第百五十七話・旅の許可の申請
その日の夕方にワルワ邸を出て、夜明け前に塔に着いた。
「あら、遅かったわね」
留守番していたスーは少し機嫌が悪かった。
「遅くなってごめんね、スー。 ちょっと色々あって」
ガビーは説明しながら朝食の用意をする。
「タヌ子は変わりない?」
僕は真っ先にタヌ子と仔狸の様子を見に行った。
キューキュー
仔狸は一体だけだ。 まだ性別も分からない。
タヌ子がすごく警戒しているから触れることは出来なかった。
「ごめんな、遅くなって。 ほら、ご飯だぞ」
途中で狩った小型魔獣をタヌ子に渡すと、僕の手を少し舐めた。
「大丈夫だ、安心しろ。 お前の子も僕たちの仲間だ」
と、そっとタヌ子を撫でる。
食事中、スーにしばらく旅に出ることになったと話す。
「えー、それってあたいたちは連れてってもらえないわけ?」
僕は面食らった。
「行きたいのか?」
「当たり前じゃない!」
いや、ドワーフの娘が積極的に地上を旅したいと言い出すとは思わなかった。
そうか。 ドワーフも旅するんだ。
「ガビーは行きたいのか?」
「は、へっ、あの」
しどろもどろになりながら、それでもガビーは頷いた。
「アタト様がもっと広い世界を見たほうが良いって言ってたので。 出来るなら……行ってみたいです」
だんだん声が小さくなって最後のほうは聞き取りにくかったが、気持ちは分かった。
「今日から8日後にここを出て人里に行く。 そこで最終的な準備や打ち合わせがあって、それから10日後ぐらいに出立になると思う」
片道20日掛かる上に目的地は王都という最大の都会。
人間がウジャウジャいる。
僕も初めての土地だし、何日滞在するかも分からない。
「ガビー、親父さんに許可を貰って来い。 スー、お前もだ」
近日中にドワーフ街に行って来い。
「えー、嫌よー」
スーは頬を膨らませ、ガビーの顔色は絶望で青くなった。
「嫌なら連れて行けない。 もちろん、保護者に反対された場合もだ」
モリヒトも頷く。
『大勢の見知らぬ人族の中で何十日も生活するのです。 拐われたり、命の危険もあったりするかも知れないのですから』
「そこに住む人族は、こんな田舎とは全く違う人種だと思え」
と、僕も付け加える。
都会じゃ、自分のことは自分自身で守らなければならない。
「脅しでも何でもない。 現実だ。 ロタさんにでも訊いてみろ」
ロタ氏は王都に行ったことはあるのかな?。
商売から戻って来たら訊いてみよう。
長期間の旅になるので準備は念入りに行う。
水は旅先で入手し、魔法で浄化して使うとしても、食料や食器、鍋などの最低限の調理器具は必要。
土魔法を使うためテントは不要だが、着替えは街中や宿、高位の家に招待されたとき用など、各種必要になる。
メンドクサイ。
「ずっと馬車かな?。 たまに歩いたり、山を登ったりするかな」
『ティモシーさんの話では、王都までの街道は整備されているようです。 余程のことがない限り、野営も少ないと聞いております』
ただ、街道はたくさんの人々が行き交う。
そこが一番の心配だと、モリヒトは顔を顰めた。
「要は、僕がエルフだとバレなきゃいいんだろ?」
モリヒトは精霊なので、必要なければ姿を消していれば良い。
だけど、僕は特徴的な容姿の上に、まだ八歳の子供だ。
対策が必要だろう。
『何か考えておられるのですか?』
「うん、まあね」
もう少し準備が必要だけどな。
草原と海岸で食料の調達、森で薬草や果物を採取する。
それらを加工して保存食や薬などを作っておく。
同行する兵士や使用人も多いし、その分も必要になるだろう。
「モリヒトに任せてばかりですまん」
皆の荷物持ちになっている。
『アタト様のご指示であれば問題はございません』
モリヒトの見えない結界に勝手に荷物を放り込んでいるが、限界は無いの?。
『海水ですとか、土地丸ごと、などと言われても無理ですが。 そうですね。 辺境伯の館くらいなら余裕です』
館ごと結界で包み、他の空間に移すそうだ。
なにそれ、怖いんだが。
『必要な部分だけ呼び戻すことも可能です』
便利過ぎんか。
モリヒトがフッと微笑む。
『実は、このようなことが出来るようになったのはアタト様のお蔭なのですよ』
元々精霊は自然界で生まれ、基本的には自然にしか興味がない。
自然を壊そうとする魔獣や人族と戦うこともあるくらいだ。
『ですが、わたくしは精霊王様よりアタト様を任され、アタト様のために魔力を使うようになりました』
うん、眷属って何でも言うこと聞いてくれる家来みたいなものだから。
『そのため、今まで使っていなかった様々な他属性の魔法も使っているうちに、自分の魔法も強化されたのです』
のほほんと暮らしていたら使わないはずの魔法をガンガン使っているうちに強くなっちまった、と。
『それはアタト様も同様ですよ?』
「は?」
『よく学び、よく動き、たくさんのモノを吸収して。 アタト様も成長なさっておられます』
そ、そうかな。 実感は無いけど、モリヒトにそう言われるとなんか嬉しい。
数日が経った。
「アタト様、どういうこってすか」
ロタ氏が塔にやって来て、いきなり僕に詰め寄る。
「なんの話?」
「王都に行くって、アタト様たちだけじゃなかったんで?」
あー、ガビーたちか。
「本人たちの希望でな。 保護者に許可もらって来いって言っておいたが」
ロタ氏は何故か天井を仰ぐ。
「スーとお嬢が王都へ行きてえと言いだしたもんでドワーフ街は大混乱ですよ」
それはそれは。
どうやらスーが大騒ぎしてるらしい。
「家から追い出しといて、自由に旅も出来ないのかって」
スーは元々ドワーフの名家のお嬢様である。
ドワーフ娘としては容姿は良いが、口は悪いし手先が不器用で何も出来ない。
家から出て世間を知り、おとなしく戻ったら花嫁修行でもさせようという腹づもりの親たちに対し、スーはドワーフの枠から飛び出そうとしている。
「ガビーの悪影響だって、スーの祖父様がカンカンで」
ガビーの親父さんと大喧嘩になったそうだ。
はあ、知らんがな。
「そんでもって、オレが同行することになりやした」




