第百七十八話・家族の付き合いの夕食会
この街は、中央部に主な施設が固まっている。
教会も、宿も、領主館もあるのだが、その中心部という場所自体が広い。
辺境の町のように同じ中心部だからと歩ける距離ではなかった。
夕方にはまだ早い時間に迎えの馬車が来る。
僕たちは二つの馬車に分かれ、辺境伯夫人とティモシーさんで一台、あとの四人がもう一つの馬車に乗った。
まだ空は明るいので、街の様子がよく見える。
昨日も思ったけど本当に人々の顔が明るい、良い街だと思う。
身内のみとはいえ正式な招待状を頂いたので、それなりの衣装を身に着けている。
先ほど、宿の入り口で馬車を待っていたら、何故かかなりの視線を感じた。
なんだろ?。 ティモシーさんがいるせいかなと思っていたら、
「これは注目されますなあ」
と、宿の主人が僕たちを見送りに出て来て言った。
「奥様もお嬢様もお美しいですが、若様もかなりの男前でいらっしゃる」
ああ、モリヒトね。
エルフの容姿のまま、耳だけが人間のものになっている。
本人は気に入らないらしいが、僕はカッコいい人族の男性に見えるだけだし、別にいいと思う。
ティモシーさんが心配そうに話し掛けていた。
「モリヒトさん。 女性に言い寄られてもヒドイことはしないでね」
モリヒトは無表情のままである。
『善処いたします』
まあ、ほどほどにな。
領主館に到着し、家令の出迎えを受ける。
その横に三十代くらいの青年が立っていた。
「ようこそ、いらっしゃいました、辺境伯夫人。 ケイトリン様。 サナリ・ヨシロー様。 それとアタト様」
騎士の礼を取る。
貴族らしい服装だが、おそらく本業は騎士なのだろう。
「隊長、お邪魔いたします」
「よせよせ、ここじゃ三男坊だ」
ティモシーさんと気安く言葉を交わしている。
「先にご紹介いたします。 ご領主の弟君で、この街の教会警備隊隊長でもありますオーブリー様です」
「よろしくお願いいたします」
ニカッと笑う。
気さくな方のようだ。
「このような場所で立ち話も良くないですね。 さあ、中へどうぞ」
颯爽と自信に満ちた歩き方。
僕たちもなんとなく胸を張って歩いた。
身内だけと聞いていたが、そこそこの人数がいる食堂に案内された。
コの字形に設定されたテーブルの真ん中に、先ほど挨拶した隊長に似た面差しの四十代くらいの中年男性がいる。
おそらく、彼がご領主だろう。
「ご領主は三人兄弟の長兄様で、次兄様は王都邸を取り仕切っておられます」
で、三男が教会警備隊隊長というわけか。
前領主である父親は昨年末に家長を引退して、今は夫婦で次男のいる王都邸で過ごしているそうだ。
ティモシーさんがこっそり教えてくれた。
夕食会が始まると、まずは領主夫妻が挨拶し、辺境伯夫人を歓迎する言葉を述べる。
簡単に家族と親族を紹介して終わり、次は辺境伯夫人が歓迎に対する感謝の言葉を返す。
そこで、夫人はふと言葉に詰まった。
「私どもの同行の者を紹介しなければいけませんが。
その、なんと皆様にご紹介してよいか」
あー、そうだよな。
『異世界人』に『エルフ』などと言ってしまっても良いのだろうか。
「ふふふ、いいじゃありませんか。 知りたい方は直接ご本人に交渉していただきましょう」
オーブリー隊長が笑って発言した。
「そうですわね!。 ではそのようにお願いいたしますわ」
辺境伯夫人も嬉しそうに同意した。
本来なら上位貴族の夫人の言葉を遮るなど、あり得ない。
しかし、今回は夫人を助ける発言であるし、彼自身はいつものことらしく、ご領主も苦笑で許している。
この領主家は中位貴族だが、実はクロレンシア嬢の公爵家と繋がりがあるそうだ。
そのため、辺境伯家とも同じ派閥。
仲間という意識があるのだろう。
領主側の出席者は家族以外は町の有力者が多い。
貴族でない者もいるが若い者が中心のようだ。
食後は部屋を移動して、自由にお茶を飲みながらの歓談となる。
「どうぞ、ごゆっくりお寛ぎくださいませ」
領主夫人が辺境伯夫人やケイトリン嬢を囲み、女性たちだけで話し始める。
モリヒトやティモシーさんをチラチラ見ている女性が多かった。
今夜はモリヒトも人間に擬態しているし、衣装も僕に合わせた夜会用だ。
直接話し掛けてこないのは、モリヒトの人嫌いのオーラのせいか。
アレは酒くらいにしか興味は無いしな。
僕はティモシーさんに手招きされ、他の人々とは違う部屋に案内された。
ヨシローさんとモリヒトと一緒に別室に入ると、そこにはご領主と隊長さんと、一人の女性。
「私の妻のアリーヤです」
オーブリー隊長が紹介する。
「アリーヤと申します」
優雅に礼を取る薄い茶色の髪、灰色の目の女性。
先ほどの食事の席では見かけなかったと思う。
目立つ美人ではないが、姿勢が美しい人だ。
オーブリー隊長に対して愛情に溢れた笑顔を見せている。
椅子を勧められてヨシローと共にソファに座り、僕たちの後ろにはモリヒトとティモシーさんが立つ。
向かいにご領主と隊長、そして右手側、ヨシローの近くにアリーヤさんが座った。
僕は第三王子から、ある程度の事情は聞いている。
領主の弟であり、教会警備隊隊長の妻であり、ティモシーさんの姉であるアリーヤさんは、『異世界の記憶を持つ者』ではないか、という疑惑があるらしい。
これはまだ公にはなっていない。
それでなくても特殊な才能を持つ歌姫。
その女性を、囲っている領主一族から引き離そうとする勢力があるのだと王子は話していた。
まあ、王子が心配しているのは友人であるティモシーさんだけなんだがな。
しかし分からないのは、何故、僕が呼ばれたのか、だ。
ご領主はコホンと一つ咳をした。
緊張していることが伝わってくる。
「この度は、遠方から来て頂き感謝する」
ん?。 この街に来たのは、ただの王都への通過地点だからのはず。
僕が首を傾げていると、
「あー、すみません。 ちゃんと最初からお話しすべきでした」
と、オーブリー隊長が話し出した。
「実はアタト様にお願いがありまして、ご招待いたしました」
ふう、この街でも厄介事が付いてくるのか。




