第百二十話・土産の配達と蔵書室
ようやくワルワ邸に到着した。
「こんばんは。 夜分遅くすみません」
とうに夕食の時間は過ぎている。
「おや、アタトくんじゃないか。 もう領都から帰って来たのかい?」
ワルワさんは僕たちが今、領都から戻って来たところだと思ったようだ。
あはは、と笑ってごまかす。
今夜は、同居しているヨシローが領都に出掛けているため、ワルワさん一人しかいない。
「お土産を渡しに来ました」
ランプと焼き菓子の袋を渡す。
「おお、ありがとうよ。 どうぞ、お入り。 今日はもう遅いから泊まってお行き」
「ありがとうございます」
そう言ってワルワ邸に入る。
僕はタヌ子の大歓迎の突撃を受ける。
すまんすまん、留守番ありがとな。
その間にモリヒトは、部屋の隅でフワフワ浮かんでいた自分の分身を、お土産の緑のランプの中に仕込んでいた。
「あっ、あの、ワルワさん」
「どうしたね?、ガビー」
「今日は私の友人も一緒なんです。 彼女はスーといいます。 幼馴染なんです」
ガビーはワルワさんにスーを紹介する。
スーは挨拶もせず、家の中をキョロキョロ見回していた。
「そうかい。 可愛らしいお嬢さんだね、ようこそ」
そう言われて初めて気付いたのか、ペコッと会釈した。
実は一旦、塔に戻ってからここに来たことを話し、夕食がまだだったので台所をお借りする。
夕食後はスーを連れて地下の客室に向かう。
「ワルワさんは魔法や魔力を研究している人族の学者さんだ。 この町に来た時は、いつもお世話になっている」
スーはコクッと頷いた。
初めての人里だ。 緊張しているのだろう。
僕は室内に仕切りを作り、ベッド二つは女性たち用にした。
「いいの?」
「構わない。 僕の分はモリヒトが何とかする」
ただ、窮屈に感じるな。
これから先、人数が多い場合、どうするかを考えながら、その夜はモリヒトが作ったベッドでタヌ子と寝た。
翌朝、朝食を食べていると、窓からバムくんがやって来るのが見える。
「おはようございます」
「あ、アタト様、おはよーごぜえやす」
バムくんは挨拶しながら、裏にある小屋に向かって歩いている。
「お帰りなさいっす。 あ、ウゴウゴも元気だすよ!」
トスに預けた魔物の様子も見てくれているらしい。
「ありがとうございます、助かりました!」
「なんもー」
と、手を振り、バムくんは小屋に入って行った。
食後のお茶を飲みながら話をする。
「ヨシローさんたちは早ければ明日ぐらいに着くと思います」
ワルワさんは「そうかい」と頷く。
「それで僕とモリヒトは、ご領主のところに顔を出して来ます。
ガビーは悪いけどトスの所へ行って、お土産を渡してウゴウゴを引き取って来てほしい」
モリヒトが酒瓶とお菓子を渡す。
「はい、承知しましたー」
人見知りなのか、黙々と食べているスーに声を掛ける。
「スーはどうする?。 せっかくだし、何かしたいなら頼んでおくけど」
考え込んだスーは、しばらくして、
「あたいのことは気にしないで。 今日はここで待ってるわ」
と、無難な答えを出す。
頭の回転は早いな、と感じた。
「分かった。 今夜にはここを立って塔に帰るから、そのつもりで」
スーはコクコクと頷いた。
「お嬢さんはワシが預かろう。 バムもおるしな。 ご領主によろしく伝えておくれ」
「はい。 では行ってきます」
タヌ子は離れてくれないので一緒に連れて行くことにした。
僕たちはいつものフード付きローブ姿で、のんびりと町中まで歩く。
タヌ子はまた一回り大きくなった気がする。
これは魔力が増えたんじゃないかな。
この町の魔素が徐々に戻っているのだろう。
「モリヒト、魔素の状態はどうだ?」
『そうですね。 ほぼ問題無いかと』
一時期、魔物の異常発生のせいで、この辺りの大気中に含まれる魔素が減ってしまい流行り病が起きた。
僕がその元になった魔物を除去したことになっているが、実際には少し違う。
たまたま、穴の中にいた魔物の抜け殻を魔法の実験台にしたら吹っ飛んだだけだ。
あれから何日経ったかな。
だいぶ魔素の量が安定してきたようだ。
歩きながら、ふと思い出す。
「そうだ、モリヒト。 あの時の答えを聞きそびれてた」
『何でしょうか?』
とぼけるな。
「僕の、というか、アタトの属性だよ」
この世界に生きるモノは体内に魔力を持っている。
大気に含まれる魔素を吸収して体内で循環させ、魔力という魔法の元を作る、というのがワルワさんの学説らしい。
その魔力を使って行使する魔法は、魔力さえあれば誰にでも発動は可能。
だけど、可能なだけで、自分の思い通りに使うにはちゃんとした訓練が必要だったりする。
そして、魔法の発動に必要な魔力は、その個人の魔力量だけでなく、属性も関係する。
「モリヒトは大地の精霊だから土魔法が楽に使えて、魔力が有り余ってるから他の魔法も使えるんだよね?」
『アタト様も魔力量は十分ございますので、修行次第でわたくしと同じ魔法が使えますよ』
あ、話を逸らされた。
「僕はちゃんとやってるだろ」
少し腹が立った。
『ええ、大変、がんばっておられます』
モリヒトの無表情がなんかもう悔しい。
こんな時は癒しが必要だ。
領主邸に向かう前に教会に寄り、司書さんの顔を見に行く。
「こんにちは」
「おや、アタトくん。 お帰りなさい」
うん。何だかほっこりする。
今日は本の貸し借りは無い。 お土産を渡すだけだ。
「私にですか?。 わざわざありがとうございます」
酒瓶と焼き菓子を渡す。
「何か、変わったことはありませんか?」
僕たちがいない間にまた魔道具店の息子が来なかったか訊ねる。
「ほほほ、大人は皆、そんなに暇ではありませんよ」
それもそうか。
まあ、無事なら良い。
「しかし、アタト様が出入りしていることを知って、ここに出入りする子供たちが増えましてね」
「へ?」
僕のせい?。
「町の外との交易が増えまして、子供たちも時間の余裕が出来たようです」
僕が在庫品を放出したせいで、それ目当てで他の町から商人や労働者が入って来た。
お蔭で、子供たちが働かずに勉強が出来る環境になりつつあるそうだ。




