第百四十七話・毛皮の外套の功罪
「それで、何か問題がございましたか?」
シラっと惚ける元王族御用達仕立て師。
「実は届け先で少々厄介なことになりまして」
僕は苦情を言って来た王子をチラリと見た。
「おや?。 何かご不満でもございましたか?」
老職人の目が光る。 コワイ。
「い、いや、我は外套自体に不満はないぞ」
王子はビビって、わざと偉そうに椅子の背にもたれ掛かる。
「ただ、公爵家がな」
目が泳いでるぞ、王子。
僕はコホンと咳を一つして、爺さんの目をこちらに向けさせる。
「仕立て屋のご主人が届けた際、公爵閣下は何か仰っていませんでしたか?」
「はて?」
仕立て師は腕を組んで考える。
「確か、公爵閣下に『辺境の町でエルフ様より預かりました』と言ってお届けいたしました。
閣下が、他のご令嬢にも渡したのかと訊ねられましたので、『もう一つはエンデリゲン殿下です』とお伝えいたしましたが」
うっ、そこは秘密にしておいてほしかった。
口止めしなかった僕も迂闊だったけど、普通、田舎の仕立て屋の爺さんが自分で届けに行くとは思わないだろ。
「僕としては、仕上げて頂ければそれで良かったんですよ。 お届け自体は次の冬を想定していたもので」
ふう。 年寄りというのは、どうしてこう無駄に行動力があるのか。
モリヒトが僕を見てため息を吐く。
あん?、僕もだって言いたいの?。
それはまあ、いいや。 もう終わったことだ。
「クロレンシア様には喜んでいただけましたでしょうか」
僕は王子に訊ねる。
「ああ、単純に喜んでたよ。 素敵な贈り物だとな」
アレは何も考えないヤツだから、と王子はため息を吐いた。
「でも取り上げられたんでしょ?」
かわいそうに。
「いいや。 一旦、保留になっただけだ」
保留?。
「国宝級なら、国に献上させられたのでは?」
僕が首を傾げると王子が肩をすくめた。
「公爵令嬢に名指しで贈られた物を国が取り上げるわけにはいかんだろう」
ほお、そこは無理強いしないのか。
僕に今回の噂を何とかしろ、と言うなら考えはある。
「私が考えるに、公爵閣下が『エルフの求婚』だと騒ぐのには理由があるのでしょう」
一つは、騎士の真似事なんぞやって、嫁の貰い手がいない娘の価値を上げること。
もう一つは。
「私は、クロレンシア嬢には想う相手がいるような気がいたします」
そのため、他の男性からの申し込みを断る理由として、エルフを利用している。
「そんなところ、かなと」
父娘の利害の一致。
しかし、少々中身は違うが問題はない。
僕はモリヒトに苦いコーヒーを頼む。
王子が考え込んでいるので、少し間を置く。
ティモシーさんや護衛の兵士たちも聞いているし、慌てる必要はない。
立っている護衛たちにも適当に座ってもらい、飲み物を淹れ直す。
落ち着いたところで、では、提案といこう。
「王都での噂の件ですが」
僕はカップを置き、脚を軽く組んで、正面に座る王子を真っ直ぐに見つめて微笑んだ。
「公爵閣下が『エルフの求婚』という言葉を使ってまで牽制したい相手がいますよね」
それが誰かは明白。
「分かっている」
王子は眉を寄せて頷く。
王族である第三王子と公爵令嬢。
以前、婚約が持ち上がった時は、まだ学生だった二人は既に成人している。
『奇行王子』二十三歳と『騎士令嬢』二十一歳。
身分的に、とっくに結婚していても不思議ではない二人が、まだ相手も決まらない状況。
「どうせ父王が決める」
そう言いながら『奇行』で逃げ回っている王子。
「公爵家も同じだ。 本人の意思など必要なかろう?」
と、王子は言うが、彼女も親の言うことなど聞かずに騎士なんぞやっている。
「そうでしょうね。 でも、お二人とも『選ばれないようにしている』ではないですか」
心当たりがあり過ぎてブスッと顔を膨らませる王子。
子供か。
「この際、ご自分で決めてしまわれたらどうでしょう」
護衛たちがざわつき始める。
「どうせ我は平民の血が入った王子だしな」
現在の国王には、正妃、側妃も含めると子供は七人もいるらしい。
だが、母親が平民出身なのはエンデリゲン王子だけだ。
「父王が決める前に自分から言い出してみるのも『奇行』らしくて良いかもな」
そう言って自嘲気味に笑う王子に、僕は首を振る。
「『奇行王子』だからこそ、ですよ」
評判が良くない王子だからこそ出来る仕事がある。
僕としては、あまり嬉しくはないが。
「ケイトリン嬢の叙爵は『異世界人』と『エルフ』の二つを同時に抱える土地の領主になるからですよね」
「ああ。 それは国王と官僚たちが決めた」
僕は頷く。
「殿下も仰ってましたよね。 それを監視する者が必要だと」
僕は王子に出会ってから何度も言ってきた。
「居を辺境に移すことは国のためになるのでは?」
この人は素質があっても使えない立場なのだ。
だったら、ある程度使える場所に置いてやれば良い。
「僕は辺境伯閣下にもクロレンシア様を養女に迎えれば良いのではないかと言いました」
それは役に立たない近衞騎士になってまで傍にいたい相手がいるからだ。
「そうだな」
うん?。 王子が肩を落とした。
「我の側にいればティモシーとの縁は切れないだろう」
あ、これは誤解してるな。
堪らずティモシーさんが口を挟む。
「失礼ですが、エンディ殿下。 クロレンシア様はそんなつもりではないと思いますよ」
「なんだよ。 売れ残り公爵令嬢なら、お前でも娶れるだろうが」
「いやいやいや」
王子以外の全員の気持ちは一つ。
「殿下は案外、勘が鈍い」
「なんだと!」
ティモシーさん、煽るのは止めろ。
とにかく。
「肝心の噂の件ですが、こういうのはどうでしょう?」
エルフが彼女に友愛の情を見せているので、王子はそれを利用する。
「そのために、クロレンシア様に求婚して、エルフの恋敵になるのです」
「はあ?」
声を揃えるな、護衛兵ども。 うるさいよ。
「公爵閣下にすれば、エルフに目を付けられたと宣伝しているのだから拒否出来ません。
かと言って、エルフに対抗出来るのは殿下以外にいないと思うのですが?」
「それはそうだが……」
王子は長考に入った。




