第百六十三話・異変のある街
フードを被っていても、僕たちは目立ちまくっていた。
そうだよな。 辺境地くらいじゃないとエルフなんて見かけないだろうし。
いや、下手するとおとぎ話か伝説だ。
それも対応の良し悪しはその内容によるし、やはりエルフだと知られるのは拙いと思う。
夕食を終えて部屋に戻ると、ドワーフたちが戻って来たのが見えた。
「お帰り」
そう声を掛けるが、あまり楽しそうな顔ではない。
「部屋で話そう」とロタ氏に言われて、僕の部屋に集まる。
モリヒトが盗聴防止結界を張った。
「何かあったのか?」
2脚しかない椅子に僕とロタ氏が座り、ガビーとスーはベッドに腰掛けた。
部屋に備え付けの小さなテーブルにモリヒトが淹れたお茶のカップが並ぶ。
「いやあ、なんというか。 普通、なんだが」
ロタ氏は太い腕を組む。
「辺境伯の領都のほうがマシって感じです」
ガビーはズズッとお茶を啜る。
「何言ってんの。 辺境の町のほうが賑やかで色んな新しい物があるわよ!」
スーは不機嫌そうに声を荒げた。
僕はあまりこの世界の町を知っているわけじゃないから分からないが、色々歩き回っているロタ氏の顔は渋い。
「ドワーフもいないし、職人自体が少ないようでな。 あちこちで勧誘されたよ」
ドワーフなら誰でも良い、というくらい声を掛けられたそうだ。
「しかも提示された給金も安い。 あれじゃ、腕の良い職人は居つかんだろ」
ロタ氏は眉を寄せた。
「売ってる金物も高くて。 あれは、たぶん他の町から仕入れた物ではないかと」
ガビーは冷静に見ている。
以前は辺境の町でも似たようなものだったが、職人はがんばっていたし、ドワーフたちも少なからず居た。
「それでな、嫌な噂を聞いたんだが」
ドワーフ組は揃って顔を顰めた。
その時、部屋の扉を誰かが叩いた。
『ティモシーさんです。 それに』
気配を確認したモリヒトが、扉を開けて廊下にいた者たちを中に入れた。
「ケイトリン様?」
居るはずのない人物にガビーが驚く。
入って来たのはケイトリン嬢とメイド、ティモシーさんと警備隊の若者である。
「これには訳が」
護衛メイドさんが怒気を込めた言葉を吐いた。
「夕食後、何故か散歩を勧められまして」
未婚の若い女性に外出を勧めるなど、おかしい。
護衛メイドは怪しんだ。
「ここの領主館は郊外にございますので、馬車で街中に出まして」
領主貴族が自分たちの馬車を強く勧めるのを断って、メイドさんは辺境伯夫人の馬車を借りた。
ティモシーさんと若い警備隊員は、
「街を歩いていて偶然、辺境伯の紋章の馬車に気付いたんだ」
と、ケイトリン嬢と護衛メイドを見つけて同行したそうだ。
僕の部屋はこの宿でも広いほうなのだが、ギュウギュウ詰めになっている。
それなのに、またドンドンッと誰かが扉を叩く。
「アタトくん、開けてくれ!」
ハイハイ、今開けるから騒がないでくれ。
モリヒトが扉を開いて、ヨシローとキランを中に入れた。
「大変なんだ、ケイトリンさんが!」
ヨシローは人の多さに気付いて言葉を止める。
「私が何か?」
その中にいたケイトリン嬢の姿にキランも驚いた。
「は?」
「皆、一旦、落ち着こうか」
僕はキランと警備隊の若者に、辺境伯の馬車を探し出し、領主館には「ケイトリン嬢は婚約者の傍にいる」と伝えるように頼んだ。
「はい。 承知しました」
二人が出て行くとモリヒトが姿を消して後を追って行った。 馬車のいる場所へ誘導するためだろう。
僕はモリヒトがいない間、盗聴防止結界を維持する。
ケイトリン嬢に椅子を譲り、ヨシローを隣に立たせた。
「他にも何かありましたか?」
と、訊ねるとメイドは頷く。
今日、館に着いた時点から、領主夫妻とその息子の態度がおかしかった。
かなり馴れ馴れしく、ケイトリン嬢に触れたり、まるで家族のように親しげに名前を呼んだりしたそうだ。
「辺境伯夫人が嗜めていらっしゃいましたが、止めるのはその時だけで」
ここの領主は中位貴族で、下位貴族の娘であるケイトリン嬢を下にみている。
「それで、気が付いたのですが」
メイドはチラッとヨシローを見た。
「ケイトリンお嬢様に縁談を申し込んでおられたうちの一人でした」
悔しげに顔を歪める。
あんな田舎に婿に入るのは自分くらいだ、と口にしたという。
「辺境伯の奥様もサナリ様という婚約者がいらっしゃるからと説明したのですが、領主様ご夫婦までが騙されているのだと強く仰られまして」
辺境伯夫人は今までは気弱な印象だったからな。
今回は武人でゴツい体格の辺境伯がいない。
押し切れると判断したのだろう。
ヨシローとの婚約を知って焦ったのかもな。
「今、辺境地は活気があるし、儲かると判断したということか」
息子を送り込んで、様々なものをこちらの領地に取り込みたいと。
「分かりました、ありがとう」
僕はメイドさんを労る。
そして、ヨシローに頼んでヨシローの部屋へ二人を連れて行ってもらう。
「ヨシローさんは別に部屋を取ってくださいね」
「え、あ、うん」
ヨシローさんとケイトリン嬢、メイドさんが部屋を出て行く。
ドワーフ組は大きなため息を吐いた。
「ロタさんが聞いた噂も、この件ですか?」
ロタ氏が頷く。
「ああ。 ただし、もうちょっと酷かったがな」
と、吐き捨てるように言う。
「あの息子は田舎に住む気はないらしい。 全てこっちに移して、あの土地は魔獣の狩り場にしようなんて言ってるらしい」
ドワーフも全員移住させる計画だという。
「そんなこと出来るわきゃない!」
拳を上げ机を壊しそうな勢いのロタ氏を宥め、ドワーフ組も部屋へ戻らせた。
残ったのは、ティモシーさんと僕。
「何か言いたげですね」
僕が座った椅子の向かいに、ティモシーさんがドカリと腰を下ろした。
「ここの領主の息子はクズだ」
ティモシーさんがケイトリン嬢を見つけたのは偶然ではない。
「怪しい連中がケイトリン様を狙っていると、教会に垂れ込みがあったんだ」
館では拙いからと街へ誘い出し、どこかで襲って自分のものにする気だったようである。
さて、今頃はどこにいるのかな?。




