第百九十九話・意思の確認の儀式
さて、この危機をどう切り抜けようか。
おそらく何かの魔法か魔道具が、この部屋自体に仕掛けられている。
『アタト様、お座りください』
モリヒトがいつも通り無表情で僕を呼んだ。
「うん」
あ、なんだ。 モリヒトがいるじゃないか。
そう思ったら何も焦ることなかった。
僕は、僕がやるべきことをやるだけだ。
椅子に戻る。
ヤマさんは入り口の扉の近くに立っていた。
逃げる気満々だね。
僕は思わずクスッと笑ってしまう。
「お待たせいたしました!」
若い神官が戻って来て、司祭の前にそっと箱を置く。
「ありがとう……早かったね。 あの保管庫は厳重で開くのに時間がかかるのだが」
「お褒め頂き光栄です!。 実は魔道具の担当になりましてから何度か練習したことがございまして」
嬉しそうに頬を赤らめる若い神官に司祭は笑っていない笑顔を向けている。
たぶん、時間稼ぎしようとして若い神官に任せたのだろう。
司祭が思っていたより、彼は優秀な人材だったということだ。
「良かったです。 ではどうぞ始めてください」
僕たちと王子と護衛を兼ねた側近男性は、期待の目を向ける。
ヨシローとケイトリン嬢は緊張気味だが、ティモシーさんは違う緊張感を持っているように見えるな。
司祭は諦めたように、フゥッと肩を上下させて息を整えた。
魔道具が入っているという箱は長方形で、高さは約10センチほどか。
材質は木で伝統的な意匠が施され、頑丈そうな作りになっているようだ。
司祭がブツブツと何か呪文を唱えて封印を解除する。
蓋を開くと、中にあったのは魔力でキラキラと輝くコインだった。
「おおー」
部屋にいる者たちからは感嘆の声が上がる。
だが、僕の懐からはずっとブルブルと震える振動が伝わっている。
テーブルの上に豪華な布が広げられ、司祭がそこにコインを置く。
先ほどアリーヤさんから見せてもらった魔道具のコインに似ているが、それを派手にしたような感じである。
「この魔道具に触れて頂きます。 『異世界人』であれば反応があり、こちらに言葉が伝わって来ます」
司祭はコインを手のひらに乗せ、薄っすらと笑みを浮かべてヨシローの前に差し出した。
「では、サナリ様。 この上に手のひらを重ねてください。 そうすると、私にあなたの心の声が聞こえてきます」
僕はチラリと振り返ってアリーヤさんを見る。
目が合うと彼女は首を横に振った。
分からないということなのか、危険だということなのか。 よく分からん。
しかしウゴウゴは嫌な魔力、つまり悪意を感じている。
「モリヒト」
僕は小声でモリヒトに、念の為、ヨシローの手のひらにだけ悪意のある魔力を弾く結界を頼む。
モリヒトは黙って頷いた。
ヨシローは、恐る恐る手を伸ばす。
司祭が広げた手のひらの中にはキラキラと光るコインがある。
ヨシローはふいに手を止めた。
「えーっと、どういう反応が出るんですか?。 ピカッと光って眩しいとか、チクッとして痛いとか」
ヨシローは痛い思いをするのは嫌なのだ。
だからこそ、何が正解なのかを訊ねた。
「見た目には変わらないはずです。 ただ私の手には伝わります」
「えっ?。 じゃあ、司祭様しか確認出来ないってことじゃないですか。 疑う訳ではありませんけど、司祭様だけじゃなく、何人かに同じように見てもらうことは出来ないんですか?」
一人だけでは間違うこともあるかも知れない。
「い、いや、そんなことはない。 しかも、この魔道具は大変貴重なー」
司祭が言い訳じみた事を言い出すが、部屋の中はザワザワとし始めた。
「じゃあ、私にも確認させてください」
ヤマ神官が手を上げた。
「なんだと!」
司祭の目が釣り上がり、思わず立ち上がった。
「貴様に何が分かる!」
怒りの声に部屋の中が静まり返る。
司祭はハッとして、バツが悪そうに座り直した。
ヤマ神官が落ち着いた声で話す。
「失礼ながら、私はこの教会本部では司祭様と同じ程度の魔力があると判定されております。 何か不測の事態が起きても対処が可能でございますので」
物腰柔らかく、まるで子供を諭すように優しい声。
へえ。 やっぱり有能な方のようだ。
ヨシローさんがチラチラと僕を見ている。
ニコリと笑い返すと頷いた。
「分かりました。 では、お二人にお願いします!」
大きな声で宣言した。
司祭は不機嫌を隠しながらも了承する。
僕の目には、ヤマ神官がこっそり懐の袋からコインを取り出すのが見えた。
まずは司祭から。
魔道具のコインを挟む形で手のひらを重ねる男性二人。
何だか汗臭く感じるのは僕だけか。
「反応は無いようですな」
静かな部屋に嘲笑のような司祭の声が響く。
「あ、あのー。 『異世界人』ではないと判定されたら、俺はどうなるんでしょうか」
若い神官が戸惑うように答える。
「その場合は、サナリ様が『異世界人』を偽称されたということになります。 すぐに投獄され、王族の決裁により、最悪の場合は極刑もあり得ます」
「ヒィッ」
ヨシローが悲鳴を上げる。
隣にいるケイトリン嬢がヨシローの手を握った。
「大丈夫です、ヨシローさん。 私は信じております」
「リーンちゃん」
見つめ合う二人。
「あー、今度は私の番です」
ヤマ神官がヨシローの傍に跪く。
「結果は変わりませんよ。 警備隊はサナリを犯罪者として捕えなさい!」
勝ち誇ったように司祭が命令する。
僕は駆け寄ろうとするティモシーさんを抑えた。
「お聞きしますが、ヨシローさんを捕えると教会では何か良い事があるのですか?」
小声で訊ねる。
犯罪者を捕えたら、それなりの見返りはあるのだろうか。
「教会に対する犯罪は重罪だが、寄付という金で釈放される場合もある」
なるほど、金か。
ヨシローの後ろには辺境伯がいるからな。
ヤマ神官は若い神官から魔道具のコインが入った箱を受け取る。
「重いですね」
そう言って蓋を開いたヤマ神官は、取り出す振りだけをした。
「ではサナリ様。 私の手にあるコインに手を乗せてください」
手にあるコインを見えないようにして、両手を差し出している。
「はい」
ヨシローがコインに触れた。




