第百五十八話・ドワーフの決心と父親
ロタ氏とガビー、そしてスーの三名が王都への旅に同行することになった。
直接ドワーフ街の工房にガビーの親父さんを訪ねて確認したが、
「娘たちの見聞を広める良い機会じゃねえか」
と、ガハハと笑う。
「いつまでも古い技術に囚われてちゃいかんて、わしは思う」
親方は、僕のところで自由に伸び伸びと好きな作品を作るガビーを見ていて思ったそうだ。
「そのガビーに影響されてスーまで小物作りを始めたそうだな。 わしは良いことだと思っとる」
不器用ながら誰にでも出来る簡単な作業で作る品物は発想の良さで人気になった。
「は、はあ」
ドワーフ街で早くもスーの作品が知られているとは思わなかった。
僕はまだまだドワーフのことを知らないな。
僕がしみじみしていると、親方が何やら書類を取り出した。
それは各地のドワーフ地下街の通行証だった。
「王都へ行くそうだな。 ロタを護衛に連れて行け」
ああ、そうか。 ロタ氏は親方に頼まれたのか。
「あれは商人ヅラしとるが、若い頃は暴れん坊でな。 地下を抜け出しては各地で人族と一緒に魔獣狩りしておった」
そんな武勇伝が。
でも、そのお蔭で今でも人族の友人が多いそうだ。
「色々経験しておるから悪賢いヤツは直感で分かるし、腕も立つでな。 少々金には煩いが、ドワーフ娘二人くらいなら十分任せられる」
いざとなればモリヒトは僕を優先するし、ティモシーさんやご領主が手配してくれる護衛はヨシローを守るだろう。
ガビーたちが加わるなら、彼女たちを優先的に守ってくれる者が必要だった。
「それは心強いですね」
僕はありがたく通行証を受け取り、頭を下げた。
「スーの祖父様と塔の留守番は任せろ。 土産は王都の珍しい酒を大樽で寄越せ」
「はい、承知いたしました」
あははは。 お互いに納得し、気持ちよく請け負った。
「ありがとうございます、親方。 ガビーとスー、ついでにロタさんは必ず無事に連れ帰ります」
これは僕が僕自身に誓うための言葉。
「ああ、頼んだよ」
「では」と僕たちは塔に戻った。
明日は町に行く日。
タヌ子の仔狸の成長は早く、すでに歩き回っている。
さすが魔獣の子だ。
「オスだな」
『雄ですね』
ということで、名前はポンタになった。
僕には名付けのセンスは無い!。
夕食の片付けが終わって、旅に持って行く本を選別していたら、
「あの、アタト様。 遅くなってすみません」
と、ガビーが新しい図案を持って来た。
町の通りが描かれていて、建物が並び、多数の人影が歩いている。
大人、子供、年寄り、女性、兵士……。
「ああ、いいな。 色付きはある?」
「はい!」
淡い、明るい色が着いた紙が出て来た。
魔道具店の額より少し大きめだ。
背景の空も町の通りを思わせる石畳も、店や看板も優しい色をしていて、人影は薄い灰色や肌色で楽しそうな雰囲気がある。
「うん、良い出来だと思うよ。 ありがとう、ガビー」
「えへへ」
ガビーが照れたように笑う。
さて、これに僕が文字を入れるのか。
「なあ。 このままで良いんじゃないか?」
「だ、だめですよー。 アタト様の文字がないと魔力が乗らないじゃないですかー」
あー、そうだよなー。
しかし、どんな文字が合うだろうか。
僕はいくつか書いていた候補の紙を取り出す。
最初、僕が思いついたのは、店主と店員さんたちの『絆』を表わす文字。
だけど、この絵を見ていたら違うなと思う。
『平和』『温もり』『優しさ』
どれも一文字では当て嵌まらない。
「ガビー、スー、先に寝ていいぞ」
「あ、はい。 すみません、気が散りますよね」
扉の影でこちらを伺っていたスーが逃げて行った。
「おやすみ」
「おやすみなさい、アタト様、モリヒトさん、タヌ子にポンタ」
ガビーは皆に挨拶をしてから出て行った。
翌朝、旅支度をしたロタ氏が来た。
「今はちょっとドワーフ街を通るのは危ねえと思う」
スーの祖父様の息が掛かった者が邪魔する可能性が高い。
「分かった。 じゃ、一緒に草原を抜けるか」
塔を出て、外から隠蔽と防御の結界を施す。
長期になるので、僕ではなくモリヒトが念入りに掛ける。
モリヒトは大地と繋がっているので、魔力切れで結界が消えることはない。
海伝いに草原を抜け、もう少しで森に入るというところで魔力を感じた。
『悪い魔力ではありませんね』
モリヒトの言葉に頷く。
魔獣には違いない。
森に入っても、その魔力はついて来た。
町に到着する前に休憩しようと、立ち止まって辺りを探る。
タヌ子がキュッと鳴く。
僕の懐の中でウゴウゴと遊んでいたポンタが顔を出した。
さっきまで何も無かったはずの空間にぼんやりと魔獣の姿が浮かぶ。
「な、なんだあれ」
木々の隙間、春の木洩れ陽の中に、黒っぽい毛皮が動いた。
「ヒッ」
声を上げそうになったガビーを庇うようにロタ氏が武器を構えた。
何故か大型の弓である。
「待て。 もう少し様子を見よう」
僕はロタ氏を止めた。
タヌ子がスタスタとその魔獣に近付いて行く。
黒いモヤだった影は、はっきりと四つ脚の獣の姿になった。
「黒い狸だと?」
タヌ子がキューキューと声を掛けている。
「あれがポンタの父親か」
僕たちは強張っていた体から力を抜いた。
焚き火を囲み、食事にする。
タヌ子より少し小柄な黒狸は、こっちを警戒していたが、僕がポンタを見せるとソロリソロリと近寄って来た。
「ウゴウゴ、通訳してくれ」
【イーヨー】
僕は皆とは少し離れ、魔獣たちの傍に座る。
「僕はアタト。 このタヌ子の身内だ。 お前はこの仔狸の父親か?」
ウゴウゴはしばらく踊るようにユラユラしていたが、キュッと黒狸が答えた。
【ソー ダッテ】
やはりか。
僕はウゴウゴを介して黒狸と話をする。
これからしばらくの間、僕たちは旅に出るため、タヌ子とポンタを森の出口近くにあるワルワ邸に預けること。
いつでも会いに来れるよう、町の狩人に伝えると約束した。
キュッキュッ
タヌ子は嬉しそうに鳴き、黒狸は黙ってポンタを見ていた。
僕は手持ちの果物を差し出してみる。
痩せた黒狸は警戒しながらも、それを口にした。
キュッ
【アリガトーッテ】




