第百七十話・悪意の浄化は出来ない
考え込んだ僕の隣りでティモシーさんがコホンと咳をした。
「アタトくん、そろそろ戻ろうか」
「そうですね」と僕たちは立ち上がる。
老神官は、テーブルに置かれた御守りを僕に返そうと手に持った。
このコインは金銭的にも価値がある物なので、拾った僕に所有権があるそうだ。
「神官様。 それをこちらで弔って頂くことは可能でしょうか」
「では、私どもで買い取りを」
そう言った神官に僕は首を横に振る。
「僕は何かに呼ばれて、これを見つけました。 ここに届けるまでが僕の仕事だったと思います」
そう言って受け取りを拒否し、深く礼を取る。
「お、おお」
老神官は顔をクシャクシャにして目頭を押さえた。
「失礼します」
僕たちは部屋を出て、廊下を歩く。
警備隊の若者も後を追い掛けて来た。
子供たちの声が大きくなり、僕は窓の外に目をやる。
「少しだけ、外に出ても良いですか?」
「うん。 大丈夫だと思うよ」
ティモシーさんの許可をもらい、近くの扉を開けて中庭に降りた。
近くの広場で、施設の子供たちが駆け回って遊んでいるのが見える。
僕は周りを見回し、小さな水場を見つけた。
そこに近付くと、
「庭の畑や草花に水をやるための井戸です」
と、若者が教えてくれた。
「すみません。 しばらく、あちらを向いててもらえますか」
教会警備隊の二人にお願いする。
「こ、こうか?」
二人が背中を向けている間に、モリヒトが拾った骨や小物を取り出し、水場の横に置く。
「南無阿弥陀仏」
僕は口の中で小さく呟いて、一瞬の炎で焼き尽くす。
地面の焦げ跡はモリヒトが綺麗に消した。
これでようやく全てが終わったのだろうか。
少なくとも出来る限りのことはした。
後は貴族家の問題だし、口を出す気はない。
僕たちはここまでだ。
「ティモシーさん、ありがとうございました」
子供たちに見つからないうちに廊下に戻り、早足で教会を出る。
春の陽射しは傾き始めていた。
その日の夕食も各自の部屋で取ることになった。
のだが、何故か大旦那に辺境伯夫人までが僕の部屋で食事を取ることに。
うん、まあ、デカい部屋だから構わないけど。
実はさっきまでドワーフ三人が、街中で手に入れた物や目にした珍しいものをしゃべり倒していた。
三人が出て行って、やれやれ、やっと静かになったと思ったら、今度は食事と一緒に二人が入って来たのである。
「何か御用でしょうか?」
「とりあえず食事にしようかの」
運ばれて来た料理は、まるでどこかの晩餐会のように豪華だ。
お酒も出て来たのはモリヒト用だろう。
辺境伯夫人は良い仕事をする。
食後のお茶になってようやく大旦那が話し始める。
「孫の、領主は謹慎中だ」
僕たち一行を歓迎する食事会にするつもりだったが、それには領主が出席しなければならない。
今回、それが出来ない状態のため、こういう食事になったと説明を受ける。
それは別に構わないので僕はただ頷く。
「孫は全て話した」
大旦那は顔を顰め、ボツボツと話す。
幼い子供を教会の密偵と疑い、問い詰めるうちに誤って死なせてしまったこと。
発覚を恐れて荷物ごと庭に埋めたこと。
庭師の若者を脅して手伝わせたが、両親が庭の異変に気付いたこと。
「罪の意識に苛まれ、最近では魔獣の幻覚を見るようになっていたらしい」
全て教会のせいにして、かなり攻撃的な言動が目立つようになっていた。
「あれは何とか神官を呼び付けて浄化させようとしていたのだろうな」
僕に対する高圧的な態度も、理由を説明せずに浄化させるためだった。
「両親については、なかなか話してくれませんが」
夫人も重い口を開く。
「魔獣のせいにしろと入れ知恵する者がいたことは確かです」
貴族の暗殺も、この世界では珍しい話じゃない。
前領主夫妻が亡くなった日、大旦那は王都に出掛けていて留守だったそうで、知らせが来て慌てて戻ったという。
それでも王都から10日は掛かる。
問題は、最近になってまたそれを持ち出して、教会に浄化させようとしたことだ。
教会側は当然、拒否した。
葬儀にも呼ばれていないのだから当たり前である。
しかし、少女の遺体は掘り起こさなければ浄化も出来ない。
教会に依頼しても魔素は取り除けなかっただろうと思う。
後味の悪い話だ。
結局、唆した人物は不明のまま、大旦那の孫は領主を降ろされ、しばらくは大旦那が再び領主となる。
事件の一切は親族を代表して辺境伯が取り仕切るそうなので、孫は逃げられないだろう。
「アタト様と眷属精霊様には本当にお世話になりました。 心ばかりだが、この領地の名産品をお持ち帰りくだされ」
部屋の隅に大量の菓子や農産物が積まれていた。
「眷属精霊様なら、このくらいの量は大丈夫と伺いましたが」
心配そうな辺境伯夫人にモリヒトは笑顔を浮かべる。
『問題ありません』
うん、そうだね、酒樽も並んでるしな。
僕たちは何事も無かったかのように、翌朝、王都に向けて出立した。
僕はヨシローのクッションを借りて馬車の中で眠る。
「アタトくーん、代わりに貸してくれない?」
「はあ、まあ、いいですけど」
ヨシローは何故かウゴウゴを気に入ったらしい。
「魔道具には近付けないでくださいね。 動かなくなりますから」
【ダイジョーブ ソンナコト シナイ】
「大丈夫。 そんなこと、しないから」
お互いに聞こえないはずなのに同じ反応で苦笑する。
モリヒトは周囲の警戒に忙しい。
僕たちが何をしていても反応がなかった。
領都を出ると、しばらくは荒れ地と森。
たまに農地の中を走り、二日後に次の貴族領に入った。
領境で検問を受けて通行料を支払い、そこから三日目に領都に入る。
「綺麗ですね」
ここは美しい湖がある観光地である。
「避暑地として有名なんですよ」
ケイトリン嬢によると、王都からの距離もほどほどに近いので夏は王族もやって来るとか。
え?、片道10日だが、それは程よい距離なのか。
単純に考えれば、僕たちも王都まで後10日ほどということになる。
ようやく半分まで来た。
「はあ、これ以上は何もないといいけどな」
まだまだ先は長い。




