第百七十六話・精霊の後始末と街道
僕はティモシーさんだけを連れ出し、二人で馬魔獣の背に乗って湖の町まで戻る。
時間が惜しいので、移動中に説明した。
「沼の精霊が怒ってるの?。 それでなんとかするのに教会に行く必要があると」
ティモシーさんが困惑している。
「すみません、僕のせいで」
「わ、分かった。 なんとかしよう、なんとかなればいいけど」
若干、ティモシーさんの体が震えていたのは見ない振りをする。
仕方ないよね。
いくら魔獣に慣れてても、騎乗するなんて経験あるわけないし。
しかも、なんたって空を飛んでるから僕もドキドキだよ。
でも、風属性の精霊だけあって、強風から守られていて落ちる心配はない。
だからって怖くないわけじゃないけど、僕は割と平気だ。
日頃からモリヒトに無茶な訓練受けてるせいかな。
湖のある領都の郊外に着いたのは暗くなってからだったので、黒い馬魔獣は目立たず、騒ぎにはならなかった。
ティモシーさんのお蔭で教会の神官さんときちんと話も出来たし、告知の手続きもすんなり進んだ。
「領主様にも報告いたしませんと」
というので、すぐに領主に会いに行った。
領主の館は街の中心部にある。
ご領主は中位貴族で教会とは対立していなかった。
産業も湖の観光収入くらいしかないので、街道の整備を精霊が請け負ってくれると聞いて、たいそう喜んだ。
「では毎日、美味しい酒を精霊様に奉納いたしましょう!」
話の分かるオッサン、あ、ご領主で良かった良かった。
湖の魚釣りの件も話し、
「私が色々と勝手にやってしまい、誠に申し訳ございません」
と、謝罪すると、ご領主はブンブンと顔を横に振る。
「釣り場の指定をいたしまして、魔力を餌にする場合は特に注意するように告知いたします」
一緒にいた神官までが、
「謝るなんてとんでもない!。 精霊様とお話しが出来る方なら、私どもよりずっと神に近い。
そのような方に、この土地を気遣って頂けたこと、心より感謝申し上げます」
と言って、深く礼を取られた。
いや、僕はただのエルフだけど?。
『ただのエルフの子が魔宝石を身に付け、大地の精霊を眷属に持つわけがないであろう』
街道の整備をしているモリヒトの所に戻る途中、馬魔獣型精霊は、そう言って笑った。
いやあ、そのう、あははは。
沼地の野営小屋に到着。 まだ暗いが、すでに夜明けが近い。
明かりもない街道筋。
だが、エルフの目なら見ることは可能である。
街道は馬車2台がなんとか交差出来る幅になり、両脇には大人の腰くらいの高さに石塀が積み上げられていた。
この街道は、湖のある領都から次の目的地である王都へと続く。
振り向けば、ゆらりゆらりと小さく曲がりながら、所々に石の橋が架かっている。
『この辺りの生物の生態系には影響が出ないようにしたし、人族もこれからは沼地で動けなくなることはないであろう。
エルフの子よ、色々とすまんかったな』
お化けナマズが僕を見下ろし、謝ってきた。
「いえ、元はといえば僕のせいなので。 沼の精霊様、お許し頂き、ありがとうございます」
『面白かったぞ、エルフの子よ。 大地の精霊殿、また一緒に酒を飲もう。 では、またな』
馬魔獣は、ずっと面白がって笑っていた気がする。
大らかな性格の精霊様で良かった。
僕はティモシーさんと二人、最敬礼で精霊たちを見送った。
まだ夜明け前なので静かに小屋に入る。
結界を解くと、窓から薄明かりが差し込んだ。
小屋には台所付きの居間と男女別の寝室しかない。
周りが沼地のため、敷地がそれくらいしか取れなかったのだ。
なので、夫人も令嬢も簡易ベッドで雑魚寝である。
「お帰りなさい」
ガビーがランプを持って待っていた。
「ただいま戻ったよ。 留守番、ありがとう」
「いえ、ご無事で良かったです」
そう言って温かいお茶を淹れてくれる。
ティモシーさんは疲れたと言って、男性用寝室に入って行った。
僕とモリヒト、ガビーの三人でお茶を飲む。
今回は僕が原因で起こった騒動だ。
「ごめんね、ガビーにも迷惑かけて」
「いえ、私たちは待っていただけです。 アタト様なら大丈夫だと分かっていましたから」
皆が落ち着いて待っていてくれたのは、このガビーの絶対的な信頼のお蔭だと思う。
「ううん、やっぱりガビーのお蔭だよ。 ありがとう」
僕の顔を見て安心したのか、ガビーは女性たちの部屋に戻って行った。
「モリヒトもお疲れ様」
『はあ、色々と大変でしたよ』
話の合わない、苦手とする水属性の精霊との共同作業。
疲れるよね。
「ありがとう。 本当に助かったよ」
僕はモリヒトにも頭を下げた。
今回は、沼の精霊も東風の精霊も気性の良い精霊だったから無事に終わった。
「だけどさ、僕は街道整備までしてもらえるようなことをした覚えがないんだよなあ」
何の見返りだったのか、僕には未だに分からない。
『沼の精霊は、おそらく湖を美しくすることばかりに気を取られ、その他の沼を放置し過ぎていたのでしょう』
モリヒトは精霊王の側近だから、それを指摘しに来たと思い、慌てて沼地を街道ごと整備したのだろうと言う。
『あれは夢中になると周りが見えない奴ですから』
そういえば顔見知りだったな。
モリヒトはハアとため息を吐き、僕が寝るための簡易ベッドを作ってくれた。
防音結界付きで。
「い、いいよ、皆と同じ部屋で」
『早い者はそろそろ起き出します。 アタト様は周りがざわついていると目が覚めてしまいますでしょう。
大丈夫です。 馬車にはわたくしが乗せて差し上げますから』
え、このまま運ばれるのは決定なんだ。
精霊は眠らないとはいえ、モリヒトだって疲れてー。
『サッサと寝てください』
あ、機嫌悪そう。
「はーい」
モリヒトが出してくれた毛布に包まると、どこかに隠れていたウゴウゴが出て来て懐に潜り込んだ。
気が付いたら馬車の中だった。
「おはよ、アタトくん」
ヨシローが笑っている。
「もうすぐ国王の領地に入るよ」
ティモシーさんが珍しく馬車に乗っていた。
「騎乗してると寝気で落ちそうになってね」
うっ、昨夜は連れ回してすみませんでした!。




