第百五十一話・魔獣のありがたい特性
僕は司書さんを問い詰める形になってしまったことを謝罪する。
「すみません。 少し焦ってしまいました」
「いや、いいんですよ」
司書さんは柔らかく笑う。
「そうですね。 はっきり言えば、私ではアタト様にお伝えすることが出来ないのです」
予想や推測で話して良いことではないと首を振る。
「ですから、もし王都に行くことがあったら、この方を尋ねると良いでしょう」
と、名前を書いた紙を渡された。
王都か。
「分かりました」
行く機会があれば、な。
さて、ワルワ邸に戻るか。
「あ、アタト様」
教会から出たところでガビーに見つかる。
「ん?、ガビー、ひとりか」
「はい!。 ロタさんは次の町へ商売に行きました」
そか。
フードを被った僕とモリヒト、そしてガビーの三人で歩き出す。
「あれ?、今日は喫茶店には寄らないんですか?」
「まあ、たまにはね」
魔道具店関係者に見つからないうちにワルワ邸に戻るつもりだ。
「そういえば、ガビーはスーに何か頼まれたか?」
歩きながら確認する。
珍しく僕もモリヒトもお土産を頼まれていない。
「えっと。 今回はスーが作った小物を売ってたんですよ」
へえ、やっぱりスーもドワーフなんだな。
小物作りは好きみたいだ。
「はいっ!、職人の集まりでも人気が高かったです。 ちょっと変わってて、可愛いって」
へえ、変わってるんだ。
「見ますか?」とガビーが取り出したのは蛇革の小袋だった。
「アタト様に『蛇革はお金が貯まる』って言われて思い付いたらしくって」
確かにそんな話はしたけど。
実際にそんな魔法みたいなものは無いって分かってるよな?。
「他にも蛇革を靴とかベルトに使ってる職人さんがいて、面白かったですねー。
変わった物が好きな人っているんですよー」
ガビーはコロコロと笑う。
特に毛皮の襟巻きはよく売れたそうだ。
まあ、あれは暖かいだろうな。
「スーが、襟巻きだけじゃなくて靴や小袋に付けたり、小さい紐付きでお守りみたいに服に付けたりするのを作って」
そう言って取り出したのは、小さな丸い毛玉が二つ付いた、元の世界でいうとキーホルダーかブローチみたいなものだ。
「あー、いいな。 白と銀の二色か」
手に取って眺める。
触り心地がめちゃくちゃ良い。
「白と白、銀と銀、白と銀の三種類あって。 でも、普通の毛皮と違って染められないそうです」
ふうん。
「はい」
僕はモリヒトに渡す。
「魔力を感じる。 何か魔法が発動してないか?」
毛皮で作った外套が国宝級になってしまった。
これは大丈夫なのか?。
『そうですね。 僅かですが魔力は感じます。 しかし、この大きさですと「汚れを寄せ付けない」という程度ですね』
僕はモリヒトから返してもらい、ポカンとしているガビーに渡す。
「精霊からの贈り物だしな、そんな物だろう」
そう言ったらガビーが真っ青になっていた。
「ちょ、ちょっと待ってください!。 これ、魔道具なんですか?」
んー、少し違うぞ。
「魔道具というより、この毛皮自体がそういう特性を持っているんだろう」
魔獣の毛皮だからな。
綺麗好きなのか、元々汚れを寄せ付けない魔獣なんだろ。
種族が持っている固有の特性だから、魔力は帯びているが魔法とまではいかない。
「蛇革にも、多少破けても再生する特性があったはずだ」
大蛇は皮を傷付けても再生してしまう特性持ちだったのだ。
だから、口から体内に入って切り裂いた。
どちらも魔道具とまではいかない、微量な魔力。
使っている量が少ないから効果も微妙である。
「えっ、えっ、ほんとに?」
慌てるガビー。
「知らなかったのか?。 ロタさんはその辺も上乗せした価格で売ってたはずだが」
魔獣の素材がありがたがられるのは、普通の獣にはない、そういう特性があるからだ。
「肉でも家畜や獣より美味かったり、体に良いとされたりするだろ?。 魔獣の素材が高値で取り引きされるのは当たり前のことだ」
この町では、ごく普通に手に入るから忘れがちだけど。
「知らなかったですー」
エルフ族もドワーフ族も、あまりにも狭い世界で生きている。
知らない者もいるか。
「お前もロタさんと一緒に他の町に行ってみれば分かるよ」
この町のありがたみが、な。
ワルワ邸に着いた。
「アタト様、お久しぶりでございやす」
バムくんもいる。
「こんにちは、バムさん。 お久しぶりです」
スライムたちの世話に来ていたのだろう。
最近はワルワさんの護衛と助手を兼ねているようだ。
「そうだ。 僕の別荘に行ってみませんか?」
完成してからワルワさんをまだ招待していない。
一番お世話になっているのに。
「それは嬉しいな」
突然の招待でもワルワさんは喜んでくれた。
「夕食を是非、バムさんもご一緒に」
「はへっ、オラも?。 いやー、そんなー」
バムくんはオロオロしていたたが、それでも最後には頷いた。
出掛けているヨシローには不在になると連絡を入れ、僕たちは別荘に向かう。
「ほえー、立派っすねー」
バムくんは驚いているが、大きさは領主館の半分もない。
辺境伯の館を参考にしているので、質素だが重厚な外観ではある。
『どうぞ、お入りください』
「うむ。 ありがとう」
ワルワさんたちに別荘内を案内している間に、ガビーが夕食の準備をする。
地下の大浴場にバムくんは大興奮していた。
「オラもいつか入れるっすかねー」
「今夜、泊まっていかれますか?。 いつもお世話になっているお礼なので、ゆっくりしてってください」
「ヒッ、ヒエェー」
と、何故か驚き、慌てていた。
よく分からん反応だ。
二階の食堂で夕食後、居間でお茶を飲む。
モリヒトがバムくんを大浴場に連れて行った。
連行される囚人みたいに足が震えていたような気がする。
「それで、ワシに何か話があるのかね?」
バムくんとガビーがいなくなると、ワルワさんが口火を切る。
柔らかな紅茶の匂いが漂う。
僕は長老からもらった資料の紙束を出す。
「司書さんには話せないと言われてしまって」
ワルワさんなら知っているだろうか。
「エルフの種族の話か」
「はい。 やはり僕は」
普通のエルフではないのだろうか。




