第二百二話・今後の予定はのんびりしたい
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「神官ヤマ殿、此度はご苦労様でした」
「いや、隊長もありがとうございました。 お互いにこれから忙しくなりますな」
「ふふふ。 左様でござるが、ワシはもう引退を決めておる身。 ヤマ殿は、これから本部を背負うのですから、大変でしょう」
「ええー。 それはご免ですよ。 私も隠居させてもらいたいです」
「何を仰る。 ヤマ殿ほど魔力が高く、信者の皆様に好かれておられる者は今の本部にはおりませんぞ」
「そうでしょうか?。 私としては、どこぞの貴族の子息にでも新たな司祭になってもらってお任せしたい」
「それは難しいでしょうな。 あの司祭は貴族の地位を利用して平民出の神官たちを馬鹿にしていましたからな。
それがこのような事件を起こしたのですから、今後、司祭のみならず、昇格試験は厳しくなるでしょう」
「隊長はそれがお望みでしたか」
「なんのことですかな?。 まあ、ワシも貴族出だが、権力争いや金ばかり要求する連中が嫌になって騎士養成学校の教師を辞職いたしましたからな」
「そんな隊長を引っ張って来た老神官様は、本当に清廉で神の声に忠実な方でしたよ」
「それが真の神の御使様というものであろうな」
「私は、あの精霊を連れたエルフの少年が、新しい御使様ではないかと思いますね」
「判定の魔道具も、神の御使様も、今の教会には存在しない。 これがどういうことか。 ヤマ殿なら、お分かりだろう」
「はい。 我々は神に見放される前になんとかしなければなりません」
「うむ。 ヤマ殿、よろしく頼む」
「ひとりは嫌ですよー。 隊長も助けてください!」
「ほっほっほ。 では、あのエルフの少年と、ワシの弟子たちも巻き込んでしまいましょうかの」
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「ハーックションッ!」
何だか嫌な予感がして体が震える。
『アタト様、無理されたからですよ』
そんなはずはー、まあ、したかも。
「大変、失礼いたしました」
現在、僕は辺境伯王都邸の本館で夕食の最中である。
今日の出来事を食事をしながら辺境伯夫妻に掻い摘んで報告。
あまり詳しい話をするのは避けた。
司祭や魔道具の所在は辺境伯には関係ない。
必要なのはヨシローとケイトリン嬢の婚姻に関することだけだろう。
「まあ、それでは式の日取りを決めませんと」
奥様、早い早い。
「それは辺境伯領に戻ってからで」
ヨシローが慌てている。
今回、教会がヨシローを『異世界人』と認定し、貴族管理部がケイトリン嬢との婚約を認めることがほぼ確定した。
領地に戻れば、すぐに領民に報告となるだろう。
「貴族の結婚式は準備だけでも普通一年は掛かりますのよ。 今から準備を始めても挙式はまだ先ですわ」
「はあ」
ヨシローはホッと一息吐く。
しかし、辺境地までは片道20日の道のり。
衣装や新生活に必要なものを、ある程度、王都で手配しておく必要があるのだ。
「ケイトリンさん、手伝わせてくださいね」
「は、はい、ありがとうございます」
派手な式になりそうである。
そういえば、公爵家から僕宛に招待状が来ているはずだ。
居間へ移動して食後のお茶を頂きながら訊ねる。
「クロレンシア様の件で公爵家から何かお知らせがあると聞きましたが」
買い物に向かった店にわざわざ王子がやって来たのだ。
間違いないと思う。
「はい。 確かに招待状が届いております」
家令が持って来たのは晩餐会というような正式なものではなく、顔合わせ程度の軽いお茶会だと言う。
うん?。
見せてもらった封書は、王子が見せてくれた招待状とは少し違う。
まあ、王族宛のものと同じなんて、あり得ないか。
「明日の午後となっております。 私が同行するのでご安心ください」
「分かりました。 助かります」
クロレンシア嬢の家族と会うのか。
誤解が解けると良いが。
「あの、辺境伯閣下。 申し訳ありませんが、僕をあまり持ち上げないで頂きたいです。 普通の子供のように接して頂けるとありがたいのですが」
地位も体格も遥か上の人間に、丁寧な言葉を使われるのは違和感がある。
「それはー」
チラチラと夫人を伺っているな。
「奥様にもぜひ、恩人というより友人のように接して頂けると嬉しいです」
「承知いたしました」
夫人は少し不満そうだが、納得してくれたようだ。
これで辺境伯も僕に対して大仰な態度は控えてくれるだろう。
「ですが、本当にアタト様は我が家の恩人に間違いございません。 支援のほうは受け取ってくださいませ」
夫人はどうしてここまで必死なのか分からないが。
「はい、それはありがたく」
軽く頭を下げる。
この世界をよく知らない僕と、人間たちの生活に興味が薄い眷属精霊のコンビには助かる申し出だ。
申し訳ないくらいに。
そろそろ寝ようと立ち上がると、ケイトリン嬢に話し掛けられた。
「アタト様はクロレンシア様に会いに行くのですか?」
「ええっと、本人にお会いするかどうかは分かりませんが、明日、公爵家に招待されています」
と、答える。
「では、あの、クロレンシア様にお手紙を書いたら、お渡ししてもらえるでしょうか」
僕は辺境伯夫妻を見る。
「大丈夫だと思いますわ。 ねえ、あなた」
「うむ。 よければ私が預かって、お渡ししよう」
そうだね。
僕が手紙なんて渡したら、また疑われるし。
「ありがとうございます、閣下」
ケイトリン嬢は綺麗な礼を取ると、すぐに手紙を書くと言って急いで部屋に戻って行く。
僕たちは微笑ましく見送った。
到着して三日目の朝は、春らしい、よく晴れた青空だった。
そういえば、王都に近くなってからはあまり天気が悪いと思ったことはない。
「盆地の気候かな」
空気が乾燥している気がしてならん。
つまり、風が強い。
『この風が止みますと魔素が滞留して危険なのです』
そうだろうねー。
いくら王都周辺には魔獣被害が少ないとはいえ、大気中の魔素量は他の地域とほぼ変わらない。
風が弱い日は要注意である。
昼食を軽く済ませて辺境伯と共に馬車に乗り込む。
貴族街と呼ばれる高級住宅街にあるクロレンシア嬢の実家に向かった。




