第百九十八話・儀式の魔道具の話
僕は脚を組み、わざと尊大な態度を取る。
ヨシローが少しニヤニヤしているのは腹立たしいが、邪魔さえしなければ良い。
若い神官がこの場を仕切るようだ。
「申し訳ありませんが、お話を整理させて頂きます」
目鼻立ちのキリリとした青年で、話し方もしっかりしている。
僕たちが頷くのを見て話し始めた。
「私たちは貴族管理部からの要請で、サナリ様が本物の『異世界人』で、婚約の意思があるのかを確認させて頂くことになっております」
ウンウン、そーだねー。
「ですから、管理部のお役人様が同席されませんと」
つまり、役人の到着待ちだという。
「そんな事なら、せっかく王子殿下がいらっしゃるのですから、代わりに立ち会って頂けばよろしいのではないですか?」
王宮の役人より王族のほうが偉いんだし、後で管理部に報告してもらえば良い。
役人より間違いなく、正しく伝えてくれるはずだが。
「そういえばエンデリゲン殿下がいませんね。 別室ですか?。 せっかく立ち会ってくれるとおっしゃって、わざわざついて来てくださったのに」
僕は早口で捲し立てる。
「い、いえ。 そんな畏れ多いことは」
おやおや、急にグダグダになったな。
「ティモシーさん。 殿下を呼んで来て頂けませんか?。 証明する者がいないと始まらないようです」
「なるほど。 承知した」
神官たちが止める間も無くティモシーさんは部屋を出て行く。
「何故、こんなことに」
司祭がボソリと呟いた。
コイツらはヨシローたちと王子を引き離した。
やはり何か企んでやがる。
「その、エルフ様は殿下とはお知り合いでいらっしゃるので?」
若い神官に訊ねられた。
「ええ、以前から友人ですよ。 ティモシーさんを介して知り合いまして。 とても仲良くさせて頂いてます」
僕の言葉にヨシローさんが頷く。
「ここに来る前に偶然お会いしましてね。
私共が教会で珍しい儀式を受けると話したら、ぜひ見学したいとおっしゃられて」
司祭は苦笑する。
「いやいや、地味な儀式ですよ」
んー、この司祭は思ったより小物っぽいな。
「そもそも、これは教会本部と王宮の貴族管理部、そしてサナリ様だけのお話です」
僕とモリヒト、まして王子は呼ばれていない。
確かにな。
「ええ、そうです。 僕は別件で貴族管理部に呼ばれてまして。 ヨシローさんが王都に行くというので、僕も一緒に来たんです」
辺境地から王都への長い道のり。
どうせなら一緒に行動すれば費用や護衛を節約出来る。
しかも今回は辺境伯家が支援してくれた。
「辺境伯閣下のためにも、僕はヨシローさんをちゃんと連れ帰らなければならないんです」
一緒に旅した仲間であり、辺境伯からも頼まれている。
「教会の儀式には招待されているわけではありませんが、僕は僕の責任においてヨシローさんと一緒にいるわけです」
辺境伯家にも関係あるとなると、無碍には出来ない。
司祭は黙り込んだ。
静かになった部屋の扉が叩かれる。
「エンデリゲン殿下がいらっしゃいました」
ティモシーさんと共に王子が入って来る。
「おう、アタト。 先に来ていたのか」
神職者たちが立ち上がり礼を取る中、僕は軽く会釈で済ませた。
「どうだ?。 珍しい儀式は見せてもらえそうか?」
神官が用意した椅子を僕の隣に移動させてドカッと座る。
「ええ、なんとか始まりそうですよ」
そう言って微笑み合う。
「では」
若い神官が合図をすると、他の神官たちが出て行こうとする。
「ん、どうした。 何故、人払いするのだ?」
王子が訊ねた。
「これは本来なら秘密裏に行われる儀式でして」
僕は首を傾げる。
今まで秘密裏に行われていたのは『異世界人』という存在を隠すためだったと聞いた。
「勿体無い。 どうせヨシローが『異世界人』だというのはすでに知られているのですから、もっと多くの人に知って頂ければ良いと思いますよ」
これまでの『異世界の記憶を持つ者』たちの事情を、一部の者たちの知識とするのではなく、一般にも知らせるべきだと思う。
だって、ヨシローは隠していないし、彼の立場は『異世界人』だからこそ守られている。
「それに儀式といっても魔道具で確認するだけでしょう?」
僕がそう言うと司祭は慌てた。
「その魔道具が大変貴重なものなのです」
ええ、そうでしょうよ。
「確か、所在が不明だったとか」
僕は王子の傍に立つティモシーさんを見上げる。
「はい。 私はそう伺っておりましたが」
若い神官が胸を張り、誇らしげに答えた。
「それが見つかったのです!」
ほほう。
僕は悪気の無い子供らしい笑顔を浮かべる。
「それは良かったですね。 では神職の方々にお披露目しても良いのではないですか?。 そうすれば、また所在不明になっても皆で探せるじゃないですか」
司祭が目を逸らすのをしっかり見た。
「い、いや、今日は急に決まったので、後日に致しましょう」
「あー、誠に申し訳ありません。 偶然、殿下にお会いしたので、ちょうど良い機会だと思って急いで来てしまいました。
では、公開は後日にして、本日は殿下立ち合いの元、サッサと儀式をやりましょう」
早く魔道具を用意するようにと催促する。
「はいっ!。 では取って参ります」
満面の笑みを浮かべた若い神官が、司祭から鍵を受け取ると部屋を出て行った。
僕はニコニコ笑いながら部屋を見回し、お腹の辺りをツンと突く。
懐の中にいるウゴウゴがブルブルと震えた。
え?、なんだ、この反応は。
僕は壁の絵画が気になる振りをして立ち上がる。
壁に張り付くようにして絵を覗き込みながら、
「ウゴウゴ、どうした?」
と、訊ねた。
『コノヘヤ、イヤナ マリョク イッパイナノ』
ウゴウゴが本気で嫌がっている。
「ねー、これは何?」
わざと大声で言うと、近くにいたヤマ神官が傍まで来て作者や内容を説明してくれた。
「ふうん」
僕はウンウンと頷きながら、ヤマ神官を盾にして司祭から見えない位置に立つ。
「ヤマ神官、もし危なくなったら、僕らに構わず逃げてください」
「は?、あ、ああ。 そうだねー、あはは」
ヤマ神官は笑って誤魔化しながら何度も頷いた。




