第百三十六話・女性たちの和解と予備室
モリヒトが食堂で朝食の準備中。
ドワーフの親方は、すっかりキャンプ場になった裏庭の窯でパンを焼いていた。
焼きたての匂いが二階の部屋にまで漂ってくる。
うーん、腹が減る。
「おーい、朝メシだぞ」
ガビーとスーの姿を探していたら、応接室でぼんやりしているのを見つけた。
「こんなとこで何してるんだ?」
二人に声を掛けると指差す先はフワフワの長椅子。
昨夜、途中から姿が見えなかったヨシローが横になっていた。
「ヨシローさん!、こんなとこで寝てたら病気になりますよ」
「え、あー、おは、っぶわっくしょん!」
もう冬だというのに、こんなところで寝るから。
とりあえず食堂に移動して朝食。
「ヘックシュン!」
ヨシローのくしゃみが止まらない。
「朝食が終わったらワルワさんとこに送って行きます」
そう言うと、ヨシローは残念そうだが頷いた。
喉が痛いと言うのでパンをミルクに浸して食べさせる。
清潔なマスクという物もないので、女性たちには近寄らせず、ヨシローはモリヒトに連れてってもらった。
「それで、二人は何故、応接室にいたの?」
僕がそう言うと、ガビーとスーは顔を見合わせる。
「えーっと、領主館の部屋と比べてたんです。 壁や家具はそんなに変わらないのに何か違うなあって」
ガビーが首を傾げている。
そうだなあ。 僕も何か物足りないと思った。
両腕を組んだ姿勢でスーは部屋を見回す。
「ねえ。 絵とか飾らないの?」
スーはドワーフの中では良い家柄のお嬢様である。
彼女の家には絵画というより、代々の先祖の肖像画が飾られているらしい。
「肖像画はつまらないけど、花の絵とかあると良いかなと思ったの」
「あー」
そうか。 美術品や花なんかの装飾品が無いんだ。
「ガビー、部屋や玄関の壁に掛ける銅版画を作ってもらえないか?」
また、ガビーはスーと顔を見合わせる。
何だよ、気味悪いな。 お前ら、仲悪いんじゃなかったのか。
「いえいえ、最初から仲が悪い訳じゃないんで」
ガビーが照れたように手を振って笑う。
「実はアタト様たちがいない間に色々と試作してまして」
ガビーがドワーフの荷物袋から銅板をいくつか取り出す。
「あたいが勧めたの。 ガビーの銅版画は綺麗だから、栞だけじゃ勿体無いって!」
スーが嬉しそうに声を上げた。
何だか、今までは相手に嫌われてると思い込んで避けていたのが、お互いに良いところを見つけ合って和解したみたいだ。
「あ、あたいは昔からガビーのことは認めてたわよ」
ツンと顔を逸したスーを生温かく見守る。
その後、スーの指導の元、大き目の銅版画は玄関ホールの壁に、他の小さ目の物は客室や廊下に飾り付けた。
絵画や花瓶なんかは、また町に行った時にでも買って来よう。
ヨシローを送って行ったモリヒトが戻って来て、僕たちは内装の続きをすることにした。
まだ地下の予備室が手付かずになっている。
ガビーたちは、ざっくり切った布をカーテン代わりに窓に掛け、大きさを測っていくそうだ。
親方と一緒に地下に降りる。
「わしはちょっと奥まで見てくるぞい」
と、どんどん廊下の先へ行ってしまった。
親方には何か考えがあるんだろうし、勝手に動いてもらって構わない。
地下はドワーフたちの世界だろうしな。
僕の寝室になる予定の予備室に入る。
『しかし、本当に森に狩人が増えましたね』
モリヒトは、今朝、ヨシローを送って行った帰りは姿を消していたが、かなりの数の狩人に出会ったそうだ。
この周辺には認識を阻害する魔法も掛かっているので、建物があること自体はぼんやりと分かる。
ワルワさんの手によって直された魔獣感知の魔道具は、領主館に魔獣の出現情報が届く。
そこから狩人や警備兵に依頼が行くのだ。
「出くわさないようにしなくちゃな」
狩人や兵士らに出入りするところを見られるのが一番拙い。
この建物は町に商売に来た時に滞在するためと、必要があれば客を迎える接待用。
あくまでも別荘であり、誰でも許可無く敷地内に入れないようになっている。
しかし、そこを出入りすると、森にいる狩人たちに見つかる可能性は高い。
『そうなる前に、アタト様も姿を消せるようになるか、記憶した場所に瞬時に移動出来るように修行なさいませ』
それ、修行で何とかなるものなの?。
わ、分かったから、その不気味な笑みは止めてくれ。
予備室に誰も入れないよう結界を張ると、モリヒトはいやに張り切り出した。
壁は落ち着いた和風の塗り壁風。
床は暗い茶色の木目調。
暖炉、ベッド、ソファとテーブルのセットに、仕事用の事務机や大きな書棚まである。
木目調の扉の奥には大理石の浴室。
えっ、そっちの扉は衣装部屋なの?。
また別の扉は、特製便器のお手洗い付き洗面所。
『アタト様専用お手洗いは、塔と同じものを設置しております』
「お、ありがとよ」
この世界は『異世界の記憶を持つ者』たちのお蔭で、洋式の便器が普及している。
使用後は溜まったモノを全て消す魔道具である。
形が近いだけで木製と陶器製があるので、他の部屋は暖房の魔道具を付与した陶器製にした。
僕の部屋はモリヒト特製の大理石ぽい温水洗浄機付き暖房便器。
ここまで完備したものは、この世界にはまだ無いだろうな。
「モリヒト、そこまでしなくても」
『いえ。 ヨシローさんから元の世界の仕様を色々と伺いました。
それにほんの少しだけ近付けますので、ご心配なく』
いやいやいや、良いのか、それ。
しかし、モリヒトはいつの間にヨシローからそんなことを聞き出してたのか。
知らなかった。
だけど、これは本当にやり過ぎじゃないか?。
ヨシローが見たら一発で僕が『異世界の記憶を持つ者』ってバレるぞ。
それに何度も言うようだけど、僕はここに住む訳じゃないからな。
……ものすごく快適そうではあるが。
いやいや、塔の部屋もなかなか快適なんだよ。
もしかしたら僕が快適に過ごせるように、精霊王から何か言われた?。
「モリヒト。 こんなにされなくても僕はこの世界は割と気に入ってるよ」
そう精霊王様に伝えておいてくれ。




