第百三十二話・蛇皮の革製品について
翌朝、モリヒトの解体が終わった魔獣の素材を整理して倉庫に保管する。
まずは魔石と素材の汚れを落とす作業から。
『アタト様、キッチリと隅々までお願いしますね』
「分かってる」
分かってるけど、この洗浄の魔法は結構扱いが難しい。
目が届く範囲なら水魔法でチャチャッと済ませてしまうのだが、売り物となると目に見えない汚れや隙間に入り込んだゴミとかも除去しなくてはならない。
そのため、水魔法だけでなく、光魔法の殺菌や風魔法の除去を併せて発動する必要がある。
「全てを清潔に洗浄せよ」
チカチカする光魔法は眩しくていかん。
素材が大量過ぎて隅々まで終わるのにかなり時間と魔力を消費した。
ふう、モリヒトのチェックが厳しいぜ。
良く見かける魔獣も何体かいたが、こんな巨大な蛇は初めて見る。
どこから来たんだ?。
この大きさになるにはかなりの年月と大量の魔素が必要になるだろうに。
しかも。
「蛇皮って売れるのか?」
肉は干し肉に、骨は針になるが、皮が倉庫を圧迫していた。
売れないと冬の間の食糧の邪魔になるだけだ。
『人里で聞いて来てください。 でも、確かエルフの村では良い値で取り引きされていた記憶がありますね』
「へ?」
エルフの村の話なんて、久しぶりに聞いた。
見学していたロタ氏が言うには、
「通気性が良くて軽いのに丈夫なんですよ」
と、いうことらしい。
地上で狩りをするエルフや人間には、迷彩柄の外套が人気だと言う。
森や草原で敵に見つかりにくいってことか。
ちなみに、あまり地上で活動しないドワーフには人気がないそうだ。
塔の一階広間で干しておいた蛇皮を広げ、午後からは防虫防腐の処理をする。
「うわあ、大きいですねー」
地下から気分転換に上がって来たガビーとスーが、巨大な蛇皮を見て驚いた。
「これを縫製して欲しいんだが、やれるか?」
「あ、はいっ。 何を作れば良いですか?」
僕はロタ氏に売れ筋を聞いて、外套を何着か作るようにガビーに頼む。
「残った蛇革の生地を少しくれ」
靴や小物も売れないか、やってみたい。
「靴?、小物って何を作るの?」
スーも興味があるらしい。
「革靴に使えるんじゃないかと思ってな。 他には硬貨を入れる小袋とか、武器用のベルトとかに出来ないかと」
町の革細工の工房に持ち込んでみるつもりだ。
しかし、僕には蛇柄はオシャレに見えるけど、この世界ではあまり見かけない。
財布とか、鞄とか。 元の世界じゃ縁起物として結構人気があったのに。
「私は好きだけど、蛇柄ってあまり喜ばれないの。 気持ち悪がられるのよ」
スーは蛇柄は割と好きだと言う。
「それでわざわざ濃い色に染めて、解りにくくすることもあるわ」
そんなことしたら、迷彩柄の意味が無いじゃないか。
ロタ氏がウンウンと頷いている。
「でも、この大きさなら蛇柄だって分かりにくいかも知れないわね」
スーも少し分けて欲しいと言うので卸値で譲ってやることにした。
「無料にしてくれないの?」
スーは不満そうだ。
「その代わり、出来上がった物が売り物になりそうなら高値で買ってやる」
そう言ったら、しぶしぶ納得した。
本格的に冬が近付いている。
朝晩の冷え込みで暖炉に火を入れるようになった。
タヌ子もすっかり冬毛になり、フワッフワである。
海水温度が変わったのか、釣れる魔魚が少し変わった。
晴れの日が少なくなり、森での薬草採集の日が増えている。
ガビーが製作したエルフ用外套はロタ氏に販売を任せ、僕は人里用を預かっておいた。
そろそろ町へ顔を出しに行くか。
そう思っていたら、ワルワ邸のモリヒトの分身からの連絡が来た。
『別荘の家具と魔道具を取りに来てほしいそうです』
注文してあった物が揃ったようだ。
「分かった」
日程を詰めていたら、ロタ氏と親方がついてくると言い出す。
「いいですけど。 本当に何もありませんよ」
今のところ、ガランとした建物しかないのだ。
「構わん構わん」
親方は相変わらず豪快に笑う。
はあ、まいっか。
結局、その日は僕とモリヒト、ガビーにスー。 タヌ子にロタ氏、そして親方という顔ぶれで、まずは別荘を目指した。
魔獣感知の魔道具用の魔石は、すでにワルワさんにお届け済み。
距離を縮める魔法でモリヒトが往復してくれた。
「魔道具、ちゃんと動いてるな」
僕は同行者たちに魔道具の近くに寄らないように注意しておく。
効果範囲ギリギリを移動して森を歩いていると、防御と隠蔽の結界魔法を掛けた別荘に到着。
「ほおほお、こりゃあ立派なもんじゃ」
親方の感想に僕は首を横に振る。
「お世辞はいいですよ」
外観はただのレンガ。 土で厚くした壁。
窓も壁に細長いガラスが嵌っているだけ。
地上部分は、普通の民家の二軒分くらいの大きさである。
領主館や、領都の貴族の屋敷を見ているだけに、田舎の素朴な建物でしかない。
まあ、内部が大理石ばりに白くてツルピカなのは、完全にモリヒトの趣味だと思う。
だけどさ。
こんな森の中に豪華な建物も違う気がするんだよな。
「そりゃそうだが」
大きな両開きの扉を開けて中に入りながら、ロタ氏が呟く。
「人族に見せるための家なら、多少見栄は張るべきじゃねえかなぁ」
親方も頷く。
「調度品が入る前に、絨毯やら壁紙や天井画も欲しいな」
え、そんなんいらんが。
「住むわけじゃねえんなら、客を驚かせるくらいやっても良いじゃろ!」
親方の理論が分からない。
頭を抱えていたら、スーがモリヒトに近寄って行った。
「精霊様なら出来るんじゃない?」
ガランとした部屋の真ん中にあるテーブルと椅子。
スーは自分の荷物から紙を何枚か取り出す。
蛇柄を元にしたらしい模様の図案である。
ほお、これは。
「スーは服や小物の趣味が良いんだよ!」
何故か、ガビーが興奮気味に話す。
「ドワーフには必要ないって言われるけどね」
そう言うスーは、長い巻毛をいつもキッチリと結い上げ、身だしなみには気を付けている。
「私は綺麗なモノが好きなの。 見苦しいものを見たくないだけよ」
父親や祖父には分かってもらえなかったと、頬を膨らませた。




