第百七話・晩餐会の夜の戸惑い
晩餐会の時間が近付き、一旦解散となる。
僕たちも部屋に戻った。
軽く風呂を使い、スッキリして着替える。
ティモシーさんも夜会用の少し華やかな騎士服になって現れた。
「その衣装は、あの、ご老人の仕立て屋の作?」
珍しくティモシーさんが僕の衣装に興味を示す。
「そうだよ、すごいでしょー」
僕は棒読みで答える。
どうやら仕立て屋の爺さんが長年溜めに溜め込んだ最高級の素材を使い、伝統的な、つまりは古典的な正装として、キッチリ仕立てた衣装なのだ。
「僕はまだ子供だから良いですけど、これをモリヒトに着せたら」
僕とティモシーさんはモリヒトを見る。
エルフってだけでも目立つのに、絶対に王子より派手になるよな。
「拙いでしょうか」「拙いだろうな」
ということで、モリヒトはガビー作の正装にした。
多少、キラキラは抑えられている。
抑えたところで滲み出るモノは隠せないが。
晩餐会ではローブを着ることが出来ない。
正装のみである。
ケイトリン嬢の部屋へ迎えに行く。
「アタト様、すごく素敵です」
昼間より顔色が良くなったケイトリン嬢が褒めてくれた。
今、悩んでいても仕方ないと吹っ切れたようだ。
「ありがとうございます。 ケイトリン様も大変お美しいです」
馬子にも衣装というわけではないが、落ち着いた正装姿はとても大人っぽい。
「ありがとうございます。 母の形見なんですよ、これ」
この姿をご領主、いや、亡くなられた母親に見せてやりたいと思う。
彼女の母親はかなりの才媛だったと聞く。
残念ながら、ケイトリン嬢は父親似だな。
素朴な田舎娘という印象が拭えない。
それでも母親の面影があるのか、ちゃんとした衣装を着ればそれなりの令嬢に見える。
「アタト様、失礼なことを考えてませんか?」
「いいえ」
危ない危ない。 顔に出てたか。
「やあ」
ヨシローが入って来た。
どこへ行ったのかと思ったら、どうやら辺境伯夫人に捕まっていたらしい。
衣装がそれなりのものになっている。
「これ、似合う?。 辺境伯の若い頃のものらしいんだけど」
貴族の文官というより武官、騎士寄りの正装だ。
そういえば、ヨシローと辺境伯は背丈だけならそんなに変わらないように見える。
「ええ、大変お似合いですよ」
正装のデザイン自体は何年経ってもほぼ変わらないそうだ。
思い入れのある衣装は保存の魔法を使って代々受け継がれるという。
辺境伯には子供がいないので宝の持ち腐れになっていたんだろうな。
辺境伯夫人が「これはもう着ないので」とヨシローにくれたそうだ。
なんて勿体ない。
「もう養子を取るのを諦めたのかな」
そう取られても仕方がない言動である。
しかし、王子たちにしても辺境伯夫妻にしても、どうしてここまで僕に話すのだろうか。
不思議で仕方がない。
「ふふっ、アタトくんがエルフだからかも知れませんね」
ティモシーさんがそんなことを言う。
いやいや、エルフ相手にする話じゃないだろ。
「ええ。 でも異種族なら理解出来なくて当たり前だし、誰かに告げ口したり、勝手に具体的な行動をとったりすることもないでしょ?」
だから、心の奥に溜まっているものを吐き出す相手にちょうど良いのではないか、と言われた。
「ついでに、アタトくんなら何とかしてくれそうですしね」
えー、そうだろうか。
「辺境伯はそうかも知れませんが、王子は違いますよね」
僕は異論を唱える。
絶対に王都へ呼ぶための口実にする気だ。
それに乗るわけにはいかないから気を付けないとな。
揃って部屋を出る。
会場は本館内にある大広間。
すでに多くの客で賑わっていた。
「お待ちしておりました」
家令が入り口で一人一人確認して、執事やメイドが席に案内している。
ケイトリン嬢とその領地一行であるヨシロー、僕とモリヒトが大きな長いテーブルに着く。
エルフの付き添いに関しては、僕が代理ということで収まったようだ。
ティモシーさんと教会警備隊の若者は別に護衛専用の席が用意されている。
「また後でな」
食後に会う約束をして護衛たちは移動して行った。
しかし、さすがに王族の護衛は断れなかったようで、王子の傍に付いている。
王子一行は一番奥の一段高い席に、辺境伯と一緒に並んでいた。
「今年も無事、この感謝の宴を催すことが出来て幸せに思う。 ゆるりと食事を楽しんでほしい」
辺境伯の挨拶が始まり、王子も挨拶に立つ。
「我のような者をお招き頂き、感謝する」
おいおい、なんか嫌味っぽくないか?。
「辺境の地の益々の発展を祈願して」
乾杯って感じで、皆で飲み物を掲げる。
僕は果物の果汁ですよ、チッ。
まあ、本来なら眷属精霊に食事は必要ないけどなー。
モリヒトは美味そうにワインっぽい酒を飲んでいる。
くーっ、羨ましい。
晩餐会はダラダラと続く。
新しい料理が出てくる度に家令が素材や作り方を喧伝したり、メインになると料理長らしき人物が出て来て目の前で切り分けたりしていた。
モリヒトは酒さえ飲めればいいので、料理は見えない保管用結界に放り込む。
僕は普段から小食だが、貴族の料理は一皿に載ってる量が少ないので結構食べられる。
好き嫌いもないし、こっちの食材にも興味があった。
「これはどの辺りで作られているのですか?。 地名を伺っても分からないので」
「はい。 領地内のここから少し北にある村の特産品ですわ」
色々訊ねると、皆、快く教えてくれた。
モリヒトがじっとゴブレットの酒を見てるのは情報を取り込み中なんだろう。
後で買いに行くつもりに違いない。
ようやく食後のお茶になり、大広間のテーブルの上は綺麗に片付けられる。
それぞれが自分の席を離れ、別のテーブルや、仲の良い者同士で別室に移動したりして楽しむ。
「アタト、こっちだ」
何故か王子に手招きされた。
ぐう、行かないわけには、いかないか。
ティモシーさんたち護衛と合流し、王子のいる一角に向かう。
あれ?、王子の隣にいるはずの女性騎士の姿が無い。
「クロレンシア嬢は?」
「今日はさすがに、な」
笑いながら見た視線の先には、王都の華やかな令嬢がいた。




