第十一話・町中の喫茶店に行く
ワルワさんはタヌキと一緒にお留守番だそうだ。
「えっ、僕が一緒に行くんですか?」
ヨシローは何を言い出すんだ。
「いいよね、ティモシー。 この子は俺の友達のアタトくんだ、よろしく」
気安い感じで騎士さんと会話するヨシローは僕が思っていたより身分が高いのか。
「ええ。 主賓であるサナリ様のご招待なら問題ありません」
騎士さんは「どうぞ」と馬車に案内してくれる。
ヨシローは「早く早く」とせき立て、驚きでオロオロしていた僕を馬車に乗せた。
僕とヨシローが並んで座り、騎士さんが向かい側に座る。
騎士さんが御者側の壁をトントンと叩き、馬車はゆっくりと動き出した。
「馬車に乗るのは初めてですか?」
緊張している僕に騎士さんがそう言って微笑む。
「は、はい」
道が整備されているせいか、思ったより揺れない。
だが、椅子が硬くて尻が痛くなりそうなので長時間は遠慮したいところ。
「申し訳ありません。 アタト様のお顔をお見かけしたことがないと思うのですが、いつこの町に?」
騎士さんは町の人間の顔はだいたい覚えているらしい。
フードで顔は見えないと思うんだが。
僕がどう返答して良いか迷っていると、ヨシローが答える。
「ああ、昨夜うちに来てね。 町に来たのも初めてらしいよ。
ほら、魔獣の子がいなくなって探してたろ?。 この子が見つけて連れて来てくれたんだ」
それでもう友達とか言ってるヨシローがおかしい。
「なるほど、そうでしたか」
騎士さんは特に何も言わないが、きっと警戒されている。
だけど、モリヒトがいない。
僕にはどう対処していいか分からなかった。
窓の外を見る。
馬車は森を出て町中に入って行く。
レンガや石造りの家が多く、通りは石畳。
あまり高い建物は見当たらない。
「この辺りの家はたいてい地下に避難用の部屋があるんだよ」
たまに魔獣被害があるため、地上はせいぜい二階までで、地下には必ず倉庫や予備室があるそうだ。
建物自体もしっかりしていて、あまり鮮やかな色合いはない。
それも魔獣対策なのかも知れないな。
やがて賑やかな通りに出る。
大きな三階建ての建物が見えてきた。
「あれはここの領主様のお屋敷だよ」
僕はそんなに顔に出るのだろうか。
ヨシローが次々に知りたいことを教えてくれる。
しばらくして、領主館の近くにある横長の建物の前で馬車が停まった。
「ここだよ」
開店前なのに入り口は人だかり。
僕らは裏口から建物内へ入った。
「アタトくんはここに座っててね。 お茶とお菓子が出てくるから」
僕は、中二階になっている、全ての席が見渡せるテーブルに座らされた。
衝立でうまく仕切られ、目立たないようになっている。
店内はそれほど広くはない。
4人掛けのテーブルが10席くらいかな。
座っている席から見えたのは、店内では作業をしている店員を励まし最終的な確認をしているヨシローだった。
「どうぞ、ごゆっくり」
女性の若い店員さんが、紅茶と、蜂蜜と果物が乗ったホットケーキみたいなものを運んで来た。
「あ、ありがとうございます」
せっかくだから、ありがたく頂こう。
僕は木のフォークを手に取った。
切り取ったホットケーキの一欠片を口に入れようとした時。
「サナリ様、お待たせいたしました!」
バタバタと大きな足音と声が聞こえて顔を上げると、金髪の若い女性が駆け寄って来るのが見えた。
「もう!、サナリ様っ、そんなお洋服で顔を隠さなくてもー」
その女性はいきなり僕のフードに手を掛け、バサリと捲り上げた。
「へっ?!」
驚き固まる女性。
いや、驚いたのはこっちなんだが。
フルフルと体を震わせて口をパクパクさせたかと思うと、急に、
「キャーーーッ!」
と、叫びやがった。
店中の視線が僕に向く前にフードを被り直す。
カタカタと震えながら、
「ど、どうしてこんなところにエルフがいますの?」
と、女性が小声で呟く。
それは僕も訊きたい。
すぐ騎士さんが来てくれたけど、この人も僕がエルフってことは知らないんだったな。
だけど、さりげなく僕から女性を遠ざける。
「お嬢様、どうしてこちらに?。 本日は午後からと伺っておりましたが」
「だって、新しいお店の開店ですもの。 私も早く見たくて」
二人で階段を下りて行く。
「わっ、ケイトリン様?。 今日はご領主様と一緒に午後から来るはずじゃ」
ヨシローが慌てた様子でやって来た。
どうやら厨房にいて、気付くのが遅れたらしい。
「サナリ様、ごめんなさい。 どうしても早く新しいお店が見たくて」
ヨシローは彼女をテーブルに付かせ、すぐにお茶とお菓子を運ばせている。
騎士さんに女性を任せたヨシローが僕の所に戻って来た。
「驚かせてすまん!、アタトくん。 あの人はご領主のお嬢さんなんだ」
僕に頭を下げる。
「いえ、驚いただけです。 でもいいんですか?、エルフだってバレちゃったけど」
ワルワさんにはくれぐれもバレないようにと注意を受けていた。
良いの?。 相手はご領主の娘でしょ。
「大丈夫大丈夫。 俺はちょっと彼女には貸しがあってさ。
ティモシーが話を逸らしてくれてるし、すぐに口止めしてくれるよ」
んー。 ちっとも安心出来ない。
僕としては、騒がれて出入り禁止になるのではないかとドキドキソワソワする。
その後のお茶もお菓子も味が分からなくなった。
開店して、しばらくは様子を見ていたが、僕はモリヒトが気になる。
「すみません、ヨシローさん。 僕、そろそろワルワさんの所に帰ります」
「あ、ああ、ごめんね。 ちょっと様子を見たら帰るつもりだったんだけど」
「いえ、ヨシローさんが指導したお店なんでしょう?。 心配だと思いますから、どうぞ、ごゆっくり」
僕は席を立ち、裏口へ向かう。
「待って待って。 せめて馬車を使って」
そっか、僕は道を知らないんだった。
「そうですね、ありがとうございます」
いつも傍にモリヒトがいて、分からないことや知らないことがあっても何とかなってしまう。
それが当たり前になっていたんだな。
「私が送って行こう」
騎士さんがやって来て、送ってくれることになった。




