第百五話・令嬢の褒賞の追加
辺境伯夫人の指導は、昼食が終わるまで続いた。
夫人までがケイトリン嬢の部屋で昼食を取ったのには驚く。
そして。
「サナリ様、それはそうやって使うものではございません」
「は、はいっ」
ヨシローは昼食も指導付きだった。
晩餐会に出席するためには必要なことだから、がんばれ。
ケイトリン嬢も見てるぞ。
付き添いメイド用の部屋にいた僕たちは、そのままその部屋で昼食をとることにした。
王子が「我の部屋で!」と言い出したが、皆で固く遠慮し、従者に王子を部屋へ連れて戻るように頼む。
さすが慣れた従者である。
専用の護衛を呼ぶと軽々と引き摺り、去って行った。
王子たちは広場の式典は不参加で、夜の晩餐会にだけ顔を出すそうだ。
「また後ほど」
と、後姿に声を掛けると緩く手を振っていた。
式典の鐘が鳴る。
僕たちは馬車で移動して広場に到着し、会場に設置された舞台に上がった。
辺境伯夫人のお蔭でヨシローもパッと見は貴族っぽくなっている。
フードを被ったままのモリヒトが舞台に上がると、どこからか「キャーッ」と女性の黄色い声が上がった。
顔も見えないのに、よく騒げるもんだ。
エルフなら何でも良いのか。
舞台の上で並んで椅子に座らされる。
司会のようなオッサンが出て来て、拡声器の魔道具を使って話し始めた。
演説では、今年の功労者として僕たちとケイトリン嬢が招待され、何らかの褒美が与えられると叫んでいるみたいだ。
そして、いよいよ辺境伯の出番である。
「先日の雨で西の街道が一部崩れた。
その時、夜遅くにも関わらず、修復や怪我人の救護に、たくさんの者が協力してくれたと聞いている。
それを指示し、まとめ上げた手腕は見事であった」
ケイトリン嬢の名を上げ、必要経費と労力の対価として十分以上の金額が発表された。
広場の民衆も少し騒めいたが、一番驚いたのはケイトリン嬢だろう。
しかし、ちゃんと打ち合わせ通りに立ち上がり、深く礼を取る。
「か、感謝いたします」
あまりの高額にケイトリン嬢の足が震えている。
もう少しだ、がんばれ。
そして、辺境伯は続ける。
「被害を被った皆に心からの詫びと、力を貸してくれた者たちに私から感謝の印として」
今日一日、広場にある屋台を貸し切り、無料で皆に提供すると発表し、会場からは割れんばかりの拍手と歓声が響いた。
それを一旦、鎮めるために、
「次に、ここにいらっしゃるエルフ殿に」
と、辺境伯は声を大きくした。
『エルフ』という言葉を聞き、民衆が一斉に静かになる。
あまりの期待に気分が悪くなるくらいだ。
「街道の整備に力を貸して頂き、さらに辺境の町では魔物による病の流行を阻止して頂いたと聞きました。
アタト様、モリヒト様、誠にありがとうございます」
僕は目を丸くして驚く。
辺境伯が、上からではなく、エルフを持ち上げて感謝の言葉を述べたのだ。
モリヒトと僕は椅子から立ち上がり、フードを取る。
正統派エルフの、決して細くはないがスラリとした体躯。
白く透き通る肌、薄く金に光る長い髪、はっきりとした切れ長の緑の眼。
ゴクリと息を呑む民衆の気配がした。
モリヒトを主人役にして正解だ、僕ではこうはならない。
後ろに居る僕を見る者は誰一人いないだろう。
辺境伯に対してモリヒトは軽く会釈し、僕は深く感謝の礼を取る。
僕はモリヒトの前に移動した。
「閣下には辺境地の外に住む異種族の我々に、そのような暖かい言葉を頂き、ありがとうございます。
これからも、飛び地のご領主とケイトリン嬢、そして領民の方々と友好的な関係を築いて参りたいと存じます」
子供の僕の声にホッコリする者もいれば、胡散臭いと見る者もいる。
エルフさえ見たことがない者がほとんどなのだから当たり前だ。
「但し」と、僕は今度は広場の民衆に顔を向ける。
子供らしい幼い声はここまで。
極力薄めていた魔力の気配を一気に放出する。
警護の兵士たちが一斉に緊張した。
「我々を人と同じように扱えるとは思わないことだ。
気紛れな異種族の、ほんの一時のお遊びに付き合わされているだけだと理解せよ」
「ヒッ」と短い悲鳴や、子供の泣き声が湧く。
「エルフ様、眷属殿。 決してそのようなことはしないと誓わせて頂きます」
辺境伯が皆を落ち着かせるように冷静な態度を示す。
これも打ち合わせ済だ。
『分かれば良い』
僕はモリヒトを見上げて頷いた。
式典の終了と解散が告げられると、ザワザワとする周囲に紛れて壇場から降りた僕たちは馬車に向かう。
辺境伯の領兵に守られた馬車は無事に館に帰り着いた。
玄関で待っていた家令が、僕たちを接客用の部屋へ案内する。
「こちらでしばらくお待ちください」
ケイトリン嬢やヨシローを含め、ティモシーさんや護衛、使用人たち、飛び地の町から来た者全員が集められていた。
僕はケイトリン嬢を長椅子に座らせ、モリヒトを隣に座らせた。
僕はその椅子の後ろに立つ。
ヨシローは壁際に並ぶティモシーさんに預けた。
辺境伯夫妻と同時に、王子と騎士姿の公爵令嬢も入って来た。
王子と夫人を座らせた辺境伯は、僕たちに式典が無事に終わった礼を述べ、さらに晩餐会への協力を求める。
それだけなら、こんな大人数を一部屋に集める必要はない。
辺境伯がコホンと一つ咳をした。
「続いてエンデリゲン殿下からお話がある」
辺境伯に頷き、王子が口を開く。
「ケイトリン嬢」
「はっ、はいっ」
まあ、今さら側室の話でもないだろうとは思うが、ケイトリン嬢の緊張は分かる。
「其方の父上は下位貴族だったな」
「はい、代々私の家は辺境伯閣下の元、家臣として務めて参りました」
「うむ、それなんだが。 王宮で其方の家の格を上げることが決まった。
ただ、すぐにというわけにはいかぬ。
父親が引退した後、其方が継ぐ時点で『中位貴族』とする」
「え、私がですか?」
王子は、狼狽えるケイトリン嬢に苦笑し「そうだよ」と頷く。
小さな領地に『異世界人』と『エルフ』だもんな。
下位貴族が管理するわけにはいかんのだろう。
ケイトリン嬢は固まり、そのまま卒倒した。




