第二十話・領主館の使用人たちのこと
とんとん拍子に話が進むのは本来なら良いことなんだろう。
だけど、自分の知らない場所、今まで関わっていなかった人たちに外堀を埋められるのは気持ち良いことじゃない。
「ここです。 どうぞ」
ケイトリン嬢が案内してくれた領主館は喫茶店のすぐ近く。
確か、喫茶店を開店する時にわざわざ領主館の近くを選んだと言ってた気がする。
「表玄関は来客用で、その」
ケイトリン嬢が口籠る。
「商人はこちらの出入り口を使うんだよ」
ヨシローが裏の通用口を教えてくれた。
『貴族など高位の者と平民では入り口が違うようですね』
モリヒトの声は僕にしか聞こえない。
ふうん。 まあ、ありがちだよな。
裏口はとても混み合っていた。
受付も順番待ちの列が出来ている。
「大丈夫ですわ、私にお任せくださいませ」
ケイトリン嬢が受付を素通りして、館の中に入って行った。
そんな無理しなくていいのに。
何だか並んでる人たちに申し訳ない。
嫌な視線から目を逸らし、僕はティモシーさんに話し掛ける。
「活気がありますね」
辺境地にしては数が多い。
「年に一度の祭りが近いせいかな。
今日は特に他の町から来た商人が多いみたいだ」
祭りに合わせて行商に来る農民や、他領からの商人が増えているらしい。
ケイトリン嬢が戻って来ると、入り口の脇にある質素な部屋に案内されて簡易な応接セットに座る。
ティモシーさんが僕に色々と質問しながら代理で書類に書き込んでいった。
あまりにも流れが早過ぎる。
「では、お預かりいたしますわ。 しばらくお待ちくださいね」
家令と呼ばれる使用人の老人に干し魚を渡すと、書類を持ったケイトリン嬢と一緒に部屋から出て行った。
しばらくして戻って来た家令は、
「旦那様がお会いになりますので、こちらへどうぞ」
と、僕たちに礼を取る。
嫌な気配が強くなった。
若い男性使用人が僕の傍に来て、
「上着を脱げ、こっちで預かっとくから」
と、ぞんざいにフードに手を掛けた。
バシッ、とその手が弾かれる。
モリヒトが姿を現していた。
一瞬で時間が止まったように全員の動きが止まる。
『アタト様に勝手に触れるな』
美しい男性エルフの姿をした眷属精霊は怒りを露わにしている。
「はっ?、エルフ?。 エルフが何故ここに!」
若い使用人が大声を出したために館の中がざわついた。
この使用人、僕を完全に汚い子供扱いしてたからなぁ。
ごく普通の平民の子供がヨシローや騎士さんに引っ付いて来ただけ、と思っていたんだろう。
忙しいのは分かるけど、そんなに嫌悪感出されるとこっちもピリピリするってもんだ。
「止めろ、モリヒト」
僕は仕方なくフードを下ろす。
ザワザワとした館の者たちの動揺が伝わってくる。
立ち上がり、家令の老人に対し頭を下げて謝意を示す。
「これは僕の眷属精霊です。 お気を悪くされたのでしたら謝ります」
せっかくの話だがこんな状態で商売はごめんだ。
「今回の件は取り下げさせていただきます。 おじゃまいたしました」
商売の件は考え直そう。
この館に入った時から感じていた。
さすがに家令の老人は違ったが、他の使用人たちの申請に来る者たちを明らかに見下す目。
領主の娘であるケイトリン嬢や保護すべきヨシローまでバカにしている態度。
子供でも分かる、その怠惰な仕事ぶりにモリヒトが怒っている。
「え?、アタトくん。 ここまで来て帰るなんて、どうして」
ヨシローがあたふたし始めた。
僕はため息を吐く。
ここは領主館の窓口じゃないのか。
これでは他の町から来た商人にこの町の印象は最悪だろうな。
僕もだ。
「僕の我が儘で本当に申し訳ありません。
領主様とお嬢様には心からの謝罪を」
僕は礼をとって踵を返し、モリヒトとガビーを連れて出口に向かう。
僕たちの後ろにティモシーさんが着いて来た。
ヨシローは家令の老人にぺこぺこ頭を下げているのが見える。
唖然とする使用人たちの前を通り過ぎて外に出た。
モリヒトが僕にフードを被せてくれる。
「ごめん。 嫌な思いをさせた」
ガビーに謝る。
「ううん。 私は特に何も。 ちょっと嫌な雰囲気だったし、あんまり長く居たくなかったけど」
「そうか」と僕は頷く。
「モリヒト、買い物は全て終わったよね。 もう帰ろうか」
『そうですね。 タヌキを迎えに行って、そのまま帰りましょう』
別に干し魚は販売許可がなくても問題ない。
全てワルワさんに売りつければいいさ。
魚醤の件も、後は小魚を持ち込むだけの契約になっているはずだ。
何か妨害が発生するなら、今後一切、この町と付き合わなければいいだけの話である。
ティモシーさんが僕たちの前に回り込んだ。
「アタトくん、馬車に乗っておくれ」
僕たちが足を止めると、ティモシーさんの合図で馬車がやって来る。
乗り込もうとすると「待って待って」とヨシローが走って来た。
一緒に馬車に乗り込むと「いったいどうしたの?」と煩い。
「皆さんには色々とお手伝い頂いたのにすみません。
今回は、やはり急ぎ過ぎたみたいで、僕にはまだまだ覚悟が足りなかったようです」
今まで出会った人たちが優しかったから忘れていた、この世界の人たちの悪意に晒される覚悟を。
前の世界では役人の横柄な態度なんて、ある程度慣れていた。
我慢出来なかったのは、おそらくエルフの高慢な気質のせいだろう。
自分でも嫌っていたのに、どうしようもないなんてな。
ヨシローが頭を掻く。
「あー、領主館の人たちの一部は王都や他の町から来た人たちだからかな」
三年ほど前、それまで公務を取り仕切っていた領主夫人が亡くなった。
その後、成人したての娘が父親の仕事を助けようとして失敗し、ヨシローとティモシーさんが補佐して立て直したそうだ。
「その時に王都や他の町から優秀な人材を募集して、何人か雇ったんだ」
現在、館内に領主が個人的に雇っている地元の古参使用人と、公務のために新しく雇った文官たちと、二つの派閥が存在していた。
だけど、そんなことは僕や申請に来た商人たちには関係ない。
「もう関わりたくないです」
僕の拒絶にヨシローも苦笑した。




