第百十九話・塔の新しい同居者
そんなことがあって、塔の新しい同居者が翌日の午後にやって来た。
スーリナーこと、スーはガビーの部屋に手持ちの鞄を下ろして室内を見回す。
塔での生活に慣れるまで、しばらくの間、ガビーと同室になる。
「どうしても嫌なら、自分で他の空き部屋を選んで好きに改装してもらっても構わない」
そう言ったら驚かれた。
「ガビーは僕が雇ってる使用人だから、こちらが生活の面倒をみてるが、キミは親方から預かるだけだからこれ以上の面倒は見ない。
改装費用やその他、生活に必要な金は自分で用意しろよ」
ただし、食事だけは僕たちと同じであることを条件に無料とした。
ベッドや生活用品は、後日ドワーフ街から届くまでモリヒトが用意した物を使うことにする。
後はたぶん親方が援助するだろう。
「あたい、好きにしてて良いってこと?」
やらなければならない家事も仕事もない。
「ああ。 だから、何にしても自分で責任を取れ。 ただし、こっちに不利益があるようなら阻止する」
「分かったわ」
スーは、何故か嬉しそうな顔を隠した。
「あ、あの」
夕食の用意をしていたガビーが恐る恐る訊いてくる。
「いいんですか?、本当に」
逆に僕が訊きたい。
「ガビーは彼女のこと、知らなかったのか?」
家族を大切にする種族のドワーフが子供を放り出すなんて、かなり稀なことだろうに。
ガビーはビクッと体を震わせる。
ドワーフ街にいた七日の間、ガビーはずっと工房で寝泊まりしていた。
そのため、親方の自宅に居たスーの姿は見なかったと言う。
「成人してからはあまり姿を見なかったので」
近所に住んでいたため子供の頃はよく一緒に遊んだが、工房に出入りするようになってからは、ほとんど会うことはなかったそうだ。
「その、幼馴染ではあるんですけど、スーとは合わないというか、なんか敵視されてたような」
元から仲が良かったわけではないらしい。
それなら、向こうも会わないように避けていたのかも知れないな。
ガビーは男のような見た目はしているが、手先は器用だし家事も上手い。
見た目は女らしいのに家事が苦手なスーとは対照的だ。
「一緒の部屋で問題ないか?。 嫌なら空き部屋にベッドを運ぶぞ」
「いえいえ、とんでもない。 スーをそんな部屋に入れたら、私が親方に叱られます」
どうやら、ドワーフの良いとこのお嬢様らしいな。
じゃあ家政婦とか雇えば良くないか?、と思ったが、家事の出来ない女主人は使用人にも舐められるそうだ。
「お前が良いなら、それでいいが」
無理するな、とだけ言っておいた。
夕食を取りながら、今後の予定を話す。
「タヌ子たちはいつお迎えに?」
ガビーは早くタヌ子に会いたいらしい。
その横でスーは黙々と食べていた。
僕たちが魔法で予定より早く戻ったと言っても、あまりにも早過ぎるのは目立つ。
「領都から三日かかるのが普通らしいから、明日にでも迎えに行くつもりだ」
ケイトリン嬢たちが領都を出るのは明日のはずだから、まだこちらには着いていない。
一足先に戻ったのだし、僕たちなら早くても問題ないだろう。
いつも通り早朝に塔を出て、ワルワ邸には夕食前に到着予定である。
モリヒトが普段、距離を縮める魔法を使わないのは魔力の消費が大きいのと、僕の体力作りのためだ。
『緊急時以外、使いませんよ』
領都の件は少々目立ち過ぎた。
「辺境伯に捕まると帰れなくなりそうだったしな」
邪魔臭い王子もいるし、呑気に歩いていたら見つかるから、サッサと姿を消す必要があった。
「助かったよ」
だけど、あの魔法は教えてほしい。
『まだまだ無理です』
「分かってるよ、修行をがんばれば良いんだろ」
モリヒトは嬉しそうに微笑んだが、僕には悪魔のように見えたのは内緒だ。
ガビーには留守番を頼むつもりだったのだが。
「スーと二人だけなんて無理ですー」と泣き付かれた。
かと言って、スーを一人で置いておくことも出来ず、仕方なく一緒に出掛けることになる。
「早朝から森を歩くから装備はキチンとしろ。 ガビー、手伝ってやれ」
「は、はいっ」
以前に預かっていた人族の子供トスが使っていた物がある。
アイツには僕より余裕のある装備を身に付けさせていた。
魔獣対策用の防御服一式である。
「えー、これ着るのぉ」
スーは嫌そうな顔をしたが、人里に連れてってやると言ったら、おとなしく従った。
翌朝、簡単に朝食を済ませて塔を出発。
モリヒトの結界倉庫には、いつもの干し魚の代わりに領都で買ったお土産が入っている。
冬が近いせいか、風は冷たく、落ち葉は深い。
海沿いに草原を抜け、やがて魔獣の森に入る。
僕たちは慣れているが、初めてのスーは、
「疲れたー、もう歩けないー」
と、ぐずり始めたので早めに昼休憩を取った。
周辺に魔獣の気配はあるが近寄っては来ない。
土魔法で簡易手洗いを作り、椅子とテーブルを設置。
スーが手洗いに行くと、ガビーが僕に謝ってくる。
「ご迷惑掛けてすみません、アタト様」
ん、スーのことか?。 なんでガビーが謝るんだ。
スーも成人した女性なんだから、ガビーが庇う必要はない。
「文句を言いながらでもついて来てるんだからマシなほうさ」
親同士は仲の良い友人らしいが、ガビーがスーの面倒を見る必要はないと思う。
「お前が気にするな。 子供じゃないんだろ?」
「それはそうなんですけど。 そのー、私がちょっと苦手なだけで」
ハッキリしないヤツだな。
「つまり、嫌われてるのはお前のほうで、お前は彼女のことは嫌いじゃないって言いたいのか?」
「そうなんです!」
だから何だ、と睨んでおく。
これからしばらくの間は一緒に生活する相手だ。
好きにしていいとは言ったが、どうするのかはスー次第だ。
「まだ分かんないわよ。 地下街から出たのだって生まれて初めてなんだから」
聞かれてたか。
我が儘娘だが、ちゃんと考えてはいるようだ。
「それに、あたいがいつガビーを嫌いだって言った?」
「へっ。 だっていつも睨まれてー」
「バッカじゃないの!」
ほー、これは、あれか。
ツンデレとかいうヤツかな。 ニヤニヤ。




