第百八十七話・眷属の容姿を考える
キランが、別棟一階の厨房隣りにある使用人用部屋に泊まり込み、王都邸本館との連絡係を務めることになった。
「食事の用意もモリヒトがいればなんとかなるだろ」
「はい!」
キランの気合いがすごい。
食材ならたくさん持ち込んでいるので、料理人は必要な時だけ来てくれれば良いと伝えてもらう。
「隔離するほど危険だって誤解されない?」
ヨシローは顔を顰める。
「別に構いませんが?」
引き篭もるのは警備の問題があるからだ。
手間が掛からなくて済むし、良いと思うんだがな。
僕としては余計な者たちが出入りしなければ良い。
そのほうがが知らない人間を全て弾けるから、守り易いんだよ。
辺境伯家の護衛たちには別棟の周囲の見回りだけを頼む。
辺境伯夫人からは、基本的に自由にして良いと言われている。
たまに夫人から来る食事やお茶のお誘いという名の打ち合わせは想定内だ。
教会や貴族管理部については、こちらから出向くつもりだが、連絡があれば取り次ぎはお願いする。
今さらだが、なるべく辺境伯家には迷惑を掛けたくない。
やらなきゃならないことは早めに片付けようと思っている。
本日の夕食は本館で辺境伯夫人からのご招待。
風呂場で旅の汚れを落とし着替えた後、本館の食堂へと向かう。
「しかし、モリヒトさんはやっぱり眷属らしくないというか、アタトくんの家来には見えないよなあ」
モリヒトの後ろを歩いていたヨシローが呟く。
そういえば、到着した時にモリヒトを見た使用人たちが驚いて固まってたな。
『そうでしょうか?』
モリヒト自身はいつも通りだ。
今は耳だけは人間ぽくなっているが、まあ、基本的には外見は元々エルフの美青年だし。
いや、実体は光の玉だけどな。
「僕は別に気になりませんけど」
モリヒトが目立つのは、僕が普通の子供に見えるようにするためでもある、と最近気付いた。
僕も侮られたほうが気が楽なんで。
「いやいや、ここまで来てそれは拙いでしょ」
ヨシローはモリヒトが僕の眷属であると分からないのは周りが迷惑すると言う。
「モリヒトの見かけの問題ですか?」
僕は首を傾げた。
「眷属っていうのは、この館でいうと執事みたいな立場でしょ?。 主人よりキラキラして目立つのはどうかと思うな」
難しいことを言う。
食堂に集まり、皆で夕食を食べる。
美味しく頂きながら、片道だが旅が終わった安心感もあり話が弾む。
王都の食材は近郊の農地から買い付けるそうで、アリーヤさんの街や、実家の食品卸店の話も出た。
そうだった。
ティモシーさんの実家のお店にもぜひ寄ってみたいと思っていたんだっけ。
王都の用事が終わったら帰りに寄らせてもらおう。
食後のお茶は、そのまま食堂で頂く。
モリヒトは僕の後ろに立っているが、給仕の使用人たちの目はどうしてもそちらに向く。
「すみません、うちの眷属が目立ち過ぎて」
お茶のお代わりを淹れてくれた辺境伯家の大柄な家令さんにペコリと謝罪する。
「いえ、問題ございませんよ」
家令さんは優しく微笑む。
この際、確認しておくか。
僕は家令さんに話し続ける。
「実は先ほど、うちのモリヒトは眷属、あの、執事の立場かなと思うのですが、とても使用人には見えないと言われまして」
夫人が頷き、答えるように促す。
「家格にもよりますが使用人にも色々おります」
まず、家令は使用人の頂点で家全体の財務や人事にも携わる。
その下が執事。 主人の面倒を見る者で、食事や服装など、身近な支度を請け負う。
家人が女性なら侍女や専属メイドがそれに当たる。
あとの雑務を下働きの使用人たちが分担していた。
家令は一人だが、他は家の規模や経済状況により変動する。 貴族の家では最低でも複数人いるのが普通らしい。
僕は改めて訊ねる。
「王都では主人より目立つ執事というのは拙いのでしょうか?」
「左様でございますな、それはご主人様の度量によるのではないかと思いますが」
モテ過ぎる使用人に嫉妬したり、奥様や恋人に心変わりされたりする可能性を気にする狭量な主人では執事のほうが困る。
まあ、うちの場合、それはない。
「ただ、周りからは主人が侮られたり、その執事を引き抜こうとしたりして、諍いの元になるかも知れません」
ふうん。 諍いの元か。
色んな人がいるし、それは有り得るな。
「では、目立たなくするにはどうすれば?」
僕はモリヒトを見上げた。
エルフの姿をしていて、ダークエルフである僕を目立たなくする。
それは分かるけど、じゃあ、僕が目立たない人族の子供ならモリヒトは目立つ必要はないんじゃない?。
「モリヒト、姿を認識しにくくする魔道具とかはない?」
『魔道具ですか?』
それならモリヒトが姿を変える必要がない。
精霊は考え込んでいる。
「変装の魔道具か」
ヨシローが呟く。
「ヒゲ?、カツラ?。 あー、定番は黒縁メガネかな?」
メガネ……いいかも。
「魔道具店を紹介して頂けませんか?」
明日、ちょっと行ってみよう。
「あら。 それなら出入りの商人を呼びますわ」
あー、金持ちは店に行くんじゃなくて呼ぶんだった。
「ありがとうございます」
お言葉に甘えることにした。
「そういえば」
ヨシローがイタズラっぽく訊ねる。
「キランは下働きから執事に出世したんですか?」
王都邸でもキランはヨシローの面倒を見ていた。
「そういう約束で辺境伯領都本邸に出向させておりましたので」
家令さんが微笑む。
「キランはがんばっていますよ。 私としては、もう少し体を鍛えてもらいたいですが」
「あははは」
褒めてるのか、貶してるのか。 キランは苦笑していた。
「執事も体を鍛えたほうが良いのですか?」
僕は周りを見回す。
いやー、使用人にこれだけガタイの良いのが揃ってるのは辺境伯家くらいじゃないかな。
「モリヒト様は魔法はお得意のようですが、武術に関してはどうなのでしょうか」
夫人の問いかけにキランの目がモリヒトを見る。
精霊だから魔法に関しては他の種族が敵わないのは確定だ。
肉体言語なら勝てるとでも?。
やれやれ、モリヒトが邪魔臭そうな顔してるよ。




