第百八十四話・初めての王都の地
モリヒトがお茶を配り終わるとジェダさんが口を開く。
「教会警備隊の知り合いに会いました」
その人はジェダさんが制服ではないことに気付いて、話を合わせてくれたそうだ。
「『歌姫』が前の町で混乱に巻き込まれ、到着が二、三日遅れるらしいと、王都やこの先の町に伝えてくれることになったよ」
やはり、ジェダさんはただの脳筋ではなかった。
頭が回る人だ。
教会には独自の通信の魔道具があるらしい。
それを使えば国中の教会に通達が出来る。
ただ内容についてはかなり厳選されていて、今回は『歌姫』に関するお知らせなので了承されるだろうとのこと。
「我々はその間に町を駆け抜けましょう」
ジェダさんの言葉にティモシーさんが頷く。
あと一泊すれば、次は辺境伯の王都邸である。
何とか王都までは乗り切りたい。
マント着用だった領兵たちが着替え、使用人たちが出発の準備を終えると、モリヒトが建物を土に戻す。
「出発!」
辺境伯領兵の一番偉い人が声を掛けて、馬車が動き出した。
まずはティモシーさんの先導で、ヨシローとケイトリン嬢の馬車が街道に出て行く。
次は護衛付きのドワーフたちの荷馬車だ。
先導するのは辺境地から来ている若者だが、教会警備隊員なのに兵士たちの中で一番職人ぽい見た目をしているので適任である。
最後にジェダさんが率いる辺境伯夫人が乗った馬車。
警備兵たちが傭兵らしい荒っぽい感じで護衛に付いている。
もちろん、アリーヤさんと僕も乗っているが、モリヒトは早々に姿を消して警戒に出て行った。
むう、逃げやがってー。
「アタト様はおいくつですか?」
アリーヤさんに訊かれたら無視出来ない。
「先の冬で八歳になりました」
辺境伯夫人は実子はいないが、かなりの子供好きだし、アリーヤさんは二人の子持ちだ。
「まあ、うちの子供たちとあまり変わらないのに、まるで大人のようにしっかりしておられますのね」
はい、よく言われます。
「エルフだからかも知れません」
エルフと人族では年齢の価値観に多少の違いがある。
何せ、エルフは七歳になれば、もう独り立ち出来ると村を追い出されるのだから。
まあ、それは僕だけかも知れないが。
「エルフは村単位で育児をします。 そしてある程度の年齢になると眷属精霊と一緒に行動するようになるので」
産まれた時から眷属精霊は傍にいるが、七歳までは見ることも出来ない。
何でも言うことを聞いてくれる眷属にあまりにも早く出会うと、我が儘で何もしない子供になるからと話す。
アリーヤさんはウンウンと頷く。
「そうですよね。 可愛いからといって何でもハイハイと言うことを聞くのはいけませんわ」
「まあ、そうですの?」
実感のこもるアリーヤさんの反応に夫人は目を丸くする。
「はい!。 特に父親は娘には甘いのです」
家族の問題が透けて見えた気がするが、まあ、そんなもんだよなー。
それからも女性たちはお喋りに余念がない。
僕は一応、馬車の中を覗き見ることが出来ないように防御結界を掛けている。
そのうちに町中に入り、無事に通過した。
馬車の速度が上がっているせいか、夕方遅くに次の宿泊予定だった街が見えて来た。
王都から近いというか、ここはすでに王都の端である。
今夜はこの辺りに小屋を作り、明日は王都に入って辺境伯の王都邸を目指す。
王都自体が広くて馬車も多いので、王都邸に着くまでには時間がかかるのだ。
「ようやく、だな」
僕が小屋を作り、モリヒトが隠蔽の結界を張っていると、ドワーフのロタ氏が話し掛けして来た。
「ええ、長かったような、短かったような」
「ガハハ、アタト様は年寄り臭いことを言う」
少し話がしたいということで、僕たちは最後の打ち合わせをすることにした。
小屋の一階、夕食の準備に取り掛かる使用人たちを横目に、広いテーブルに三つの馬車からそれぞれの代表者が座った。
「明日から、おれたちドワーフ族は別行動にしたい」
ロタ氏は王都でのドワーフ族の拠点に向かい、僕たちが王都での用事を終わらせて辺境地に戻る時点で、また合流したいとのことだ。
ティモシーさんが頷く。
「承知した。 では連絡先だけは教えて頂きたい」
お互いに何かあった場合の連絡先を交換する。
僕はガビーとは日頃からやり取りしている魔力で送り合う手紙を交換していた。
「いつの間に」とロタ氏は渋い顔をしていたが、辺境地の出発時からである。
馬車が離れているから当然だ。
「ガビーの父親に無事に帰すと約束しているので」
ロタ氏もガビーの父親に雇われている身だから、そこは納得してくれた。
「おれも十分注意する。 だからアタト様もおれたちの力が必要になったら、遠慮なく連絡してくれよ」
バンっと背中を叩かれた。
「はい。 よろしくお願いします」
イタイイタイ。
ロタ氏はドワーフ族の素材集め用の袋をいくつか持っているため、荷物自体は困らないのだが。
「あんな馬車でドワーフ街にゃ、入れんぞ」
辺境伯家の馬車は貴族用のため豪華に出来ていて、街中では目立つ。
「出来れば、荷馬車をお借りしたい」
頑丈に出来ている辺境伯家の荷馬車は、紋章入りの布を外せば見かけはごく普通である。
辺境伯夫人に確認を取り、了承された。
荷馬車の辺境伯夫人の荷物は一時的にモリヒトが預かることになった。
馬車の荷物移動が始まる。
「はい、これ」
夕食後のお茶の時間。
スーが皆に魔獣の毛皮で作った御守りを配り始めた。
白、銀、黒の三色の毛玉を取り混ぜて、二つずつ飾り紐で結えて、服やベルトなどに飾り付ける。
「もし誰かに欲しいって言われたら売ってあげてもいいわよ」
ドワーフ街で売り出す予定らしい。
宣伝を兼ねているのか、なかなか商売上手だな。
その夜、僕はなかなか寝付けず、真夜中に小屋の屋根に上がった。
邪魔が入らないと思った場所だったが先客がいる。
「アタト様」
「ガビーか、どうした」
ガビーは「緊張してしまって」と顔を赤くする。
「あははは、皆、同じだな」
僕は小屋の周辺を指差す。
目を凝らすと、見慣れた人影がいくつも見えた。




