑ましい二人をずっと見ていても良かったのに。
「昨日ぶりですね、殿下」
王都に来た途端、こんなに何回も会うことになるとは思っていなかった。
「なんだ、早いな」
「いえ、殿下への招待状と僕に届いたものは時間が違いましたので」
「あ?」
殿下の顔が不機嫌そうに歪んだ。
「申し訳ございません、殿下。 何か手違いがあったようで」
クロレンシア嬢が謝罪する。
いやいや、これは令嬢には関係ないだろ。
「意図的に、ということだな?」
そうでしょうなー。
そこへ公爵家の家令と警備兵が駆け付けた。
「お嬢様、ご無事で!」
涙を流して安堵する。
そして兵士たちが僕とモリヒトを取り囲んだ。
「お嬢様に不埒な行いをした者を捕えよ!」
しかし、モリヒトの結界で誰も僕には近付けない。
馬鹿じゃなかろうか。 精霊に盾突くとは。
「本当に人族というのは愚かだな」
僕は低い声で罵る。
「我は神の慈悲に乞い願う。 力を納め我を解放せよ」
シャランと耳飾りが揺れ、僕とモリヒトはエルフの容姿になる。
「エルフだ!」と、兵士らが騒ぎ出す。
あー?、呼んだのはそっちだろうが。
陽が沈みかけている。 一度出直したほうがよいだろう。
ではまず、一緒に来ていた辺境伯の無事を確認したい。
「辺境伯を呼んで来い。 話はそれからだ」
僕は偉そうに公爵家の家令に告げる。
兵士の一人に囁き、呼びに行かせたようだ。
「エンデリゲン殿下もエルフのアタト様も大切なお客様のはず。 これは本当にお父様の指示なの?」
令嬢は家令に食って掛かる。
そこへ辺境伯家の馬車がやって来た。
「アタトくん!、公爵様に話はつけた。 一旦、帰ろう」
「良かった。 ご無事だったんですね」
バタバタと公爵家の使用人がやって来て、家令に耳打ちする。
「申し訳ございません。 また日を改めて」
僕たちは穏便に公爵家を後にした。




