第百九十五話・眷属精霊のメガネを選ぶ
なるべく似合わなそうな物を選ぶ。
太い木枠のメガネとか、どうだろうか。
「アタト様、それはモリヒト様にはあまり似合わないと思いますが」
手に取ると、アリーヤさんに話しかけられた。
「ええ。 モリヒトは見かけが派手なので、少し地味になるような物を選びたいと思いまして」
僕の言葉にアリーヤさんは目をパチクリする。
「アタトくん。 あまり似合わな過ぎても目立つと思うよ」
ティモシーさんの言い分にも一理あるな。
僕にはセンスが無いのは分かってる。
タヌ子やウゴウゴの名付けも笑われたし。
でも、自分では気に入ってるんだ、これでも。
「じゃあ、モリヒトが自分で選んでよ」
『いえ、わたくしはアタト様のお好きな物で結構でございます』
うん、知ってた。
だってモリヒトは、僕が選んだものを身に付けるわけじゃない。
参考にして、自身の魔力で似たような物を作るだけだ。
僕がダサいヤツを選んだとしても、モリヒトならなんでも似合うだろうし。
店内を見回す。
さすが王都の有名店らしく、客層も平民でも身なりが洗練された者が多い。
実際に使用している人を見たほうが早いかな。
「あそこの紳士のメガネなんてどう?」
ガラスを囲む枠が無く、鼻と耳に繋がる金具がガラスに直接付いている。
『そうですね。 あれが一般平民用ならばよろしいかと』
一般用は今の流行りの形なのか、縁の無いメガネが多い。
しかし、これだと魔石も設置出来ないなあと見ていたら、どうやら伊達メガネというヤツらしい。
メガネをしている人は魔力が高いと見做されるというからな。
じゃあ、なんで魔道具店で扱ってるのかというと、まあブランドなんだろう。
メガネには小さく店のマークが入っていた。
そんな話をコソコソしていたら、
「モリヒトさんなら片眼鏡も似合うんじゃない?」
と、ヨシローが持ち込んでくる。
確かにダンディなオジサマなら似合うだろうが。
いやいや、そうじゃなくて、モリヒトは何でもいいんだよ。
その後もいくつか選んでモリヒトに掛けてみてもらう。
アリーヤさんやケイトリン嬢は割と真剣にあれこれ助言してくれるが。
ヨシローとティモシーさんはダメだ。
どれを掛けて見せても「いいんじゃない?」で終わる。
それじゃ、ダメなんだよ。 僕と一緒だから。
若い店員が諦めたように話し掛けてきた。
「あのー、目立たなくするというのでしたら、こちらなどいかがでしょうか」
店員が差し出した四角いトレーみたいなものに、真っ黒なサングラスのようなものが乗っていた。
「多少お高めにはなりますが、認識阻害の魔法が組み込まれたもになります」
やっと魔道具店らしいものが出て来たな。
「黒曜石ですか。 これでは前が見えませんが?」
店員は頷く。
「これは目で見るのではなく、魔力で視る魔道具なのです」
目が不自由な人用だということか。
「面白いですね」
僕はニヤリと笑う。
これならモリヒトを侮る者が出るだろうし、魔法も色々と仕込める。
モリヒトは……何でもいいんだったな。
「では、これを」と、話を進めていると、にわかに店内が騒がしくなる。
「いた!。 アタトー」
エンデリゲン殿下、第三王子の登場である。
「お久しぶりです、殿下」
なんでここに。
「エンディ殿下、ここでは他の客の迷惑になりますので、奥へ」
ティモシーさんが促し、商談用の応接室に移動する。
その前に、僕はモリヒトに支払いと女性たちの護衛を頼んだ。
女性たちも王子といるより、買い物を続けるほうを選ぶ。
部屋には僕とティモシーさん、そしてヨシローが入った。
「早く着いたなら連絡くらい寄越せ」
ドカッとソファに腰を下ろす殿下の後ろには、何度か会ったことがある中年の側近が付いている。
軽く目礼すると、向こうも無表情ながら返して来た。
まあ、嫌だろうな。
絶対に揉め事が起きる相手だし。
「まだ到着したばかりですよ。 今日は王宮に向かうための準備をしておりました」
買い物くらいさせろや。
「友人なんだから、そんなもの必要ないだろ」
少し嬉しそうなのはなんなんだ。
自分が特別扱いだとでも思ったのか。
「はあ、国王陛下や公爵閣下にお会いするかも知れませんから」
そう言うとみるみる機嫌が悪くなる。
ハッキリ言えば、今回はわざわざ王子に会う予定は立てていなかった。
どうせ、やって来るだろうと思ってたからな。
「陛下に会うつもりか?」
声が低くなる。
「こちらで決められることではありません。 呼び出しがあれば応じるつもりですが」
ティモシーさんは隣でハラハラしているが、ここは王宮でもないし、絡んで来たのは王子だ。
多少不敬でも許してもらおう。
「それで、殿下。 わざわざ私たちを探しにいらした理由は何でしょう?」
ただ早く会いたかった、とかではないよな。
「公爵家から私的な夕食会に呼ばれた。 お前たちにも届くはずだ」
側近から招待状を見せてもらい確認する。
開催は明日の夜となっていた。
おそらく、今頃は辺境伯家の王都邸にも着いているのかな。
「承知いたしました」
僕だけを呼び出すのは怖いのかな。
それか、クロレンシア嬢が王子の立ち合いを頼んだのか。
どちらにせよ、こちらから面会を申し込む手間が省けた。
喜んで伺うさ。
僕は王子の様子を見ながら考える。
このまま予定を押し込んでしまおうか。
やるなら早い方がいい。
「殿下。 この後、お時間はございますか?」
王子が街に出てるのだから、護衛がこの側近一人というわけではないだろう。
「ん?、もちろん忙しい時間を割いて出て来たんだから、すぐに戻る気はないぞ」
せっかく僕に会う口実で王宮から出られたんだから、すぐ戻るのは勿体無い、ということか。
いやいやいや、忙しいなら戻れや。
まあ、第三王子に出来る仕事があるのならな。
「実は僕たち、これから教会に向かうのですが」
ピリッと空気が張り詰めた。
「よろしければ、ご一緒にいかがですか?」
ニヤリと口元を歪めて王子を挑発する。
「へえ。 信心深いことだな。 いいだろう、付き合うぞ」
ヨシローさんは驚き、ティモシーさんは呆れていた。




