第百三十三話・魔物の世話は出来ない
「それで、これをどうするって?」
僕はその模様を眺め、スーに訊く。
「精霊様に壁に描いてもらえば良いと思うの」
色を付けたら良い感じになりそうだと言う。
「悪くない。 モリヒト、いけるか?」
『ええ、問題ありません』
鉱石から染料を作り、それで壁や天井に模様を描くらしい。
『細かい指示をお願いします』
僕はテーブルを広くし、椅子を増やす。
「よし。 スー、模様をどれくらいの大きさにするか決めよう」
「いいわよ」
僕とスーとモリヒトは顔を突き合わせ、色や大きさを指定していく。
あ、そうだ。
「親方、絨毯って扱ってますか?」
「お、わしの工房でか?。 分かった、帰ったら調べてみよう」
確か、家具類を見て回っていたとき、この町では絨毯は売っていなかった。
そういう場合は他の町から行商人が来るのだろう。
もしドワーフ工房に無かったとしても、他の町から入手出来るなら、親方経由でも問題ないよな。
「実際に壁の絵を見た者でないと絨毯の柄は決められないだろう」
他の領地にも出入りしているロタ氏が請け負ってくれる。
ドワーフの美的センスは機能美という面もあって、エルフの『美しさが何より優先』なんかよりマシだと思っている。
「よろしくお願いします」
ロタ氏の場合は資金に困っていないせいか、後払いで構わないと言われた。
到着したのが夜だったので、その日は建物の中で雑魚寝。
ガビーとスーにだけは扉を付けた小部屋を作った。
まだ厨房が無いため、食事は外でいつもの野営と同じように作って食べる。
まだ食器も揃えていないから仕方ない。
翌朝、ロタ氏は商売のため町へ。
ガビーとスーは親方と別荘に残り、内装の相談を続けるそうだ。
「アタト様が戻って来るまでに準備を終わらせておきます!」
相変わらずガビーは鼻息が荒いな。
「ああ、任せるよ」
僕とモリヒトはタヌ子を連れてワルワ邸に行く。
その後、町の家具工房と魔道具店から荷物を引き取って別荘に戻る予定だ。
『蔵書室はどうされますか?』
返さないといけない本があるけど。
「一旦、荷物を別荘に届けた後にしよう」
司書さんの所ではゆっくりしたい。
しばらくは別荘に滞在することになりそうだしな。
領都で買った青いランプを玄関に飾り、モリヒトの分身を潜ませておいた。
ワルワ邸に到着する。
「おはよう、アタトくん、モリヒトさん」
出迎えたのはヨシローだった。
ワルワさんは朝食を終え、バムくんとスライム小屋にいるそうだ。
「では僕もそちらに」
裏口から出ようとするとヨシローに引き留められた。
「あのさ、アタトくん。 トスくんにスライムを一つ、渡したんだって?」
「ええ、それが何か」
ヨシローはヘラヘラと笑う。 要件をはっきり言わないのは日本人の悪い癖だ。
「えーっと、俺にも欲しいなーなんて」
「は?、魔物ですよ?」
しかもヨシローは魔力を体内に持っていないから、自分の魔力で育てられない。
魔石だけで育てる実験は既にやっている。
「うん、そうなんだけど。 ほら、魔力を持たない者には害はないって聞いてるし。
逆に魔力が無い者が育てるとどうなるかって興味ない?」
「ないです」
僕は研究者じゃない。
「お、アタトくん、いらっしゃい」
ちょうどワルワさんとバムくんが家に入って来た。
「お邪魔しています、ワルワさん、バムさん」
「こんちゃっす。 どうしたんすか?、ヨシローさん」
バムくんは僕とヨシローが言い争いをしていると思ったようで、ヨシローを睨んでいる。
まあ、僕は見かけは子供だし、ヨシローは大人だからな。
「いやいや、何でもないよ!。 何も怒ってないし」
ヨシローは両手を開いて、顔の前でパタパタと振る。
「本当に?」とバムくんが怪しんでいる。
あはは、ヨシローはバムくんにまで信用がないな。
「ただ俺もスライムが欲しいなーって」
「まだその話をしてるのかい」
ワルワさんが呆れたように言いながら、お茶を淹れる。
「異世界人であるヨシローには何が起こるか分からんからなあ」
もうすでにワルワさんには断られているらしい。
未知の魔物と異世界人の取り合わせ。
申し訳ないが、僕もヨシローには大丈夫だとは言えないな。
お茶を一杯だけ頂き、町へと買い物に行く準備をする。
「俺も行っていい?」
スライムの件を断った手前、買い物も断るのがかわいそうになってウンと言ってしまった。
「へえ、別荘の家具ねえ。 今の家はどうやって揃えたの?」
ふむ。 ヨシローの疑問は当たり前か。
「モリヒトが作りました」
僕が生きていた世界とここは違う。 僕が本当に欲しい畳や米などはここには無い。
だけど、エルフであるアタトとして、安心して過ごせる場所が必要だと思って塔の内装はモリヒトに任せた。
塔にある家具はモリヒトが魔力を使い、土や木を変形させ、捨ててあった布を解いて作ったものだ。
僕たち自身が使う日用品なので、それで構わない。
それが僕たちの住む場所だ。
この別荘は、おそらく人族相手の空間になる。
だから人間の手による物のほうが違和感が少ないだろうと思った。
『確かに辺境伯の館は居心地が良さそうでしたね。 魔道具店はあまり良い感じではありませんでしたが』
ああ、あそこは寛ぐことを目的としていなかったからな。
売り物と居住するための家具が混在していて、訳が分からなかった。
だけど、ここは違う。
「エルフが人里で生きていく上で他者との関係を築くために必要な空間、とでも言えば良いのでしょうか」
エルフから疎外されているアタトが新しい絆を築いていくための。
『その相手が人族なのですね』
「ドワーフ族のように地下での生活は無理だろうしね」
ヨシローもそう思うと言った。
話している間に町に到着し、家具工房と魔道具店から注文品を受け取った。
「これだけ?」
ヨシローが文句を言い出した。
「食器!、タオル!、棚はモリヒトさんが作ってくれるんだろうけど」
あれもこれもと言い出し、さらにお店を回ることになった。
食材や調味料まで買わされたのは納得いかないが、モリヒトは黙って買っていた。




