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異世界を信じる者たちへ 〜何故かエルフになった僕〜  作者: さつき けい


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第百六十八話・死者の声は届かない

 

「大旦那様、魔素溜まりの原因を取り除いてよろしいでしょうか?」


「あ、ああ。 お任せする」


半ばヤケっぱちな声が返ってきた。


まあいい。


僕はその場にしゃがみ込んで、地面に手を置いた。


じわりと冷たさが指から這い上がってくる。


「では」


目を閉じて集中。


「土よ、異物を吐き出せ」


ゴゴゴゴ


鈍い音と共に地面が地震のように揺れる。


だが、安心して欲しい。 揺れているのは僕が指定した魔法範囲内だけだ。


「あわわっ」


しまった。 大旦那がコケた。


元騎士だし大丈夫だろ。



 

 ボコボコと土から吐き出されたのは、ボロくなった布切れを所々に絡ませた骨。


何かを入れた小袋。 形が崩れた靴。


そして、骨の中に紛れていた、鎖のついた御守りのコインのような物。


僕はそれらを積み上げて「洗浄」を唱える。


汚れが落ちたコイン型の御守りには教会の刻印が表れた。


「あの娘のモノで間違いないな」


大旦那が小さく呟いた。


 人が亡くなると教会から神官が呼ばれ、強い思いを残した者の魔力をキチンと浄化させる。


浄化されなかった人間の墓所には霊気というものが発生して、それが魔素となる可能性が高いからだ。


しかし、亡くなったのが子供だったせいか、魔素は微々たるものだった。


人が埋められていることを知らなければ感じないほどに。




「どうします?、これ」


僕にはこの世界の、しかも貴族の常識なんて分からない。


隠したい、無かったことにしたいなら、僕も目を瞑る。


「遺品であろう。 わしにはどうすればいいか分からん」


高位貴族で国軍の騎士様だった老人は、教会の葬儀には不慣れとみえる。


「分かりました。 では、とりあえず僕が預かっておきます」


一纏めにしてモリヒトを呼ぶ。


丁寧に小さな結界で包み、保管用の結界に入れた。




 部屋に戻ると、緊張した顔が並んでいる。


「終わりましたよ」


そう言うと、ホッとした顔になった。


家令が務めて明るい声を出す。


「大旦那様、皆様、よろしければ簡単な軽食を召し上がりませんか?」


もう昼食の時間だ。


この重苦しい雰囲気の中では、改めて普通の昼食を食べる気にはならない。


「頂きます」


僕がそう言うと使用人たちが動き出した。


 急遽、準備された食事が運ばれて来る。


スコーンに似た、硬めの饅頭くらいの大きさの菓子で、チーズやジャムを塗って食べるものらしい。


他にスープ、果物や果汁、お茶が出て来る。




「アタトくん、あの」


ティモシーさんが小声で話し掛けてきた。

 

「ええ、気付いています」


と、僕も小声で返す。


あの若い領主がいない。


「えっ、逃げたの?」


と、ヨシローが大きな声で反応した。


「放っておいても大丈夫ですよ。 モリヒトの結界からは誰も出られませんから」


「それなら良い」とティモシーさんは納得し、軽食に手を伸ばす。


 僕たちは軽食を堪能した。


さすが高位貴族家というべきか。 美味い。




「さて、魔素溜まりの件はもう問題ありませんが」


僕は甘いものをたらふく食べて満足している。


「ティモシーさん、訊いてもいいですか?」


「ああ、何でもどうぞ」


緩んでいた部屋の空気が再び緊張する。


「教会の神官さんは、人が生まれた時と亡くなった時に必ず必要だと聞いています」


教会が平民や力の無い貴族に圧倒的に信頼があるのは、そのためだ。


どうしても必要なら、日頃から仲良くしておいたほうが良いに決まっている。


ティモシーさんはお茶を飲みながら頷く。


「でも、王族や高位貴族は神官を呼ばない。 何故、必要ないのですか?」


「王族は王宮内には神職の修行をした専属の神官がいるそうだ」


つまり、神官と同じことが出来る者がいれば、教会と関わる必要がない。


 では、教会と対立している貴族はどうするのか。


「神官が必ず必要になるのは魔力制御なんだ。


生まれたばかりの赤子の魔力を封じる魔道具と解放する魔道具。 亡くなった者の魔力を浄化して消す魔道具。 それらがあれば何とかなるんだよ」


ただ、その魔道具が其々めちゃくちゃ高価なのである。


「買うにしても借りるにしても、かなりの財力が必要、ということですか」


僕は納得した。




 そして、ため息を吐く。


「教会に頭を下げるより、金で解決するのですね」


「まあ、そういうことだ。 教会を頼る貴族は金が無いと侮られるからな」


貴族とは体面を重んじる。


くだらない。


一生に1回か2回くらいしか使わない、かも知れない魔道具に大金を使うなんて。


そして買ってしまった貴族は、それを貸し出して元を取るために仲間を増やす必要がある。


はー、嫌だ嫌だ。




 でも、その魔道具には興味が湧いた。


「大旦那様。 その魔道具がこちらにあるなら見せて頂けませんか?」


「い、いや、我が家には無い。 息子夫婦の時は借りたのでな」


大旦那は顔を背けた。


そうか。 だから、あの若い領主は庭の魔素溜まりを浄化出来なかったのか。


そして、また借りる金も理由もないから、浄化出来そうなエルフに期待したわけだ。




 ダラダラと話をしていても仕方がない。


「あの、すみません。 少し疲れたので」


「おお、そうだな。 迷惑を掛けてすまない」


大旦那は家令に部屋の片付けを命じた。


「では、私たちも部屋に戻りましょうか。 アタト様、ありがとうございました」


辺境伯夫人は祖父と共に部屋を出て行く。


おそらく、これからあの若い領主の処遇をどうするのか話し合うのだろう。


ケイトリン嬢とヨシローも、


「せっかくだから街を見て来るよ」 


と、出掛ける用意のために、それぞれの部屋へ戻って行った。




 残ったのはティモシーさんである。


「アタトくん。 何があったのか教えてもらえないか」


高位貴族の醜聞なので、僕からは話せない。


「何もありませんよ」


だけど。


「まだ問題は残っています」


そう。 全部終わってはいない。


「前の領主夫妻の死、かな?」


ティモシーさんは、じっと僕を見ている。


 魔獣被害と言いながら、町には外からの警戒はあっても館の中の警戒は薄い。


人が二人も亡くなっているのに、である。


「魔獣ではなかったのかも知れませんね」


だけど、誰も口には出来ない。


貴族の闇を見た気がした。



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