第一話・エルフの少年になる
少し長めの連載になるかと思いますが、よろしければのんびりとお付き合いください。
設定が体は子供、中身は大人ですが、一人称は肉体に合わせるため「僕」としています。
違和感ありかもしれませんが見逃して頂けるとうれしいです。
目覚めたら、僕は地面に寝転んでいた。
「う、ん?」
ここはどこだろう。
木がたくさん生い茂って、まるで深い山の中みたいだが。
そっと起き上がる。
うわあ、服が土で汚れてドロドロじゃないか。
気が付くと十歳前後の子供たちが数名、ニヤニヤしながら僕を見ていた。
「あーあ、やっぱり木から落ちやがったぜ」
なんだ、こいつら。
僕はどうやら高い所から落ちたらしく、頭を打ったというか、あ、血だ。
額に流れたのは汗ではなく、赤いものだった。
あれ?。
ということは、その衝撃で僕はどうかなっちまったのか?。
何故なら、ここは僕の記憶にはない場所。
こんな所で過ごしたことなんて、今までないはず……。
「きゃははは。 七歳にもなってどんくさいなあ」
あん?、今、七歳って言わなかったか?。
バカヤロー、僕は確か今年で七十歳だぞ。
むっ、違う場所だから僕の姿まで違って見えているのか?。
手を見る……確かにシワのない瑞々しい肌だ。
若返った?、まさかな。
僕が首を傾げていると、子供たちはさらに嘲りの言葉を投げてきた。
「木には登れない、弓は下手くそ、精霊もついていないなんておかしいだろ」
「そうだそうだ。 そんなのエルフじゃない!」
「は?」
エルフ?。 今、エルフって言ったのか?。
そういえば周りにいる子供たちは皆、特徴的な尖った耳と綺麗な顔をしている。
僕は自分の耳を触ってみた。
ホントだ、尖ってるな。
じゃあ、僕もエルフなのか?。
え、マジか、ラッキー!。
若い頃、良く読んでいた空想冒険小説にエルフは付き物だったからな。
ちょっとだけ心の中で喜んでいたら、周りの子供たちの中でも一際キレイな顔をした女の子が僕を睨んで言った。
「村の皆はアンタが長老の弟子になるなんて認めないから。 約束よ、アタト。 村から出て行って」
綺麗な顔しとるくせに、言うことはキッツイお嬢ちゃんだな。
その時、今までエルフとして生きて来た僕の記憶がジワリと甦ってきた。
そうだ、僕の名はアタトだ。
エルフとしては珍しい濃い肌の色。 黒い目に癖っ毛の短い白髪。
数年前、森の中にある渓流で倒れていたところをエルフの長老に拾われて、そのままお世話になっている。
その長老は実はエルフ族の中でも高名な精霊魔法士で、一緒に過ごすうちに少しずつ教えてもらえるようになってきたところだ。
あー、そうだったな。
ぼんやりとしていた記憶がよみがえる。
僕は昨年、眷属だと言う精霊に出会ったんだ。
その時、他の世界からこの世界に呼ばれたことを知る。
「そうだ、なんでそれを忘れてたんだ」
精霊に記憶を封じられていたのか。
今は事情があって長老は長期不在中で、その隙に僕を邪魔者扱いしている村長が娘や村の子供たちを使って僕を追い出そうとしていた。
何せ、この村には長老の弟子になりたい者がたくさんいる。
「木登りも満足に出来ない者に長老の弟子になる資格はない。 諦めて村を出て行きなさい」
って、村長に言われてたんだっけ。
エルフの子供なら七歳にもなれば一人で生きていけるんだと。
いやいやいや、それは普通に無理だろ。
だけど、そんなに嫌なら出て行ってやるさ。
「うん、分かった」
僕は立ち上がる。
長老には今まで育ててもらったことは感謝しているし、急にいなくなるのは申し訳なく思う。
いつになるか分からないが、次、会えたらちゃんと謝ることにする。
ドサッと僕の足元に何かが落ちた。
「アンタのゴミはちゃんと自分で処分しなさいよね」
おいおい、村長の娘。
勝手に長老の家に入って僕の荷物を持ち出して来たのか。
「やっとアンタの世話係から解放されるわ」
嫌らしい笑みを浮かべて僕を見る美少女。
長老の前じゃ「本当の姉だと思ってね」とかなんとか言ってたよな、お前さん。
まあ良い。
僕は雑に荷物が詰め込まれた布鞄を拾う。
あー、軽過ぎる。 着替えとタオル程度か。
長老にもらった本や道具類は入ってないな、こりゃ。
ちゃんと長老に返してくれるなら別にいいが。
「あ」
と、言いかけて言葉が止まる。
「ありがとう」とでも言うつもりだったのか、僕は。
なんて優しいんだろな。
だが、木から落ちたショックでうまく言葉が出てきやしねえ。
じゃあもう何も言わなくてもいいか。
こいつらはお子ちゃま過ぎて怒りも湧いてこない。
僕は振り返らずに村を出た。
村を出たといっても、そこもまた森の中だ。
大きな深い森のあちこちに幾つかエルフの村があって、僕はそれらを避けるように森の中の細い道を歩く。
なんか変な記憶が戻ったと思ったら、すぐに追放かあ。
ふう。
とにかく村を出たんだから、もう我慢なぞしなくて良いだろう。
僕は村から遠く離れたことを確認して立ち止まった。
そっと目を閉じ息を吐いて、集中。
「眷属精霊、召喚!」
フワッと風が起きる。
僕の声に応えて空中に金色に輝く光の玉が現れ、それは大人の男性エルフの姿に変わっていく。
『やっと呼んでいただけましたね、アタト様』
この精霊は僕の眷属。
よく分からんが、つまり家来ってことらしい。
「うん、久しぶり」
僕の汚れた格好を見た精霊は顔を顰め、何かを呟いた。
すると、僕の服や手足の汚れがきれいさっぱり無くなる。
「あ、すまん、ありがと」
はあ、話には聞いてたけど眷属って本当に何でもやってくれるんだな。
この眷属精霊、見た目は人間でいうと二十歳後半か三十歳代くらい。
長めの金髪、切れ長の緑眼に高めの身長でスラリとした細身の体形。
その整った顔立ちは僕とは全く違う男前のエルフだ。
服装も上品で、金持ちかどこかの使用人の制服のようである。
僕は呼び出した眷属精霊に、
「村を出た。 どこかに住めるところはないかな」
と訊く。
『探して参ります。 その前に、アタト様が休める場所へご案内いたしましょう』
子供の身体では歩き回るにも限界があるからな。
精霊に先導されて歩いていたら小川に出た。
川岸にちょうど良さげな岩があったので、そこに腰掛ける。
はあ、どっこいしょ。
『では、しばらくここでお待ち下さい』
「分かった」
男前な精霊は、リンゴみたいな果実を1個取り出して僕に渡すと優雅に微笑んで姿を消した。