第百四十六話・令嬢の求婚の相手
首を傾げる僕に、王子は顔を顰める。
「眷属精霊持ちのエルフが公爵令嬢に求婚した、と王都で騒ぎになっているんだ」
お前のせいだと睨まれる。
僕のような子供が求婚などするはずがないのにと思ったら。
「ああ、モリヒトか」
公爵令嬢の近くにいる者が辺境伯領で見たモリヒトをエルフだと思っている可能性が高い。
いやまあ、わざとそう思わせたのは僕だ。
チッ。
「ガビー、ロタさん」
「はいっ」「うん?」
僕はガビーとロタ氏を呼ぶ。
「町へ行って、仕立て屋の店主に事情を聞きたいとお願いして連れて来て欲しい」
「分かった」
ロタ氏が頷き、二人はそそくさと出て行った。
人族の兵士が大勢いる雰囲気が異様だから逃げたっぽいな。
気持ちは分かる。 僕だって逃げたい。
僕は話を逸らすことにした。
「それでエンデリゲン殿下、あの毛皮はいかがでしたか?」
「ああ、勿論、素晴らしい品だ。 だが、やり過ぎだろ」
平民出の側妃の王子が受け取って良い品ではないと言う。
「あれは国宝級のお宝だ」
宝石でもないのに?。
納得していない僕に、王子が側近の男性に説明させる。
「あれは精霊の加護が込められた最上級の魔道具となります」
魔道具?、なんで?。 益々わけが分からん。
この世界の常識を知らない僕に魔道具の価値なんて理解出来るわけがない。
元宮廷魔術師である王子の師匠の話では、
「あれには『体温自動制御』という体温調節の魔法が掛かっていることが分かった」
と、いうことらしい。
「つまり、暑さ寒さは元より、体温が上がったり下がったりする病からさえ、着ている者を守る加護でございます」
へえ、あの精霊、そんなものをくれたのか。
「我は黙って受け取るわけにはいかなくなった」
国へ報告し、国王の判断を仰ぐこととなる。
それでまた辺境地に来るとは、王子は暇なのか。
「では、国王陛下にでも献上すれば良かったと?」
何の関係もない、見ず知らずの他種族の、しかも身分もクソもない子供が?。
エルフ族の中ではハグレとして嫌われている、そんな僕が国の偉い人に贈る理由が無い。
「僕はエンディ殿下とクロレンシア様だから贈ったのです」
ケイトリン嬢の件で叙爵が決まったのは、間違いなく王族であるエンデリゲン王子のお蔭だ。
クロレンシア嬢は辺境地の地味な令嬢の友人になってくれた。
辺境の領主の世話になっている僕からのお礼である。
僕としては、たまたま手に入った高級な毛皮を無駄にしないために外套にし、誰が似合うかを考えた末に決めた。
量も多いし、不良在庫にするには勿体なかったからなあ。
「後はお二人が好きにすれば良いと思いますよ」
父親である国王に贈っても良いし、大切な母親に渡してもいいんじゃない?。
「だから、モノが良過ぎると言ってるんだ。 国宝級とまで判断された毛皮の外套だぞ。 誰も着れるわけがない!」
えー。 実用品なんだから、そこは使ってほしい。
「そこで、だ。 つまり、我は一応お前とは何度か会い、交流もあるから受け取ることは出来る。
だが、公爵家はそうはいかない」
「はあ。 つまり、僕の贈り物は下心があるからだというわけですね」
知り合いの公爵令嬢に贈り物をしただけで。
ふむ、僕には何かが見えて来た。
「『求婚』はあちらの都合ですか」
美しいものが好きなエルフに見染められれば令嬢に箔がつく。
それほど価値のある姫なのだと。
お偉い高位貴族が考えそうなことだな。
しかし、この世界では子孫を残せない異種族との婚姻は認められていない。
エルフ族でも人族でも、それは同じはずだ。
それでも「エルフから求婚された」という事実が公爵令嬢には必要なのだろうか?。
「おかしなことが、もう一つ」
僕は探偵ばりに指を一本立てる。
「僕が贈った外套は二着」
僕から見れば、この二つは男女で一組、元の世界ではペアということになる。
「エンディ殿下とクロレンシア様のお揃いでは拙いと言われたのでしょうか?」
王子が顔を逸らす。 当たりっぽい。
そこへ来客があった。
「アタトくん、久しぶりだね」
教会の警備隊騎士ティモシーさんである。
仕立て屋の爺さんを連れて来てくれた。
ガビーとロタ氏に町中で偶然に会って頼まれたのだと言う。
「まあ、ちょうど殿下を探しに行くところだったので」
たぶん僕の所だろうとは思っていたそうだ。
ドワーフ二人は別荘の入り口まで来て結界を解いたら、自分たちは用事があるからと姿を消したらしい。
あはは、本当に逃げやがった。
「アタト様、お呼びと伺いましたが」
事情が分からず戸惑う仕立て屋の爺さん。
「ええ、お聞きしたいことがあって来ていただきました」
まずは椅子に座ってもらい、モリヒトがお茶を出す。
「先日は無理を言って外套を仕上げていただき、ありがとうございました」
お爺さんは途端に嬉しそうな顔になる。
「あれは本当に楽しい仕事でした。 久しぶりに興奮しましたよ!」
仕立て屋は立ち上がると、僕の手を握って何度も礼を言う。
「アタト様。 今まで手にしたことのない、実に良い素材でした。 仕立て屋をしていて本当に良かった!。 いえ、今まで生きてて本当に良かったと思いました」
饒舌に語り出す元気な老職人。
まあまあ、と宥めつつ、
「王都まで直接届けに行ったとか?」
と、訊ねる。
「はい!。 仕立て屋としてはどうしても最後の仕上げとして、着て頂き、不具合がないかを確認しなければなりませんから」
なるほど、職人らしい行動だったわけだ。
しかし、田舎の仕立て屋の爺さんが、よくもまあ無事だったな。
「その、王宮や公爵邸に届けに行っても入るのは無理だと思いますが」
下手すれば警備兵に捕まるだろうに。
「ふふふ、それは心配ご無用ですよ。 アタト様」
爺さんは不敵に笑う。
「あー、この方は、今は引退されておられますが、元々は王都の老舗服飾商会の創設者のお一人で」
王子の側近の話では、爺さんは王族御用達の称号持ちの仕立て師らしい。
なんてこった。
なんで、そんなのが辺境地で仕立て屋やってんの。
「魔獣の素材が手に入るからです!」
あ、そ。




