第百九十三話・偵察の報告を聞く
今夜は偵察から戻って来たモリヒトの報告を聞く予定だ。
その前に、別棟の夕食はモリヒトと護衛メイド、そしてアリーヤさんが作ってくれた。
アリーヤさんは、
「家では普通に家事をしていますよ」
と、料理の手際も良い。
味付けも辺境伯家のものより優しい味で僕好みだった。
美味しいは正義だ、嬉しい。
食事中にキランが担当を外れた件について、モリヒトに説明する。
家令さんも護衛としての力量不足は認めた。
辺境伯家の話し合いの結果、キランは別棟内限定でのヨシローの世話と、本館と別棟の間の連絡係を受け持ってもらうことになる。
モリヒトも納得していたから無問題だろう。
『アタト様の意に沿わないのであれば仕方ないですね』
え、それって僕が悪者っぽくない?。
『悪者だと思っているでしょうね、あそこにいる人は』
目線を向けた先には、食堂の中を覗き込んでいるキランの姿があった。
恨みがましい顔は止めてほしい。
自分の鍛錬不足が悪いんじゃないか。
モリヒトも気付いていた。
キランは主人の世話を焼いたり、周りに対して根回しすることは上手いが、護衛任務については向いていない。
『確かに足手纏いは困ります』
これから僕たちは王宮や教会本部に出入りする。
その時にヨシロー、ケイトリン嬢、アリーヤさんと守る対象が多いのに、使用人であるキランまで守る自信は僕にはない。
「辺境伯家の執事、というだけでは立場は弱いからな」
何人かの護衛が身近にいた今までの旅とは違う。
ここは王都であり、僕たちはどこへ行っても注目される客人だ。
『異世界人』ヨシローと、その婚約者で地方領主の娘ケイトリン嬢。
才能持ちの『歌姫』アリーヤさんは、夫は王都近郊の街の領主一族で、その街の教会警備隊隊長。
そこにキランが同行しても王宮には入れないだろうし、誰も気遣ってはくれない。
しかも相手は王族や貴族たちである。
もしも対立することになれば、キランは真っ先に切り捨てられてしまう。
弱いという事は、そういう事だ。
仕方ないさ。
食後のお茶は寝室でもらう。
僕はモリヒトと二人になったところで盗聴防止の結界を張る。
「魔道具店の商人が来たが、モリヒトに似合いそうなものがなくてな。 明日、店に出向くことにした」
と、まずはこちらから報告する。
ウゴウゴを膝に乗せ、一部商品に不穏な魔力を感じたことも話す。
考え込んだ後、
『午後からでございますね。 承知いたしました』
と、モリヒトは頷く。
ついでに、明日はティモシーさんと今後の警備体制について、話し合いをするそうだ。
さて、モリヒトからの報告が始まる。
『まずは王宮ですが』
さすがに防御結界が張られていたらしい。
モリヒトは第三王子の気配を使うことで、すり抜けたそうだ。
『奇行王子』が知り合いで良かったな。
おかしな時間に結界を出入りしても怪しまれない。
『エルフが王都にやって来ると、一部の者たちが騒いでおります』
王宮内部は少し騒ぎになりつつあるそうだ。
「ふうん。 何か都合が悪いのか?」
確かに公爵家はクロレンシア嬢のことで、エルフを利用しようとしている。
騎士姿を好む、嫁の貰い手がない娘の評判を上げることが公爵の目的ではないか、と思われた。
そして、徐々にモリヒトの目が険しくなってくる。
『いつものことですが。 エルフを持ち上げて自分の派閥に取り込もうとする者や、無力化して捕えろと息巻く者がおります』
強い者を味方にしたい。 美しいものを手に入れたい。
それはどこの世界も変わらない人間の業か。
で、それがダメなら排除する気だろう。
まったく、呆れてものが言えない。
「そんなこと出来るわけないのに」
自分たちの都合だけで、こっちの事情なんて知ったこっちゃない。
そんな奴らをいちいち相手にしてられん。
『アタト様から預かった手紙は国王の寝室に届けておきました』
「うん、ありがとう」
秘密裏に会いたい旨を書いた手紙をこっそり届けさせた。
返事は辺境伯家に届く予定だ。
教会のほうはティモシーさんの報告待ちだが、モリヒトも様子は見て来たようだ。
『ティモシーさんの気配を利用させていただきました』
結界の強度は王宮と同程度だったらしい。
『内部では魔力を多く感じましたが、そこまで清浄ではありませんでしたね』
実在する神が降りる場所にしては俗っぽい雰囲気だったという。
『少なくとも、わたくしは精霊王様に降りて頂くに値しない場所だと判断いたしました』
へえ。 モリヒトが教会相手にそこまで嫌そうな顔をするのは珍しい。
『全部を回ったわけではありませんが、今まで通って来た教会はもっと清浄でした。 王都の教会本部が異常なのではないかと思われます』
ふうん。
つまり、本部にいるのは碌でもないヤツらばかりだということか。
ふむ、と僕は考える。
王族にはさすがに手は出せないが、教会に関しては多少の手出しは許されるのではないかな。
とりあえず、明日のティモシーさんの報告を聞いてからにしよう。
翌日、昼食後にティモシーさんが辺境伯家を訪ねて来た。
別棟の玄関口でティモシーさんを見つけたヨシローが抱き付く。
「いらっしゃい!、我が友よ」
教会の護衛騎士は大袈裟なヨシローの出迎えに引き攣った顔をする。
「なんだ?、たった一日くらいしか離れていなかっただろ」
「いやあ。 その一日で色々あったんだよー」
年下の友人に愚痴をこぼし始めたヨシローを、モリヒトが引きずって二階の居間へ連れて行く。
僕はティモシーさんと二人でゆっくりと後を追いかけた。
ケイトリン嬢とアリーヤさんは支度中である。
以前、スーが施してくれた変装用の化粧を朝からメイドと共に研究中だ。
出掛ける時間までには完成してほしい。
僕たち三人は居間の長椅子に座り、モリヒトがコーヒーを淹れる。
「王都の教会本部は思ったより腐ってるみたいですね」
僕はコーヒーを啜る。
苦そうな顔で、ティモシーさんはモリヒトを睨む。
「知ってるなら訊かないでくれ」
モリヒトが様子を見て来たことがバレバレだが、結局、否定しなかった。




