第百四十五話・春の始まりと終わり
僕の感覚では冬祭りから三ヶ月程度が過ぎた頃、寒さが和らぎ始めた。
「もう雪はいらんな」
寒さは割と平気だが、動きづらいのはウンザリする。
『訓練には良いですね』
と、モリヒトに雪原を走り回させられたのは、かなり鬼畜な所業だと思う。
シモヤケになるかと心配したが、回復魔法ですぐ治るんだな。
そんなある日、ワルワ邸から呼び出しがあった。
冬の間に溜めた干し魚や干し肉を持って、とりあえず町へ向かう。
ウゴウゴを懐に入れ、モリヒトと共に草原を渡り、森を抜ける。
ガビーとロタ氏は地下道で移動し、スーはタヌ子と留守番だ。
「世話をしてくれるなら給金を出すよ」
と言ったら、スーは喜んで留守番に合意した。
驚いたことに、タヌ子がいつの間にか仔狸を産んでいたのである。
急いで僕の部屋にタヌ子専用の寝床を作った。
番の心配はずっとしていたから、オトナになってからはタヌ子だけで行動することも増やしていたが、まさかこうなるとは。
「気付かなくてすまんな」
やけにモコモコだったわけだ。
ミューン
一緒に行けないからって申し訳なさそうな顔するなよ。
今度、父親を紹介してくれ。 ナデナデ。
さて、誰の呼び出しかというと、またもや第三王子である。
「アタトから贈られた毛皮の外套の件」としか聞いていないが、なんかヤバイらしい。
とにかく町まで来いと言われた。
早朝に塔を出て、夕方には別荘に到着。
真っ直ぐに草原と森を突っ切る僕たちとは違い、地下道のドワーフ組は、魔獣の穴や通り道を避けるため遠回りになる。
着くのは真夜中辺りだろう。
待っている間に僕はガッツリと夕食を食べ、しっかり寝ることにした。
別荘の僕の部屋は地下の予備室。
色々と専用の物があるので誰にも見せられない。
何しろ、この世界の常識である毛皮の冬用寝具ではなく、むっちり重くて厚い綿の布団だったり、放熱する絨毯の上に木で作った四角いコタツと座布団が置いてあったりする。
綿を見つけてくれたロタ氏には感謝しかない。
ガビーにも「こういう感じのもの」とだけ伝えて作ってもらい、他言無用、自分の分は作ってはならんと言い付けた。
「えー、すごく暖かそうです。 これ、欲しい!」
あんまり文句を言うので座布団だけは許可した。
ヨシローに見られても大きなクッション程度の認識で済むだろう。
朝になり、外の様子が見える天窓から陽射しが入ってくる。
晴れらしい。
ガビーたちが到着しているので、朝食は二階の食堂に向かう。
「まだ寝ててもいいんだぞ」
「いえ、大丈夫です。 ちゃんと途中で休憩しましたから」
でもロタ氏は眠そうだよ?。
夜通しの移動で疲れるだろうと、出発前に別荘では客用寝室を勧めておいたが、使用人部屋を使ったらしい。
まあ好きにしろ。
僕たちはワルワさんとヨシローと一緒に領主館に顔を出す予定だ。
そこに王子がいるはずだからな。
ガビーとロタ氏は午後から出掛けると言う。
「先日の蛇革や毛皮で作った小物の取り引きがあるんでな」
ロタ氏はいつも通りだ。
ガビーは、
「職人同士でお互いに作品を見せ合う約束があるんです!」
と満面の笑みである。
そんな友人がいたか?、とロタ氏を見ると頷いた。
「雪祭りで知り合った若い職人たちと、そういう話になってな」
ガビーの作品は、この町でも有名になりつつある。
自分で売り込んでおいてロタ氏は何だか複雑そうな顔をしていた。
「その若い職人たちって女性が多いんじゃない?」
ロタ氏の顔が「なんで分かった」と驚いている。
ガビーは領主の娘に惚れられた前歴があるから、女性に人気があるのは間違いない。
しかも、女性と分かっていても職人なら憧れの存在だろう。
僕もガビーの細かいところまで綺麗な作品には一目おいている。
兼業で働く人が多いこの町で、そんな女性の職人が増えるのは良いことだ。
「何か足りないものがあったら遠慮なく言って」
塔の在庫にあれば提供しても構わない。
「ありがとうございます!、アタト様」
いや、そんな泣くほど感激するなよ。
日頃は酷いことしてるみたいじゃないか。
色々と腑に落ちないが、とりあえず出掛けるために玄関の扉を開けた。
「よお、アタト」
閉めた。
結界の向こうに見てはイケナイ何かが。
「ばかやろう!、なんで閉めるんだっ。 出て来い!」
口の悪い王子である。
どうしてここに?、と、よく見たらヨシローがいた。
はー。
色々諦めて扉を開く。
モリヒトに頷くと一部結界が解かれ、王子一行が別荘の玄関前まで入って来た。
「話には聞いていたが、本当にあったんだな」
王子が建物を見上げて呟く。
結界に入れない者には、ぼんやりと建物の影くらいしか見えないようになっている。
「入りますか?」
一応、聞いてみた。
「当たり前だ」
怒られた、理不尽である。
仕方ない。 この別荘は接待用に作ったのだし、今がその時なんだろうとは理解している。
だけど、何だか気に入らない。
「どうぞ。 お付きの方々も一緒に」
何故か人数が多い。
いつもの護衛で側近の中年男性以外に八名もいる。
いったい何があったのか。
ヤベェ匂いしかしない。
王子と側近のみを二階の応接室で対応するつもりだったのに、全員が王子から離れないと言う。
仕方ないので、急遽、一階の玄関内の広間にテーブルと椅子を用意した。
何故、こんなに警戒されているのだろう?。
モリヒトがガビーと一緒に全員分のお茶を用意する。
「それで?。 何がお気に召さなかったのでしょう」
外套は確かに僕が頼んだ。
仕立て屋の爺さんの腕を見込んで、ロタ氏に毛皮を預けて依頼したのである。
緊張しているのか。 側近の男性は飲み物には手を付けずに、咳払いを一つして話し出す。
「この町の仕立て師の男性は、実は王都でも有名な方でして。 その方がわざわざ外套を届けに王宮にいらっしゃいました」
まさか自分で届けに行くとは思わなかった。
「我の分は献上品として受け取ったが、公爵令嬢の方は」
王子がお茶を一口飲む。
「お前からの求婚だと受け取られたのだ」
はあ?。 僕が誰に求婚したって?。




