第百十八話・ドワーフの街の変化
昨夜、僕たちは領都から直接、この塔に帰って来た。
「わわっ、ホントに塔だ。 アッと言う間に着いた」
僕はちょっと混乱する。
「モリヒト、何やったの?」
『現在いる場所と、以前行ったことがある場所の空間を縮めたのです』
ふえ、そんなことが出来るのか。
『かなり大量の魔力を消費するので、滅多にやりませんが』
僕の眷属精霊になったことで魔力の上乗せがあり、しかも僕自身とモリヒトの魔力が相互に使えるために大量に消費しても大丈夫なんだそうだ。
『本当はアタト様も使えるはずなのですが、まだ身体が小さいのと訓練不足で、魔力を大量に消費すると精神と体の均衡が取れなくなって眠くなるんですよ』
ああ。 それで以前に荒地で使った時、眠ってしまったのか。
「じゃあ、訓練次第で大人になればモリヒトのように使えるようになるのか?」
『ええ、もちろんです』
うわ、良いこと聞いた。
がんばろっと。
絶対、距離を縮める魔法は覚えたい。
その日の朝、塔に戻った僕たちは、思いがけずガビーとロタ氏を発見した。
「せっかくだから親方に挨拶してこようか」
というわけで、午後からガビーの父親であるドワーフの親方のところに向かった。
ガビーとロタ氏に案内され、僕は初めてドワーフの地下街に入る。
「おお、こういう造りになってたのか」
塔の地下三階の廊下が通路となっていて、かなり歩いて突き当りの扉を開くと、もうそこはドワーフたちであふれる広場になっていた。
ドワーフとエルフはあまり仲が良くないということなので、僕たちはいつもの足元まであるフード付きローブを着ている。
「こっちです、アタト様」
嬉しそうに、はしゃいだガビーが人混みの中を駆けて行く。
「すまんな。 アンタたちが居ない間、とても寂しがっておったんだよ」
ロタ氏からガビーがはしゃいでいる理由を教えてもらった。
帰りはズルしたけど、行きは雨で予定が一日延び、準備と式典、晩餐会、と土産の日を加えて、七日ほど不在だった。
出会ってから、こんなに離れていたのは初めてだな。
「お邪魔します」
広場に面したひと際大きな工房。
「おう、エルフの坊主か。 帰って来たのか」
「ええ。 今日、戻りました」
最近はドワーフとのやり取りはもっぱらロタ氏を通して行っているので、親方に直接会うのは久しぶりだ。
「お忙しいそうで」
「いやあ、そうでもないがな」
今まで人族とは細々と取り引きしていたが、魔道具店の息子店主が無茶な注文をしたせいで、無関係な人々にもドワーフとの交易の噂が広く流れた。
お蔭で色々なところから注文が入るようになったそうだ。
「まあ、新しいところから注文が来るようになったのは良いことさ」
親方は豪快に笑った。
工房に隣接する事務所のような部屋に入る。
椅子を勧められて座ると後ろにモリヒトが立つ。
人払いした部屋には僕とモリヒト、親方とガビー、ロタ氏の五人しかいない。
「さっそくで悪いが」と親方は口を開く。
「新しい工房の件じゃが、少々難しいかも知れん」
「そうですか」
確かに、ドワーフが嫌っているエルフが経営する工房だ。
しかもドワーフの女性を中心に募集しているとなれば、良からぬことを考えていると言われても仕方ない。
「じゃが、わしは悪くないと思っとる」
僕がいない間、ドワーフの街で毎日嬉しそうに働いているガビーを見て、親父さんも考えを改めたようだ。
「ロタにも言われたからな。 これからはドワーフも積極的に物を作って売る時代じゃねえかって」
いつまでも同じ物を作り続けるのではなく、新しい商品の開発も必要だと言われたそうだ。
「へえ」
チラリとロタ氏を見ると目を逸らされた。
「そのためにも、今まで働けなかった女子供でも働けるってのは良い案かもな」
「それはこちらとしても是非お願いしたいですね」
親方も頷く。
「それなのに」
親方は大きなため息を吐いた。
「ドワーフの鍛冶組合の上のほうは未だに頭が固いヤツが多くてな」
エルフの工房と聞いて騙されていると言って、親方の工房に乗り込んで来たらしい。
「そこでな、一つ頼みがあるんじゃ」
「はい?」
僕は飲んでいたカップをテーブルに戻す。
「おい!、スーリナーを呼んで来い」
「へいっ」
親方は隣の鍛冶工房に声を掛け、誰かが返事をする。
「一人預かってほしい娘がいる」と僕たちに話した。
ガビーはキョトンとしているが、顔を顰めているロタ氏は知っていたようだ。
しばらくして、
「何か御用ですかー」
と、赤毛のドワーフの少女が部屋に入って来た。
綺麗に髪を纏めて編み込んでいて、ガビーと違って女性らしい雰囲気がある。
「スーリナーだ。 こいつの親父がわしの幼馴染でな。 今、うちで預かってるんじゃ」
赤毛の娘はガビーを見ると少し嫌そうな顔をした。
「あら、ガビー、久しぶりね」
「う、うん。 スーも元気そうで」
どうやら娘同士も顔見知りではあるようだ。
とにかく話を聞いてみる。
「スーリナーはガビーと同い年なんじゃが」
十七歳くらいだったな。
しかしガビーは普通の男性ドワーフよりも頭二つくらい背が高い。
スーリナーという女性は僕より頭一つ高い程度だが、これはドワーフの成人女性の標準体型だ。
「実はこの娘、家事が下手でな。 嫁の貰い手がないんじゃ」
ドワーフは完全に男社会で、女性は家を守る主婦になることが多い。
他には、工房や店での掃除や整頓、職人たちの食事の世話などの雑務が主な仕事になる。
家事が下手だということは、それらの仕事にも向いていないということだ。
「それで、僕がこの娘を預かれば良いのですか?」
親方はウンウンと激しく頷く。
よっぽど持て余していたんだろう。
「この娘の祖父が鍛冶組合の重鎮なんじゃよ」
ロタ氏がボソッと呟いた。
僕としては何か利があるのなら預かっても良い。
「親族の了解は得ているんですか?」
「あー、うー、それがなー」
言いにくそうな親方に代わって、スーリナーが口を挟む。
「あら、それなら心配いらないわ。 あたい、家を追い出されたの」
それを拾ったのが親方だったらしい。




