第百二十四話・王子の師匠の話
王子が椅子に座る。
「領主には席を外してもらった」
部屋には王子の側近と護衛のみ。
「クロレンシア嬢はいらっしゃらないのですか?」
男性ばかりのむさ苦しい光景である。
癒しを求めても良いだろ。
「辺境伯の所に置いて来た。 すまんが、どうしても二人っきりで話がしたい」
じゃあ、他の人も下げろや。
僕が護衛たちに顔を向けると、中年の側近が首を横に振る。
「この者と殿下を二人っきりなどには出来ません」
だとさ。
王子は側近の言葉に眉を寄せる。
「コイツのことはお前たちも知ってるだろ。 どうせ、コイツが本気になったら誰も捕らえられん」
おい、僕を化け物みたいに言うな。
「では僕の眷属も呼びますね」
まあ、モリヒトの場合は姿を消しているだけで、室内にはいるんだが。
「ああ、呼んでくれ」
王子はすぐに許可した。
しかし、その後、王子は思いがけず、
「アタトの眷属よ、頼みがある」
と、モリヒトに言った。
「我とアタトの二人だけで会話が出来るようにしてくれ。 他の者には一切聞こえないように」
モリヒトは無表情のまま、身動き一つしない。
王子はさらに言葉を続ける。
「お前の主人には絶対に危害は加えないと神に誓う。
それと、お前が気に入っていた酒を領都から大樽で運んで来た。 後で渡そう」
そう言って、王子は片手を胸に当て、誓う仕草をした。
モリヒトは横目でチラリと僕を見る。
はあ、しょうがないなあ。
「約束は守ってくださいね。 モリヒトが怒ると僕でも止められませんから」
モリヒトが酒に目がないことまで把握されてるとはな。
僕はモリヒトを見上げて頷く。
すぐに、僕と王子だけが半透明の結界に包まれる。
透明だと口元を読まれて会話が筒抜けになるからだろう。
「これでよろしいですか?」
モリヒトも結界の外にいる。
騒つく室内で王子の側近たちを牽制していた。
律儀なヤツだな、そんなに酒が欲しいか。
王子は頷いた。
「領都で話そうと思っていたのだが、お前が突然いなくなったから焦ったぞ」
「さようですか」
そんなことはどうでもいい。
ワルワさんを脅してでも僕に伝えたいことって何だ?。
「これの件だ」
王子は懐からそっと封筒を出す。
何やら厳重な封印がされているのが分かる。
「我には一応、魔法を教えてくれた師匠がいてな。 その方にお前から預かった紙を見せた」
あー、何かくれと言われて名刺みたいに名前を書いて渡したな。
あれはただ、王子に早く王都に帰ってほしかったから言われた通りにしただけだ。
「師匠が言うには、お前の魔力は」
王子の目は封筒と僕の顔の間を行ったり来たりしている。
「やはり、魔物、というか、いや、『魔族の魔力』だそうだ」
「は?」
僕はチラリとモリヒトを見た。
いくら結界の外にいるとはいえ、ここはモリヒトの結界の中だ。
こっちの会話は聞こえているはず。
「魔族、ですか」
僕にはよく分からない。
王子は頷き、封筒をテーブルに置いた。
「絶対に、二度と会うなと言われたが、我はどうしても真偽を知りたかった。
これも、しっかりと封印をしたら持ち出しが許可されたが、我にはそんな邪悪な物には思えなくてな」
魔族は邪悪なモノということか。
この世界には雑多な生き物が存在する。
僕が生まれ育った世界とはまったく違う生き物がいて、同じ人間でもまったく違う価値観がある。
さらに、僕はこの世界では人間ではない。
エルフという種族になってしまい、人間と接することが怖くて、エルフであることを隠していた。
この世界の人間の価値観が分からなかったから。
「エルフに擬態した魔物ではなく?」
「師匠は、エルフに擬態するほどの魔力や知性を持つ魔物はいない。 いるとすれば、それはすでに魔族だと」
僕は首を傾げる。
「魔族とは何でしょうか?」
異世界から来た僕には分からない。
王子はしばらく考え込んでいた。
僕は冷めたコーヒーを飲みながら答えを待つ。
「我にも、よく分からない」
魔獣は獣が魔素により凶暴化したものだと言われていた。
魔魚は魚が、魔物は無生物が、その元の姿だと。
では、魔族は。
「師匠は『人間が凶暴化したもの』だと言うんだ」
「……そうですか」
惜しいな、ちょっと違う。
僕はフードを外し、真っ直ぐに王子を見る。
「僕はエルフです。 殿下に魔物だと偽ったことは謝罪いたします。
ですが、僕はワルワさんたち、この町の住民に受け入れてもらい、穏やかに過ごしています」
決して邪悪な思想などない。
しかし、王族に僕がエルフだと知られると興味を持たれて厄介だ。
魔物なら気味悪がって近寄らないだろうと、ワルワさんたちと考えた結果の作り話である。
「お前は作り話が好きだな」
魔物もエルフも脅威は変わらない、と王子は苦笑した。
「お前は辺境伯も騙しただろ」
辺境伯領では、モリヒトがエルフで僕が眷属だというフリをした。
「あれは、誰もが納得する正統派エルフの姿をお見せしただけですよ」
エルフといえば、金髪緑眼、色白細身、モリヒトそのものだ。
「エルフらしくない僕がエルフだと言ったら、皆、ガッカリするでしょ」
僕は王子から目を逸らす。
この町の人でさえ、過去に本物のエルフの姿を見た者は少ない。
だが、世界は広い。
この町以外のどこかにエルフが紛れ込んでいて、モリヒトのような眷属精霊がいることを知られるほうが、僕は危険だと感じている。
だから領都ではモリヒトを使い、エルフらしいエルフを宣伝し、子供の姿の眷属がいることにした。
まあ、エルフでも玉以外の姿をした眷属は珍しいらしいが、この程度なら精霊魔法士のエルフとしては普通だろう。
人前に滅多に現れない他のエルフがわざわざ確認に来るとは思えないし。
どうせエルフらしくない僕のことは魔物とでも言えばいい。
「お蔭で、美貌のエルフが辺境地にいると知れ渡ることになったぞ」
と、王子は笑う。
「それは良いんですよ。 モリヒトなら日頃は姿を消してますから」
簡単に捕らえられるようなヤツじゃない。
「それより、殿下は『魔族』をどうなさるつもりですか?」
王子は顔を強張らせた。




