第二話・眷属の精霊に会う
一人になった僕は手を洗おうと小川に近寄る。
緩い流れに自分の姿が映った。
改めて、じっくりと見る。
この姿はどう見てもエルフの少年だ。
七歳だってよ。
信じられん。
記憶とは違う場所に居る上に姿形まで変わってしまう。
そんなことがあるのか。 いや、あるはずがない。
僕の、この姿での名前はアタト。
眷属精霊持ちの七歳のエルフ男子。
きっと誰も信じちゃくれないだろうが、僕は七十歳の人間からエルフになった、らしい。
以前の僕と同じ白髪、日焼けした肌。
黒い瞳の細い目は黙っていると怒っているように見える。
美形ばかりのエルフ族の中で、良く言えば大人びた、悪く言えば胡散臭い顔。
そんな感じだ。
シワが無くなり、老眼鏡が要らないくらい視力が良くなっていたのは嬉しい変化だが、子供なんだから当たり前か。
せっかくエルフになったのに能力も容姿も元の日本人の僕に近いなんて残念過ぎる。
しかし、以前の姿形は覚えているが生活や仕事の事となるとトンと思い出せない。
何だってこんなことになったのやら。
エルフの長老の話では、拾われた時の僕は二歳くらいだったらしい。
どこから流れて来たのかも分からない。
当然、よその村にも訊いてくれたようだが身元は不明のまま。
その頃は、まだ自分が年寄りだったという記憶はなかったが価値観は七十年間生きた老人のそれである。
自分でも年齢との違和感はあったが、長老とは馬が合ったのでそれで良かった。
「いやに気が合ったんだよなあ」
長老といってもエルフなので見かけはとても若い。
しかし、話す内容は老人特有の「今時の若いもんは」とか、若い頃の武勇伝が多かったように思う。
まだ二歳の拾い子の僕はウンウンと頷きながら聞いたし、まだ舌足らずだった僕の話も長老は嫌な顔ひとつせず付き合ってくれた。
一緒にいると親子にしか見えなかったが、本人たちは同年代の友人のような感覚だったな。
「気味悪いとか思わなかったのかねえ」
今さらだが、自分だったらそんな子供は怖いし相手にもしないと思う。
長老はやはり偉大な方だったな。
いや、まだ亡くなってはいないぞ。
僕は精霊がくれた果実を喰む。
甘く瑞々しい果汁が口の中に広がり、疲れた心を癒やす。
そういえば、僕だけじゃない。
あの眷属だという精霊もかなり変だ。
今まで僕は大人のエルフに変化する精霊など見たことがない。
村のエルフたちの眷属は呼び出しても光の玉のままである。
ただ長老の眷属だけは、小さな子供の姿をした羽がある妖精みたいだった。
人見知りで滅多に人前には出て来ないヤツだけどな。
だから僕は、村では自分の眷属精霊を呼び出すことはしなかった。
それでなくても「エルフらしくない」と言われてる僕なのに、これ以上目立つのは拙いんじゃないかと思っていたからな。
◇ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◇
美しいものを愛する精霊はエルフの赤子が産まれるとすぐに集まって来て、そのうちの一体が生涯護るという契約を結んでくれる。
それが眷属精霊。
でも赤子についた精霊は、ある程度の年齢に達するまで姿を見せない。
それは仕方ないだろう。
あんなに何でも言うことを聞いてくれる眷属だよ?。
下手すると何でも精霊に頼ってしまう子供になる可能性が高いじゃないか。
だけど、僕がいたエルフの村では七歳になると眷属精霊を見せる儀式があった。
将来「この精霊が相棒になる」という顔合わせみたいなものである。
そしてエルフ自身が成人し家から独立すると、眷属精霊とともに生活するようになるのだ。
僕はずっと自信を持てずにいた。
「僕の眷属になる精霊は来てくれたのかな」
精霊がついているかどうかは、長老でも呼び出すまで分からないそうだ。
だから昨年、年上の子供たちの儀式をこっそり見に行った。
儀式が行われるのは深夜で、場所は母なる木の広場。
長老が子供たちを順番に一人づつ呼んで話をする。
そして長老が長い杖を振るとポワンと様々な色の光が現れ、やがて消えていった。
僕は木の陰に隠れ、それをボーッと眺める。
やはり眷属を持たない子供はいなかった。
しかし、それが「僕にもいる」という証拠にはならない。
ただ羨ましいという気持ちが強くなっただけだった。
ハッと気づくと、いつの間にか何かが僕の傍にいる。
振り返ると闇の中に金色に光る玉が浮いていた。
「ヒエッ」
人魂?。 いや、おそらく精霊だろう。
あの儀式で出て来た誰かの精霊がこっちに来てしまったのか。
「マズイ!」と慌ててその場を離れる。
だが、それは逃げても逃げてもスイーッと空中を飛んで僕を追いかけて来た。
とうとう走れなくなって座り込み、玉を見上げる。
「ハアハア。 な、なんなんだよっ、おまえはっ」
怖がっているのを悟られないように睨みつけた。 心臓がバクバクする。
『アタト様の眷属精霊でございます』
期待していなかった答えが返ってきた。
「はあ?」
なんで僕の、なんだ。
『わたくしはご主人様の眷属でございますので、ずっと傍におります』
今夜は長老の呼び出しに応じて姿を見せてくれたそうだ。
あー、長老は僕がこっそり見ていたのを知っていたのか。
僕は安心したせいか、力が抜けた。
一瞬、フワッと優しい光に包まれる。
光が消えると、大人の男性エルフが目の前で微笑んでいた。
「ヒッ」
誰かに見つかったのかとアタフタしていたら、また声が聞こえた。
『わたくしですよ、ご主人様』
さっき眷属精霊だと名乗った声だ。
『この空間を周りから遮断いたしました。 誰にもこちらは見えません』
なるほど、これが結界魔法か。 便利なこった。
その容姿は、透き通る白い肌に真っ直ぐな腰までの長さの美しい金髪。
切れ長の緑の目は決して細くはない。
エルフではなく精霊だということは、この姿が精霊たちの好みの正統派エルフなんだろう。
そう思ったら少しイラッとした。
「何故、僕のところに来たんだ?」
少々低い声になる。
『精霊王様のご指示です』
「え?」
それってまさか。
「僕を拉致して、姿形も変えてしまったのはソイツかああああ」
『は?』
男前の精霊がポカンと口を開けた。