第十五話・念願の魚を食べる
さて、僕たちは食材探しに行かなければならない。
ガビーに昼食用の魔獣肉を渡し、留守番を頼んだ。
肉を見た親父さんが嬉しそうな顔をしてたので少し多めに渡した。
『よろしかったのですか?』
「肉のこと?。 いいよ、それくらい」
世の中は持ちつ持たれつで成り立ってるのだから。
僕の食料が減ることに少し不満らしいモリヒトだが、ドワーフの鍛治師のことは嫌ってはいない。
むしろ、僕のためにも人数が増えることは歓迎のようだ。
『アタト様の生活が豊かになります』
と乗り気である。
僕としては、付き合う相手がエルフでなければ、それで良い。
ミニャー
相変わらずタヌキは僕から離れない。
まだ幼いのに怖い思いをしたから安心したいのだろう。
僕はタヌキを抱いたまま、先日の岩が落ちている崖に到着した。
ここから魔獣の森を見ると大きな魔獣が通った箇所は木が倒され、通った道がはっきりと分かる。
地面も削れ、足跡も生々しく残っていた。
「モリヒト。 森のこの辺りは魔獣の通り道なのか?」
『そのようでございます。 どうやら魔素が溜まりやすい場所のようですね』
僕の頼りない気配察知でも異常な魔力を感じる。
「もしかしたら、この崖が崩れてるのも魔獣が落ちたせい?」
ちょうど一直線に森から草原を通って海へと続いている。
『そうかも知れません』
二人で岩場を覗き込む。
『下り易いように階段でも作りましょうか?』
モリヒトの過保護な発言に自分が情けなくなる。
「すまんが、足場をいくつか作ってくれ」
ポンポンとそこを飛び移りながら下へと下りる。
訓練になって良いだろう?。
『承知いたしました』
モリヒトが何か呟くだけで、点在するいくつかの岩が安定。
飛び乗ってもぐらついたりしないようになった。
『必ず防御結界を』
「ああ」
それが出来るなら苦労しない。 まあ今の自分で出来るだけのことはしよう。
モリヒトが先に下り、僕は魔力を放出して出来るだけ纏う。
魔力は霧散し、纏えたのはほんの少しだけど無いよりマシって感じである。
後は選ぶ岩を確認してモリヒトの真似をしながら下りて行った。
まだゆっくりと一歩づつだけど何とか下まで行けた。
中身が老人だと知っているくせに、モリヒトが「よく出来ました」って顔で僕を見る目が嫌だ。
ああ、早く一人前に魔法が使えるようになりたい。
ゴツゴツとした岩場で試しに釣り糸を垂らす。
「餌は何?」
『要りませんよ』
へ?。
『こう、針に魔力を付与するのです。 この辺りの獣でも魚でも魔力に惹かれて寄ってきますので』
は、そんなもんか。
いつものように魔力を体外に出し、それを針に纏わせるように誘導する。
横でタヌキが物欲しそうに見上げている。
「お前は後でな」
そう言って笑うとタヌキは嬉しそうにキューと鳴いた。
僕は霧散する魔力のごく一部しか針に付けられないが、モリヒトの釣り竿の先には魔力の玉がはっきりと付いていた。
その魔力に惹かれるように次々と魚が掛かる。
ぐぬぬ、羨ましくなんてない。
持ってきたバケツのような容れ物に三匹ほど入れ、モリヒトは立ち上がる。
『この辺りに生け簀でも作っておきましょうか』
持ち帰れない分を生け簀に置いて行けば、海が荒れて釣れなかった日でも魚は手に入る仕組み。
モリヒトは魔法で、磯に深さのある潮溜まりを作る。
小さな穴をいくつか開けた結界の膜を内側に敷き詰めて、海水以外は出入り出来ないようにしたそうだ。
その結界魔法を継続するために、端に先日手に入れた魔獣の魔石を埋め込む。
魔獣の体内にある魔石は魔力を集める機能があり、半永久的に魔法の維持が可能。
よく分からないが、設備に電気を供給する電池に自分で充電する機能がついている、という感じか。
その後もモリヒトが釣った魚をその中に落としていく。
タヌキがキュッキュッと嬉しそうに鳴きながら磯を覗き込んでいた。
くそうっ。
いっそこの辺りに魔力をバラまいたら入れ食い状態にならないかな。
『アタト様。 餌をバラまくのはお勧めしませんよ。 魔獣や危険な魚が押し寄せてきますから』
そ、そうだね、それは怖いね。
陽が傾き始めたので、僕たちは数匹入ったバケツを持って塔に帰ることにした。
僕の釣果はイワシぽい小さな魚一匹だけだった……。
「わあ、美味しそうだね」
部屋に戻るとガビーが待っていた。
タヌキと二人でバケツを覗き込んでいる。
親父さんは部屋を確認後、工房に帰ったそうだ。
「焼けばいい?」
毒々しい色や形のものもいるが、モリヒトが確認したところ害は無いとのことだ。
僕は包丁代わりに小ぶりのナイフを取り出す。
以前、長老からもらった物だ。
戦闘用でなはく、果物や野菜を採る際に使うためのものである。
『アタト様が料理されるのですか?』
「焼くだけだろ」
たいした手間じゃない。
「内臓とエラを取って串刺しにするだけな」
あ、塩はあるの?。 あるのね、良かった。
何故か、あの海の水はあんまりしょっぱくなかったから心配してたんだ。
『この辺りは岩塩が多く採れます。 海の水から塩を作るのは効率的ではないようです』
ふうん、やっぱり向こうとは違うんだね。
自分でも分からないが魚を捌くのは何とか出来た。
『慣れた手つきですね』とモリヒトに褒められちゃった、テヘッ。
さて、害は無いが美味いかどうかは不明。
串は適当に廃材から集めた鉄クズでモリヒトが作ってくれたものを使う。
ガビーはまだ炉が無いから何も作れないしね。
少量の調味料はモリヒトが長老の家から持ち出して来ていた。
そういえば、モリヒトは森の中を歩いている時にも二日分の食料は持っていたな。
『……長老から何かあったら使えと言われていましたので』
そっか。 長老は長期不在中に僕に何かあるかも知れないという危機感はあったんだな。
だからモリヒトの呼び出し方も教えてくれた。
何だか嬉しいような寂しいような気持ちがする。
いつかこの恩は返すよ、必ずね。
「美味しい!、アタト様、これ美味しいですよ!」
一番に焼き魚を頬張るガビーに殺意を覚えた。




