第百七十二話・初めての魔宝石を使う
モリヒトは、僕に視線を合わせるように片膝を床につけた。
『アタト様、この先、ずっとその姿を維持するつもりですか?』
「いや、必要な時だけにするつもりだけど」
『さようですか』
何が言いたいの?。
『擬装を解いてください』
「うん?、うん」
使っていた魔力を一旦全て解除する。
『やはり、切り替える時は魔力を遮断するのですね』
「あー、解除の詠唱もあるけど、魔力を切ったほうが早いから」
あの本には様々な詠唱文がある。
僕は自分がダークエルフだと分かってからは、使えそうな詠唱文をこっそり覚えていった。
途中でヤバいと思ったものもあって、そういう場合は発動する前に魔力を込める作業をやめればなかったことになる。
効果が継続するような魔法は魔力を遮断してやれば、その時点で効果は失くなることが分かったのだ。
僕が元の姿に戻ると、モリヒトはどこからか小さな箱を取り出した。
『これを身に付けて頂きます』
真珠のような白い一対の涙型の耳飾りである。
僕の尖った耳にモリヒトが着けた。
埋め込む形ではなく、金具か何かが付いていてユラユラとぶら下がる。
「女性用?」
何だか似合わない気がするけど、着けなきゃダメなのか?。
『では、詠唱してください』
僕は頷き、覚えた擬態魔法を詠唱する。
「我は願う、この姿を人族にせよ」
簡単な詠唱文だ。
黒炎の場合は「神の慈悲をもって願う」だったが、あれは範囲も威力もすごかった。
これは魔力もそんなに必要としないし、範囲も限定的。
だから短いし、覚え易い。
しかし、何故か解除の詠唱は長くて邪魔臭いのである。
おそらく発動時は急ぐ場合があるから短くなり、解除は邪魔臭くなると魔力を遮断してしまうため、あまり使わない。
だから、長い詠唱文のまま残っているのだと、僕は勝手に解釈している。
耳がシュルンと縮む。
僕は耳飾りに違和感を覚えて指で触れた。
耳朶に食い込み、外れないようになってしまっている。
ピアスというヤツだ。
『では、解除を』
「うん」
魔力を遮断しようとして、僕は耳を抑えた。
「な、なに、これ」
激しい痛みというか、耳鳴りがする。
『解除の詠唱を』
「あぃたた、うっうう。
我は、神の慈悲に、乞い願う、力を納め、我を、解放せよ」
耳が元に戻ると同時に耳鳴りが治る。
「なんなんだ、今のは」
痛みで涙が出た。
『この耳飾りは、間違った魔力の使い方を戒めるためのものなのです』
ダークエルフの子供に正しい魔法を伝えるために作られた耳飾りらしい。
僕の耳朶からぶら下がり、シャランと揺れていた。
「モリヒト、どういうことだ」
『あの詠唱文は、古の種族が神の力を利用して魔法を発動していた名残りなのです』
真珠のような石は魔宝石という希少な宝石のため、これを身に着けている者は神の代理だと言われている。
『神の力を借りられるのですから』
い、いや、問題はそこじゃないよ、モリヒト。
「間違った使い方なのか?」
僕が間違えてしまったから、モリヒトが怒っているのか。
モリヒトはゆっくりと首を横に振る。
『いいえ。 使い方は間違っていません。 魔法の解除の仕方が間違っていただけです』
詠唱を必要とする魔法は慣れれば短くしたり、声に出さずに発動させたりすることが可能になる。
しかし、一瞬放出して終わる魔法ではなく継続させる魔法の解除には、しっかりとした詠唱が必要らしい。
『古の種族は神の力を借りて、様々な魔法を使用していました。
しかし、彼らはその借りた魔力をきちんと返さず、魔力の繋がりを、神の恩恵を遮るようになってしまったのです』
僕は恐る恐る訊いた。
「だから、現在は使える者がいなくなった、と?」
『アタト様に、この耳飾りは使いたくはありませんでした』
モリヒトが目を逸らす。
『魔宝石は、アタト様が正しく魔法を使う限り苦痛を与えたりはしません』
「そっか。 じゃ、まだ大丈夫なんだな」
良かった。
僕は立ち上がり、モリヒトに頭を下げる。
「すまない!。 調子に乗ってしまった」
僕は新しい魔法を見つけて、嬉しくて、つい、やってはいけないことをやってしまった。
「自分は、まだこの世界のこともよく分かってないのに、危ないことをしてごめんなさい」
最後まで、ちゃんと本通りにやれば良かっただけなのに。
僕は膝をついているモリヒトを立たせた。
「モリヒトを揶揄うなんて百年、いや、百万年早かった。 反省してます」
そして、今度は僕が床に座って土下座ばりの謝罪をする。
「もうしません。 神様、仏様、モリヒト様、お許しくださいー」
『はあ、なんですか、その謝罪は』
モリヒトは呆れていた。
『一気に胡散臭くなりました』
「あはは、すまんすまん。 ちょっと大袈裟だったかなーって思ってさ。 でも、今後は本当に気を付けるよ」
僕は照れ隠しに笑う。
モリヒトもクスクスと笑ってくれた。
『無理なさらなくても、今後はその魔宝石が教えてくれますよ』
あー、そうだね。
しかし、間違えたら痛みが来るってのは、アレか。 孫悟空の頭の輪っかみたいなモノか。
「そんなに僕は危険人物なの?」
『神が、どんなつもりでアタト様をこの世界に送り込まれたのか存じませんが』
モリヒトは水気を含んだ布で僕の顔を拭った。
『精霊王様は、アタト様が自由に生きることが、この世界のために必要だと思われたのは確かです』
そのために、モリヒトがいる。
『最初にアタト様が仰った通り、わたくしはアタト様が間違ったら叱ります。
この魔宝石に頼らず、アタト様が真っ直ぐに生きて行けるように』
なんだよ。 じゃ、コレ、要らなかったんじゃない?。
ふふふ、とモリヒトが微笑む。
『アタト様は時々、わたくしが見ていないところで無茶されますからね』
はい、すみませんでした!。
とりあえず、耳飾りがぶら下がっている時はエルフで、耳朶に食い込んでいる時は人間という、ハッキリとした違いがある。
解除するのを忘れないようにするには分かり易いかも知れない。
『しばらくは、ずっと人間のままでも良いかも知れませんね』
あー、そうしようかなぁ。




