第百五十三話・店主親子の礼と詫び
「何で他人事なの。 アタトくんも行くんだよ、王都に」
は?。 何言ってるんだ、ヨシロー。
「僕は」
「すまない、アタトくん。 君にも招聘が来ている。 王宮の貴族管理部門からだ」
公爵から「辺境地のエルフを呼び出し、真偽を確かめたい」と申請があったという。
異議があるなら直接、話しに来い、ということだ。
「断ったら?」
僕はティモシーさんを睨む。
「高位貴族の招聘だ。 おそらく国軍の兵士が迎えに来て、強引に連れて行こうとするだろうね」
まるで犯罪者扱いだ。
「だからさ、おとなしく一緒に行こうよ。 もちろん、ティモシーさんも護衛でついて来てくれるし」
「ああ。 それについては教会本部から指示が来ている」
ティモシーさんはすごーく嫌そうな顔をした。
それは確定しているらしい。
僕はモリヒトを見る。
「どうすれば良いと思う?」
『そうですね。 わたくしとしては、人族の都合など関係ありませんので無視してもよろしいかと。
ただ、その場合はこの土地を戦場として戦うことになるか、全てを放棄して他の土地に移動することになると思いますね』
うへえ。
僕はティモシーさん以上に顔を顰める。
片道20日もかけて旅などしたくない。
のんびりと毎日が送れれば良いんだ、僕は。
だけど、そのためには片付けなきゃならん事もある。
王子にも言っちまったしな。
ーー生きていれば、誰でも誰かに迷惑をかける。
自分の幸せのためには自分で厄介事を収めなきゃならん。
はあ、どこでも理不尽だな。
「分かりました」
僕が頷くと、ヨシローは嬉しそうな顔をする。
「ですが、少し時間をください。 ティモシーさんたちの出発予定はいつ頃でしょう」
「こちらとしても10から20日くらいの準備期間は必要だ。 希望としては気候が良くなってからにしたい」
先日の、片道三日程度の領都でさえ、衣装や旅の食料調達などで準備に時間が掛かった。
今回は王都で、しかも王宮と教会からの呼び出しとなれば、かなりの衣装や土産品が必要になる。
ブラリと手ぶらで行けるほど、この世界の旅は甘くないのだ。
ティモシーさんによれば、もう少し暖かくなってからのほうが移動が楽になる。
「そうなると、この辺りの日程になるかな」
僕たちは打ち合わせに入った。
長期間、町を離れることになるため、気がかりは早めに晴らしたい。
ヨシローとティモシーさんが昼食を済ませて帰った後、僕は魔道具店に向かうことにした。
「ようこそ、アタト様、モリヒト様」
まだ店の手前なのに店員さんの出迎えを受ける。
「何か御用があると聞いて伺いました」
「はい。 わざわざ足を運んで頂き、ありがとうございます」
正面の入り口から入り、たくさんの店員さんが並んで礼を取る中を歩く。
なんだこれ。
奥の豪華な部屋に入ると、いつもの老店主と一緒に辺境伯領都の本店にいるはずの息子店主までいた。
「えーっと、領都で何かありましたか?」
魔道具店親子は顔を見合わせ、二人揃って僕に対して深く礼を取った。
はあ?、何なんだいったい。
「アタト様、先日は誠にありがとうございました!」
息子店主が大声で礼を言う。
僕が首を傾げていると、いつもの優秀な店員さんから、とりあえず座るようにと勧められた。
店主親子は頭を下げたままである。
何だか気まずいので、二人には顔を上げてもらう。
「いったい何があったんですか?」
領都の息子がいるということは、あっちの店で何かあったのだろう。
「はい。 先日、アタト様から辺境伯夫人に贈られた小箱から『家妖精』が現れました」
老店主はホッとしたような顔で微笑む。
へえ、それは良かった。
「アタト様のお蔭です」
いやいや、それは辺境伯夫人の努力の賜物であって、僕には関係ないと思うが。
息子の方は大きな図体のまま頭を下げ続けている。
「申し訳ありませんでした!。 私が思い違いをしておりましたことを気付かせて頂き、ありがとうございます!」
息子店主が何を言ってるのか、僕にはさっぱり。
とにかく、二人には座ってもらい、出されたお茶を飲む。
僕が飲まないと目の前の二人も飲まないからな。
モリヒトはお茶を断り、僕の椅子の後ろに立っている。
「『家妖精』の件は僕には関係ないので礼は不要です。 それと謝罪につきましても心当たりがありませんので、受けるわけにはまいりません」
そう言うと、息子店主は顔を歪めて、まるで泣き出しそうな子供の顔になった。
中年のオジサンが、である。
老店主が慌てて執りなす。
「アタト様。 不快な思いをさせてしまい申し訳ございません。 ただ、私どもはどうしてもアタト様にお礼とお詫びを申し上げたいと、ずっと機会を伺っておりましたもので」
おおう、いつ来るかも分からないのに待ってたの?。
それは申し訳ないことをした。
「分かりました。 この件につきましては、暖かい出迎えと接待を受けましたことで一旦終了とさせて頂きます。 よろしいですね?」
店主親子に笑っていない笑顔を向ける。
「ははーっ、ありがとうございます!」
いや、だから声がデカいんだよ。
もう、子供相手に疲れる挨拶は止めてほしい。
それよりも、今なら何でも願いを聞いてくれそうだと気付いた。
これを逃す手はない。
「申し訳ありません。 一つお願いがありまして」
僕の言葉に息子店主が顔を上げて、
「はい!、何なりと!」
と、また大声を出す。
「実は、今度は王都に行くことになりまして」
「おやおや」
老店主は、何が嬉しいのか顔を綻ばせる。
「では、お支度を我々にお任せください」
「あーいや、そこまでは。 ヨシローやティモシーさんたちも一緒ですし。
僕としては、衣装や手土産について助言を頂ければと思いまして」
前回、領都へ行く時も、色々と店や準備の仕方を教えて頂いた。
老店主はウンウンと頷く。
「承知いたしました。 王都や王宮でも恥ずかしくない準備をさせて頂きます。 お任せください」
なんか、老店主がすごく張り切ってるけど大丈夫かな。
優秀な店員さんがモリヒトに話し掛け、何やら打ち合わせを始める。
え、僕は抜きなの?。




