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異世界を信じる者たちへ 〜何故かエルフになった僕〜  作者: さつき けい


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第百五十六話・注文の品を作ろう


 初めてガビーとの合作の注文を引き受けた。


塔に戻ったら書き始めるとして、ガビーには図案の見本をお願いしておく。


僕のほうは文字を選別中。


「商売繁盛?、家内安全?。 うーん、しっくりこないなあ」


すぐ四文字熟語を考えてしまう自分が情けない。


「この世界なら健康とか、売買で良いよな」


サラサラとメモ用の紙にペンで書いてみる。


「アタトくん、何書いてるのー?」


ギャーッ、ヨシロー!。


し、しまった、ここはワルワ邸だった。




 ガビーとワルワさんが夕食の支度をしている。


いつも周りを警戒してくれてるモリヒトは、ティモシーさんのところに旅の間の警護の件で出掛けていた。


くそっ、油断したな。


僕は冷静を装って微笑む。


「ちょっと文字の練習をしてるんです。 ヨシローさんもどうですか?」


余分にある紙とペンを差し出してみる。


「いやあ、あははは。 俺はいいよ」


勉強嫌いのヨシローは離れて行った。


ふう、助かった。


 この世界の文字をあまり読めないとはいえ、ヨシローに四文字熟語なんて見られるわけにはいかない。


僕が、ヨシローと同じ『異世界の記憶を持つ者』であることを知られるのは拙いんだ。


「だけど、アタトくんの字は本当にキレイだね。 なんていうか、こう、絵というか、習字みたいだ」


習字ねえ。




「人族の文字はエルフのものと少し違うので、覚えるのが大変なんです」


実はもうほぼ完璧に覚えているが。


 エルフと人間の間で話す言語はあまり変わらない。


ただ、文字は古代から守り続けているエルフ族に比べ、人族は使っているうちに、ドンドン簡単なほうへと変わっていってしまっている。


今、書いてる文字も数百年も経てば、また変わるのだろう。


人間というのは、どうしても楽なほうへと流されるからな。




 モリヒトが戻って来て、夕食が終わる。


風呂に入らせてもらい、地下の客室でガビーとは仕切りで分けた空間の別々のベッドに入った。


モリヒトも疲れたのか、早々に光の玉になり姿を消す。


 夜遅く、ふと目が覚めるとゴソゴソと動く気配がした。


「ガビー、眠れないのか?」


「いえ。 すみません、うるさいですよね」


ガサガサと紙の音がするから、たぶん下書きを描いていたのだろう。


「こっちこそ、勝手に引き受けてすまん。 王都行きでバタバタしてるのに余計な仕事を増やしてしまって」


「そんなことありません!。 わ、私はアタト様と一緒に作ったものが認められて、嬉しくて」


そのお蔭で真面目なガビーが張り切り過ぎているなら本末転倒だ。




「ガビー、落ち着け」


僕は起き上がってベッドの上に座り、毛布を肩に掛けた。


「気負うな。 別に金をもらって描く訳じゃないんだから」


「で、でも、アタト様が契約書に名前まで書かされて」


ふむ。 ガビーは紙での契約は怖いものだと思っているのか。


「もちろん、約束を反故にすれば債務が発生する。


だけど、僕たちがそんなことをするはずがないだろ?」


契約に違反しなければ良いだけだ。




 今回の契約書には、違反に対する明確な罰は記載されていない。


それは魔道具店の店主が、余計な責任を負わせて僕の心が乱れることを避けたからだ。


未熟な子供に対する気遣いみたいなものかな。


「まあ、期限も無いし、催促もたぶんされない。 こっちが辞めたと言わない限り大丈夫だ。


債務もせいぜい肩代わりさせた費用を請求される程度じゃないか」


僕としては金ならまた稼げばいいし、職人としての信用なんて他種族には元から無いんだから無問題。


「でも、親父だったら、絶対に他人に迷惑かけるなって言うと思って」


ガビーの父親はドワーフ街で大きな鍛治工房をやっている。


僕たちとは責任の重さが違う。




 はあ、どう説明すればいいのか。


「ガビー。 今までと同じでいいんだよ」


渡す相手に喜んでもらうことだけを考えれば良い。


「でも、魔道具店の店主さんのことは良く知らないので」


「店主個人は知らなくても、お店や店員さんは知ってるよな」


町に来るようになってまだ一年にもならないし、店にいたっては数回入ったかどうか。


だけど、買い物だけではなく、この町のどこの店より世話になっている。


あの店は高級店なのに雰囲気が柔らかく、決して客を見下すことがない。


身分に関係なく親身になって話を聞き、そこになければ王都からでも取り寄せてくれる。


まあ、金と相談だけどね。




「ガビー。 僕はエルフの村では、どんなにがんばっても認められなかった」


何をやらせても下手過ぎて長老も苦笑いするくらいだった。


僕が木から落ちて、元の世界の自分を思い出すまでは。


だが。


「今はガビーがいる」


「そ、そんな、わた、わたしなんて」


ドワーフの鍛治工房の子として生まれながら、女性だからと鍛治師には成れなかったガビー。


その理不尽に腹が立った。


そして、ガビーが作る過程や作品を見ているうちに、僕も何かやりたくなったんだ。


「ガビー。 自分で自分を褒めてやれないなら、僕が褒めるお前を、僕と一緒にお前も褒めろ」


「え……、でも」


『でも』が多いな、ガビーは。


グルグルと回る不安な心をどこかで断ち切りたいなら、僕が切ってやる。


「僕が褒めたら、それで納得しろってことだ」


まだ若いんだから駄作もいっぱい作ればいい。


自画自賛は悪いことじゃない。


批判される責任は僕が取ってやる。


「そしたら、いつか自分で自分を褒める作品に出会えるさ」


静かになったので、僕は再びベッドに潜り込んだ。




 翌日、僕たちは領主館に向かった。


ヨシローとティモシーさんも一緒である。


「王都行きの話は辺境伯様から聞いている。 ヨシロー、ティモシー殿、そしてアタト様。 よろしく頼む」


何故か頭を下げられた。


「ご領主様、どうか顔を上げてください」


ご領主は何も悪くないし、ヨシローはいずれ王都に行かなければならなかった。


少し早くなっただけである。


ご領主との話し合いで、王都へ出発する日や同行する人数などを大まかに決めていく。


「僕たちも準備がありますので、一旦住処に帰ります」


何もなければ、十日後に再び町に来る事になった。



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