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異世界を信じる者たちへ 〜何故かエルフになった僕〜  作者: さつき けい


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第百八十話・歌姫の固い意志


 僕はアリーヤさんを見る。


「一つ訊いても?」


「はい」


控えめにこちらを見る歌姫。


「貴女は本当にそれで良いのですか?」


コクリと頷いた。


「先日、亡くなった神官様のご遺志なのです」




「私は産まれてからずっと、ある神官様に守られてまいりました」


その神官様から彼女に託されたのだという。


もし『異世界の記憶を持つ者』が現れたら助けてやってほしい、と死に際に呼ばれて託されたそうだ。


それは重いな。


「この世界の歴史には『異世界人』や『異世界の記憶を持つ者』が大きな影響を与えて来ました」


高位貴族や領主となる者には『異世界の記憶を持つ者』が現れた場合、どういった対応が望ましいかという教育が施されるそうだ。


しかし、華やかな成功例ばかりを取り上げて、彼らを利用しようとする者が後を絶たない。


「良いことばかりではない、ということを人々は忘れてしまっているのです」


それは、ひとえに教会関係者が早期に彼らを保護し、出来るだけ隠して生活させてきた長年の成果でもある。


それは誇るべき事だ。


彼女の存在は教会の活動のための資金源であり、その歌声で多くの人々の心を救ってきた。


「私の才能は、そのためにあるのかも知れないと思っております」


しかし、それで良いのかは別問題だろう。




「あのぉ」


ヨシローは頭を掻きながら訊ねる。


「アリーヤさん、お子さんはいらっしゃるんですか?」


「はい。 二人おります」


チラリとオーブリー隊長を見て微笑む。


「その子供たちのことを考えると、アリーヤさんには安全な所にいてほしいですね」


ヨシローは複雑な顔をする。


「その反面、恩師に対し約束を守ろうとするアリーヤさんの気持ちも分かりますし、何より、それが『異世界人』である俺のためだということも、ありがたく思います」


座ったまま深く頭を下げるヨシローにアリーヤさんは慌てて手を振る。


「いいえ、サナリ様。 これは私共の勝手な言い分なのです。 感謝されるようなことでは」


あー、もう、うざってぇ。




 その時、控え目に扉が叩かれ、領主夫人が顔を覗かせた。


「まだ終わりませんの?。 アリーヤさんに是非お会いしたいと皆様がお待ちですのよ」


おそらく、誰も通すなと言われていたのだろう。


廊下でアワアワしている護衛や使用人たちが見える。


「今はそれどころでは!」


ご領主が椅子から立ち上がって声を荒げようとしたが、アリーヤさんはそれを優しく止めた。


「承知いたしました。 せっかく夜会にご招待頂きましたのに、顔も出さずに帰るのは失礼になりますものね」


スッと立ち上がる。


優雅に部屋を横切り、義姉である領主夫人と言葉を交わす。


「でももう時間も遅いですし、私の子供たちも待ちくたびれているでしょう。


お義姉様。 申し訳ございませんが、一曲だけ披露させて頂いたらすぐに退場することをお許しくださいませ」


「勿論、それで構わないわ。 皆様、アリーヤさんの歌声を聴けるだけで満足されますもの」


つまり集まっていた客は彼女を待っていたんだな。




 僕たちも揃って移動した。


アリーヤさんが広間に入ると、賑やかな室内が静まる。


「皆様、お待たせいたしました。 歌姫には今宵の宴に相応しい歌を一つだけご披露いただきます」


領主夫人が客たちに誇らしげに伝えると、会場内では拍手や歓声が上がる。


使用人がアリーヤさんをベランダ近くに置いた低い円形の台に誘導。 カーテンを開け、窓を開いた。


「姉の歌声は室内では反響が大き過ぎるので、歌劇場以外では必ず窓は開けるんだ」


ティモシーさんが解説する。


「では、今宵は『異世界人』の歌と言われております曲を歌わせて頂きます」


ヨシローに対する歓迎の意味なのだろう。


アリーヤさんが目を閉じ、呼吸を整えている間に場内が静まり返った。




「これは!」


ヨシローが小さく呻いた。


元の世界の、しかも日本の故郷を懐かしむ歌である。


ケイトリン嬢が手拭き用の布を取り出して、ヨシローの頬を拭う。


 僕とモリヒトは広間には入らず、廊下から扉を半開きにして聴いている。


「さすが『歌姫』だな」


『はい。 歌に魔力が乗っていますね』


魔力が歌により拡散されるので、狭い室内だと最悪の場合、魔素が大量発生する恐れがある。


だから窓を開ける必要があるのだ。


アリーヤさん自身も歌いながら腕を開いたり、手を振ったりして魔力を外へと誘導している。


 周りには他に誰もいないが、モリヒトは僕にしか聞こえないように囁く。


『……懐かしいですか?』


僕はフッと笑う。


懐かしいとは思うが、ヨシローのように涙が出るほどじゃない。


「僕には、あまり元の世界に帰りたいという気持ちはないからな」


良い歌だとは思うが、誰もが懐かしく思うような歌詞であり、旋律だと感じる。


でも歌は上手いなあ。


プロなんだから当たり前か。




 僕たちはそのまま玄関に向かう。


家令に領主様には「先に帰ると伝えてください」と頼んだ。


返事を待たずに外に出ると、馬車が一台停まっている。


「おや、そちらも抜けて来たのかい」


オーブリー隊長が馬車の前にいた。


後ろから、タタタと早足の足音が聞こえる。


「まあ、アタト様」


「アリーヤさん、お疲れ様でした」


息を切らせた歌姫が目の前を横切る。


僕たちは軽く礼を取った。


「お帰りでしたら、ご一緒にどうぞ」


そう言って、アリーヤさんは夫の手を借りて馬車に乗り込む。


「教会近くの宿でしょう?。 私共の自宅は教会の敷地内にあるんです。 お送りしますので、乗ってください」


「あ、はあ。 でもー」


「いいから乗った」


オーブリー隊長に背中を押されて馬車にお邪魔する。


御者席に隊長が座り、馬車が動き出す。




「素敵な歌でした」


礼儀として称賛する。


「ありがとうございます」


アリーヤさんも柔らかく答えた。


「変わった歌でしょう?。 エルフ様にはご不快ではありませんでしたか?」


「いいえ、全く」


そんなことを言われるとは思わなかった。


「亡くなった神官様が、とても好きだった歌ですの。 知り合いの『異世界人』の方から教わったそうですわ」


「そうですか」


僕は首を傾げた。



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