第百七十七話・国王の領地の実家
やっと王都のある国王の領地に入った。
「もう少しだね」
ヨシローがワクワクした顔で言う。
「そうですね。 王都にはまだ5日以上は掛かりますけど」
キランは少し緊張しているみたいだ。
ティモシーさんは、寝ている。
寝たふりをして考え事をしているようにも見えるが。
この国の中心である国王領は文字通り、国土の中心に位置し、経済的にも人口的にも最大の領地。
王都に向かう街道も道幅が広くなり、行き交う馬車の数も増える。
「日程に遅れが出ているのではないですか?」
昼食に入った食堂で辺境伯領兵のまとめ役に訊いてみる。
前の領地で精霊と揉めたせいで足止めを食った。
僕のせいだ。
「王都までの片道20日というのは、休息日や予定外のことが起こった時の予備日を含んでおります」
つまり、想定内だから大丈夫だと言われた。
そうだよな。 女性たちも同行しているし、何があるか分からない。
元の世界とは違う距離感というか、余裕というか。
それがこの世界の旅というものなのだろう。
「予定外の出来事は国王領に入ってからが多いんです」
ああ、単純に周りに人が増えるからな。
「どうか、お気を付けて」
「はい、気を付けます」
今日は次の町で宿泊予定である。
王都に近いと言っても、のんびりとした風景が続く。
この辺りは王都の食糧庫と言われる農作地帯。
「魔獣とかは出ないのですか?」
昼食後、ティモシーさんはまだ馬車に乗っている。
「ああ。 滅多に出ないね。 盗賊とか、厄介なのはたまに出るけど」
そう言いながら馬車の護衛には戻らない。
代わりにモリヒトが姿を消し、周辺の警戒に出ている。
馬車は六人乗りで余裕があるとはいえ、長旅で飽きたんだろうな。
出来るなら僕も外に出たいくらいだけど、まだ馬には乗れない。
土地は国王領だが、領主はこの辺り一帯を任されている別の貴族になる。
王都周辺の土地はそんな感じで、国から任されている小さな領主がポツポツと存在した。
辺境伯領で辺境地を任されているケイトリン嬢の父親のようなものだ。
「なー、ティモシー。 実家って近いの?」
ヨシローが窓の外を見ながら訊ねる。
「明日の宿泊予定の街だよ」
「お、それは楽しみだ!」
確か、ティモシーさんの実家は国内外からの食料品を仕入れている卸商で、未だに市場で小売店も出しているそうだ。
僕も楽しみにしている。
出来ることならヨシローには米を見つけてもらいたい。
その日は何事もなく過ぎ、翌日も平穏な時間が流れていった。
夕暮れ時になって大きな街に到着。
明確な塀や門は無いが魔力を感じるので、もしかしたら魔力的な結界があるのかも知れない。
街道には一応、門番はいる。
「失礼いたします。 人数の確認をさせていただきます」
しっかりとした体格の男性たちが街の出入り口を守っていた。
荷物を丁寧に調べているが、かなり手慣れているようだ。
ここがティモシーさんの実家がある街か。
随分と賑やかな街だな。
ティモシーさんは寝たふりをしている。
が。
「おや、お帰りなさい」
年長の兵士に見つかっていた。
ティモシーさんは仕方なく目を開き、
「王都への護衛任務中ですので」
と、短く会釈した。
馬車が動き出すとティモシーさんがため息を吐く。
「はあ。 面倒なことにならなきゃいいけど」
と、呟いた。
なるほど、王領に入ってから外に出ていなかったのは、そのせいか。
そんなに面倒臭い実家なのかと思っていたら。
「まあ、ティモシー坊ちゃん!。 お帰りなさいまし」
「あ、ほんとだ。 ティモシーさーん」
馬車から降りただけであちこちから声が掛かる。
これは確かに邪魔臭い。
元の世界での芸能人みたいだ。
「有名なのは私ではなく、姉なんです。 街全体が歌姫の応援隊みたいなものでして」
普通なら王都に呼ばれたり王家に囲われたりするのを、教会だけでなく街全体で守っているそうだ。
だから、歌姫に会いたければこの街に来なければならない。
街が大きくなるはずである。
到着したのは大きな宿だ。
教会が近く人通りも多い。
各自の部屋割りが終わり、使用人や護衛たちが荷物を運び込む。
「私はここで。 明日は朝食後に合流いたします」
実家に泊まるティモシーさんが辺境伯夫人に挨拶している。
「ご家族も喜ばれるでしょう。 ごゆっくりなさってください」
「ありがとうございます。 交替の護衛もおりますので、ご安心ください」
引き継ぎをして、ティモシーさんは宿から出て行った。
全員で宿の食堂へ行き、夕食を取る。
翌朝、早くに目が覚めた。
「朝から賑やかだな」
窓の外には教会へ参拝する人の列が出来ている。
単に辺境地よりも人が多いだけなのか、この街が特に熱心な信者が多いのか。
まるでお祭りのようだ。
食堂で朝食後にお茶を飲んでいたら、ティモシーさんがやって来た。
辺境伯夫人と何か話している。
あ、こっちに来た。
「ヨシロー、ケイトリン様、それにアタトくんにも」
何やら手紙を渡される。
「領主様からの夕食会の招待状だ。 身内だけのささやかな歓迎会だと思ってくれ。
今夜、領主館から馬車が迎えに来る」
手紙を受け取り、軽く目を通す。
「申し訳ないが、侍女や使用人は連れて行けない。 でも付き添いが必要だから、私が夫人のお相手を務めるよ」
ケイトリン嬢はヨシローが、僕は子供なのでモリヒトが付き添いになる。
「それってさ、歌姫は来るの?」
ヨシローがこっそりティモシーさんに訊いていた。
歌姫であるティモシーさんの姉は、領主の家族の嫁さんだ。
「さあね」
ティモシーさんは笑ってはぐらかしていた。
「では、おれたちは適当に街を見て回るよ」
ドワーフ組三人は相変わらず街の探検に忙しい。
「ガビー、スー。 あまりロタ氏に甘えるなよ。 もうすぐ王都だし、買い物なら帰りにも寄るんだから、その時でもいいだろ」
ガビーは「はいっ」と答え、スーは口を尖らせて「分かってるわよ」と目を逸らした。
「アタト、いくら外見を変えたからといっても自分が人間と同じだと思わないようにしろ」
僕もロタ氏から注意された。
「う、うん」
気を付けるよ。




