第十話・眷属の姿を見せる
「でも森を抜けるんでしょう?」
ヨシローは食い下がる。
「アタトくんはエルフで魔法が使えるかもしれないけど、一人だと危なくない?」
知らなかった場合は仕方ないが、知ってしまった今では子供一人で森へは行かせられないと言う。
ヨシローは優しいな。 あの村のエルフどもとは大違いだ。
「荷物も多いでしょ?。 俺なら荷物持ちくらい出来るし。
まあ護衛としてはちょっと心許ないけどさ」
頭を掻くヨシローの本音に僕はほっこりした。
モリヒトの声が聞こえる。
『それなら、わたくしが荷物を取って参りましょう。 アタト様はこちらでお待ちください』
僕は二人に聞こえないよう後ろを向いて小声で話す。
「でもそれじゃ眷属がいることがバレるじゃないか。
彼らはおそらく子供が一人でいることに同情して、優しくしてくれてるのに」
そう言うと、モリヒトが呆れたという声になる。
『わたくしのことはいずれは分かることです。 問題ありません』
エルフには必ず眷属精霊がいるというのは常識なのだと言う。
うーむ、かわいそうな子供設定が面白かったのに。
『他人に知られたからといって、わたくしがアタト様の眷属であることは変わりません』
う、うん、それは心配してない。
僕は、二人がモリヒトにドン引きしたり、恐怖を感じたりすることが嫌なんだ。
この世界の常識が、僕はまだ身に付いていない。
エルフや精霊のことはモリヒトが教えてくれるが、ここは人間が住む里なのである。
モリヒトだって知らないことがあるかも知れないじゃないか。
『そうなったら、わたくしがアタト様をお守りして塔に帰りますから大丈夫です。
なあに人族の一人や二人』
止めなさい。魔獣の時も思ったけど、モリヒトは案外、物騒なやつだ。
だけど、このまま人間と付き合っていくなら、いつかは話さなければならないというのは同意。
僕は他人の目があるからと、いつまでもモリヒトを光の玉のまま姿を消させておくなんてしたくない。
モリヒトとは生涯、共に生きていくと決まっているんだから。
「えっと、他にもお話したいことがありまして」
改まった態度の僕に二人の人間が姿勢を正す。
「何かな?」
「何でも言ってね、俺たちはもう友達だろ」
えーと、ヨシロー、それはちょっと早過ぎるんじゃないかな。
「あの、お二人に紹介したい者がいるのです」
二人の大人が子供を見守る暖かい目に、ほんの少し罪悪感を覚える。
僕、外見は七歳の子供だけど中身はジジイなんだよ。
「眷属精霊、召喚」
実はすでに呼んであるので必要のない台詞だが、一応そういうものがいると示す。
金色の玉が現れ、そしてゆっくりと姿を変える。
ヒエッと二人が息を呑んだ。
「僕の眷属精霊のモリヒトです」
エルフは産まれてすぐ精霊が眷属になるのだと説明した。
「へ、へえぇ」
エルフ自体が珍しいから、やっぱり知らなかったみたいだね。
『初めまして、モリヒトと申します』
姿を見せたモリヒトが優雅に礼を取り挨拶をする。
大人のエルフの姿をしているモリヒトを見て、
「あーー、これなら一人でも森を抜けられるな」
と、ヨシローが呟き、ワルワさんも頷く。
『わたくしが一度アタト様の家に戻り、解体した魔獣の素材を運んで参りましょう』
「うん?、モリヒト。 運ぶのはいいけど、あんなデカいのが森を移動してたら他の獣とか寄って来ちゃうんじゃない?」
解体したとはいえ、肉の塊だけでも保存に回した分以外にもまだかなりの量があった。
毛皮も売るなら出来るだけ傷が少ないほうがいいだろうと、そのままの大きさだから折り畳んだとしても結構な重量があるぞ。
『その点は、わたくしが姿を消す時に一緒に巻き込んで見えなくしますので大丈夫です』
ああ、結界だったかで視界を遮断するんだったな。
「いやいや、それでも見えないだけで物質は存在するんだから、木とかにぶつかるだろう?」
僕がそう言うとモリヒトが考える様子を見せる。
「あのー、モリヒト、さん?」
僕たちの会話にヨシローが入ってきた。
「モリヒトさんは空中を飛べますか?」
『はい。 問題ありません』
精霊は種族特有の浮遊の魔法を持っている。
「それなら森の上空を移動すればいいんじゃないでしょうか」
幸い、人の手が入っている森はエルフの森と違って木の大きさはほぼ一定で、極端に高い木はない。
『なるほど。 それなら大量に運んでも邪魔になりませんね』
嬉しそうに微笑んだモリヒトが、ヨシローに礼を言ってすぐに姿を消した。
僕はモリヒトを待つ間、タヌキを構い倒すことにした。
キュニャーキュニャー
せっかく家に戻ったというのに、何故かタヌキは僕の傍を離れない。
「む、誰か来る」
僕の気配察知はまだそんなに確かなものではないが、エルフの耳は優秀である。
馬車のガラガラという音を捉えた。
ここは森の中の一軒家だし、目的はこの家だろうなと思う。
「あーっ、予定があったんだった!」
ヨシローが慌てて立ち上がり、三階の自室へ駆け上がって行く。
カンカンカンとドアノッカーの音がして、ワルワさんが立ち上がる。
「あの、僕は隠れていたほうがいいでしょうか?」
僕はタヌキを抱き込みワルワさんに訊ねると首を振られた。
「いや、構わんよ。 おそらく知り合いじゃ」
ガチャガチャと扉を開ける音がする。
僕はとりあえずフードを被って耳を隠しておいた。
「失礼します、ワルワ様。 ヨシロー様をお迎えに参りました」
えらくイケメンな二十代後半くらいの男性が立っていた。
暗い茶髪に灰色の瞳、鍛えられた肉体や戦闘慣れしている気配を優しい笑顔で隠している。
服装はいかにも中世の騎士様っていう感じで、適度に装飾のある上下と肩にマント、腰には剣まで装備。
バタバタとヨシローが駆け下りて来た。
「お迎えありがとう。 悪いな、ティモシー」
僕はタヌキを抱いたまま部屋の隅に移動する。
「あ、そうだ、アタトくん。 良かったら一緒に行ってみない?。
新しい喫茶店の開店祝いなんだけど」
首を傾げてヨシローを見る。
「喫茶店?」
この世界にもあるのか。




