第二百三話・公爵家の事情のせいで
辺境伯家も同じ高位貴族ではあるが、公爵家は別格である。
何せ、王家の親戚筋であり、王族にもしものことがあれば国王が出る可能性もある家柄だ。
「ようこそ、いらっしゃいました」
家令と侍女の出迎えを受ける。
僕は人間に見えるように擬態し、モリヒトはさらに黒メガネを掛けていた。
教会では気配を消し過ぎて、モリヒトを知らない人たちに認識すらされなかったので、今はもう少し緩めにしている。
お蔭でモリヒトは、魔道具で視力を補っている盲人の扱いになった。
案内された部屋は春の庭がよく見えた。
午後の明るい陽射しが暖かい、「昼寝に最適」と思わず呟いてしまうほどである。
ソファに辺境伯と並んで座り、モリヒトが後ろに立つ。
今日は辺境伯の護衛もモリヒトが請け負っているため、他に付き添いはいない。
「しばらくお待ちください」
侍女がお茶とお菓子を出して下がって行った。
しばらく、とは何時間くらいを指すのか。
かなりの時間が流れたが、家人は全く現れる様子がない。
お茶やお菓子を入れ替えに来る侍女だけが出入りする。
おそらくだが、そうやって僕が痺れを切らし、本性を表わすのを待っているんだろう。
はあ、なんかヤダなー。
静か過ぎて、本当に寝てしまいそうだ。
「すみません、閣下」
辺境伯とはポツポツと雑談くらいはする。
「帰ってもいいでしょうかね」
僕はそろそろお暇したい。
正式に招待状をもらったお茶会だというのに、もてなす側が姿を見せないとは、おかしな話だ。
「うーむ。 私にも分からん。 このようなことは初めてだ」
辺境伯も戸惑っている。
見張られ、観察されているのは何となく分かるし、そうしたい気持ちも分かるつもりだ。
大切な娘に言い寄る異種族の男。
いっそのこと、僕が怒って暴れたら気が済むのだろうか。
何度目かのお茶の入れ替えに侍女が入って来た。
「あ、あの」
しかしテーブルにはお茶のカップは無いので戸惑っている。
「すみません、勝手に違う飲み物を頂きました」
僕は眠気に勝つために苦いコーヒーをモリヒトに頼んだ。
辺境伯も喜んで飲んでいたよ。
侍女が運んで来た茶器などは、見えないように部屋の隅にまとめて置いてある。
「すまない。 お手洗いをお借りしたい」
「はい、ご案内いたします」
辺境伯は我慢出来なくなって、部屋を出て行く。
コーヒーは利尿作用があるからな。
僕も席を立つ。
窓辺に近寄り、外を見る。
『この国の者は国が滅んでも構わないのでしょうか』
不機嫌そうなモリヒトが無表情で物騒なことを言う。
『大地の精霊』だから地殻変動なんて簡単に出来てしまう。
やりかねないから困るんだよ。
「止めてあげて。 こんな子供騙しみたいな嫌がらせに腹を立てるのも馬鹿らしい」
これで国が滅んだら夢見が悪いし。
しかし、何をどう対応すれば気に入るのか。
いいや、気に入られる必要なんて僕にはない。
エルフと眷属精霊だという話は辺境伯から伝えてあるはずだ。
もしかしたら、それ自体を疑っている可能性もあるかもな。
「この庭はきちんと作られているな」
池や東屋、四角に刈り込まれた生垣と散歩道。
よく手入れされている。
だけど、好きかというと僕の感想は少し違う。
四角四面で息が詰まる。
よく整理された庭を好む主人は、家族もまたその調和の一つと考える。
「クロレンシア嬢も、かわいそうに」
この庭の主人には、きっと不協和音は許せないだろう。
僕はそんな印象を持った。
「おや、あれは」
ボォーッと庭を眺めていたら、誰かが生垣の向こうから駆けて来る。
『クロレンシア様ですね』
自宅だからか、騎士服ではなく、華やかなドレス姿だった。
来客のための準備でもしていたのだろう。
しかし、髪型は中途半端。
顔もまだ化粧されていないみたいだ。
「そうか。 王子が来るのは夕食会だったな」
そのための支度か。
裾を捲り上げる足元は、建物に近付くと裸足だと分かる。
令嬢が何やってんだ。
僕は窓を開き、キョロキョロする令嬢に向けて手を振る。
「お久しぶりです、クロレンシア様」
「アタト様!」
子犬のように息を切らせて駆け寄って来る。
「モリヒト、彼女を中へ」
『はい』
「キャッ!」
フワリと令嬢の体を浮かせ、部屋の中に入れると椅子に座らせた。
「あ、ありがとうございます」
モリヒトは温めの薬草茶をカップに入れて彼女の前に置き、足の汚れを落とした。
クロレンシア嬢が何故、庭を走っていたのかを訊ねる。
「あの、それは」
と、口籠る。
チラチラと部屋の中を見回しているのは、何らかの魔道具が仕掛けられているのかな。
それと、呼び付けられて放置されている現状を伝える。
「これはどういうことか分かります?」
お茶は出てくるのだから、最低限、お茶会とはいえるのか?。
いや、無理だろ。
辺境伯が戻って来ないのも、どこかで妨害に遭っているのかも知れない。
僕はツラツラと考える。
「ねえ、クロレンシア様。 お父上の公爵様が一番嫌がることって何だろうか」
「えーっと、物を壊しても怒られたことはないし、喧嘩したり、服を汚したりしても何も言われませんけど。
そうですねー。 異性のことに関しては厳しく躾けられてたと思います」
そんな答えでいいのか?、と令嬢は僕を見た。
そういえば、騎士養成学校に通っていた時期があったな。
三人兄姉の末娘。 可愛いがり過ぎて甘い親に無理を言って学校に入った。
役立たずのお嬢様騎士の誕生である。
しかし、第三王子との恋愛の噂には、公爵家はすぐに反応して大反対したらしいな。
そしてまた、噂になった僕にもこの仕打ちか。
「じゃあ、一番怒られることをしようかなー」
「はい?」
「モリヒト、ローブをくれ」
クロレンシア嬢に僕のローブを羽織らせる。
「目を閉じていてください」
「え、はい」
貴族の娘にしては、本当に素直な人だな。
「わたし、アタト様を信じてます!」
ギュッと目を閉じる顔は、まるで幼い子供のようだ。
「モリヒト、行くぞ」
『はい、アタト様』
僕はクロレンシア嬢をモリヒトに抱き抱えさせ、一瞬でその部屋から姿を消した。




