仕事で来たはずがなぜか模擬戦
大通りに戻ってしばらく進むと、祭りの喧騒が遠ざかり、代わりに剣と剣がぶつかり合う金属の響きと、騎士たちの掛け声が聞こえてきた。騎士団本部はもうすぐそこだ。
今日騎士団に用事あるのは俺じゃなくてエレナだった。昨日、錬金術師ギルドからの通知が届いて、先週彼女が特別依頼で納品した長剣が審査を経て、新式装備として採用された。
そして騎士の武器はオーダーメイドで、使い手に合わせて調整されている。だから俺たちはこうして武器仕様書を受け取りに騎士団に訪れた。
「今更だけど、パレード用の長剣、納期が2週間強って短すぎないか?」
パレードに参加するのは第一大隊。ただし今回は新式武器を披露するため、騎士たちは一種類の武器だけを携え、種類ごとに分かれて行進することになっている。パレード用に長剣が60本必要で、エレナがそれを用意しなければならない。
「ううん、間に合いますよ。錬金術師はこれくらいできないと、ですね」
「そ、そうなんだ」
その厳しいスケジュールは、錬金術師ギルドがメンバーに課した試練の一種かもしれないな。しかも、王国にギルドの実力を示して、いざという時は頼りになる味方だとアピールできる。
「でも、ヴィルが手伝ってくれるともっと余裕がでます」
「いいよ、俺にできることがあれば」
「本当?やった、えへへ」
元々は無理しないように見守るつもりだったし、ちょうどよかった。
検問所でライリーと手続きをし、俺たちは騎士団の敷地に足を踏み入れた。
各訓練場は、騎士訓練生でごった返し、教官たちの怒号が響き合っていた。その中、ローワンは訓練生を指導していた。
「よ、ヴィルにエレナちゃんじゃないか。今日はどんな要件で?」
こちらに気づいて、ローワンが気さくな挨拶を放った。
「今日は俺じゃなくてエレナの方だな。錬金術師の仕事で」
「あ~、例の新式装備のことか。となると、後ろにいる嬢ちゃんも同じかな」
「たぶん」
「え!?彼女、いつの間いました?」
俺たちが検問所を通ったあと、遅れて女の子もやってきた。気配が薄かったからエレナは気付かなかったらしい。
「ミーネはミーネ。短剣担当。よろしく」
無表情でそう言いながらピースをする女の子。彼女はミーネと名乗った。
「あ、えっと……エレナです。その、新式装備の長剣を担当することになって……。よろしくお願いします!」
「うぃー、どうも」
口数が少ないミーネに対して、エレナが少々困惑していたが、俺は大丈夫だと頷いて見せた。
俺とローワンも彼女に簡単な自己紹介をし、本題に入る。
「そんじゃ、武器仕様書をだな。ちょっと待って……。おい、チェスター、長剣と短剣の仕様書を取ってきてくれ」
「了解っす」
ローワンの指示を受けて彼は本館へ走っていった。
「で、応接室で待たせたいのはやまやまだが、この時期本館は部外者立ち入り禁止になってて……」
パレードはもちろん、建国祭では王族や大神官が出るイベントもあるから、保安対策の情報漏洩は避けたいのだ。
「じゃ別館の食堂で待たせてもらお――」
「ヴィル先輩!エレナちゃん!ヤッホー」
セリカが猛ダッシュでやってきた。これはいやな予感がする……。
「こんにちは、セリカさん」
「エレナちゃん、やろうよ、模擬戦!」
ほらな。そうなるだろうと思った。
セリカの性格を考えるとリベンジ戦を挑んでくるだろうと考え、さっさと移動するつもりだったが、さっそく見つかってしまった。
「こら、エレナは錬金術師の仕事で来てるから。ローワンもなんか言ってやれ」
「えぇ~。一戦だけ、ね?」
「俺からも頼むよ。セリカは楽しみにしてたから」
「お前さ……」
ローワンは本当にセリカに甘いんだな。
「ヴィル、私も戦ってみたいです」
「……エレナがやりたいというなら」
……俺も人のことを言える立場じゃないか。
「ありがとう!よろしくね」
「こちらこそよろしくお願いします」
エレナ、最近仕事ばっかりでリフレッシュしたいのかもな。体を動かしたそうなのに、余計なこと言ったかな。
「ミーネはどうする?食堂まで案内しようか?」
存在感が薄いから忘れそうになったけど、ミーネのこともあった。日差しがきついから、ここで待たせるのはなんだか心苦しい。
「ここがいい」
「いいのか」
「ミーネも観戦したい」
表情からは感情を読みにくいが、興味津々なのはなんとなく伝わってきた。
「実際に使われているところを見ると、あとで参考になる」
「なるほど」
ふわふわしている人と思ったら、本当は真面目で勤勉なのだ。
特殊依頼で勝ち抜いたのは、才能だけじゃなくて努力も必要だったって改めて分かった。そう考えると、エレナのことが誇らしく思った。
***
騎士団の模擬戦はいろんな種類がある。一対一に団体戦、一対多まであり、ルールも多様多彩だ。攻撃魔法の加減とか細かい得点計算はエレナが知らないから、今回は武器戦闘で一撃決着ルールにした。
「両者、準備を」
審判役を部下に任せ、ローワンは俺たちと一緒に観戦に徹することにした。
エレナとセリカはそれぞれ模擬戦で使う武器を選ぶ。
模擬戦は安全のために、魔力伝導性能の低い訓練用武器が使われている。混乱して誤って武器に魔力を込めてしまっても、訓練標準の防御力強化では傷を負うことがないのだ。
「なあ、あの子めちゃ可愛くないか?」
「しかも布の服にあのでかさ、動いたら揺れるぞ絶対」
「やべぇ、試合よりあの子に釘付けだわ」
案の定、野郎どもが集まって鼻の下を伸ばしてやがる!
エレナの姿をそんな視線に晒したくない。他の男に見せたくない。不快で胸がざわつき、思わず拳を握り締めた。
これは、もしや独占欲という感情なのか……。
「ね」
ミーネにいきなり袖を引っ張られ、俺は握った拳の力を緩めた。
「あれ、『エバーブルーム』?」
「ああ、そうだ」
「いいね」
エレナを指さしてそう聞いてきたが、彼女がエバーブルームと言ったから、服のブランドのことを尋ねていると悟った。
「おいおい、エバーブルームって、あの日差し対策から防御増幅機能までついてる高級ブランドだろ?防御性能だけ考えたって騎士の軽装備に負けてないぞ!」
「へえ、女物の服にやけに詳しいねえ、ローワン」
俺だって詳しいわけじゃない。たまたま貴族向けの新聞に載っていた『大事な一輪の花を守りたい貴方へ』というエバーブルームの広告が目に留まり、それでそのブランドを知っただけだ。
「ま、まあ、贈り物にいいかなって思ってさ」
ローワンが贈り物を?相手は誰だろう。
そう不思議に思うと、ミーネまた質問を投げてきた。
「髪飾りとリボンも特別な効果ある?」
「よく分かったな」
でもさすがにフェリシアみたいな鑑定能力はないか。
「立派なシルバーランク、んっ!」
誇らしげに胸を張って親指を立てるミーネ。彼女は見た目以上に愛想がいいかもしれないと思い始めた。
「その通り、藍晶石の髪飾りはマナ調和、刺繍入りの白いリボンは魔法増幅の効果がある」
「そういえば前は髪飾りだけだったよな。高価な服といい……ヴィル、お前どれだけエレナちゃんを甘やかしてるんだよ」
エレナの事情はローワンに教えたから、そんな高価なものはすべて俺の金で買ったのだと分かっている。
「そ、そんなことは……」
ないと思いたいが……。これくらい普通だと言い切れないから困る。
「両者、位置についてください」
考えがまとまる前に、エレナとセリカの試合が始まろうとした。
エレナは短剣2本を腰の後ろに佩いた。セリカは同じく腰の後ろに2本に加え、両側にも短剣を佩き、合計4本を携えていた。
「慎重になったな、セリカは」
「前回の戦いで、エレナちゃんがいい刺激になってくれたおかげだ」
そして二人が武器を抜き、構えを取った。それだけで一部の訓練生が圧倒されて後ずさった。
「気迫あるねぇ。ヴィルの技法をしっかり身につけたな」
「見よう見まねは得意そうだ。この間も、まだ教えてない浮月弓法を試したようだし」
エレナに見せなかったから、きっと俺が練習していた時、偶然に何処かから見ていただろうな。
「マジか、あれは上級者の技だろ?……まあ、それだけヴィルの一挙手一投足を見てたってわけか」
そう聞くと何故か恥ずかしく思うが、悪い気はしなかった。
「それでは、試合を始めッ!」
試合開始の号令が放たれたが、二人ともまずは様子見をした。
「この試合、ヴィルはどう思う?」
「エレナの体力を考えれば、隙を作って短期決戦を決めるしかない。……が、セリカも前回の手合わせでそれを理解してるはずだから、エレナに分が悪い」
体力とは身体強化を体がどのくらい耐えられるということもある。仕事の合間に武器の練習をする程度じゃ、日々厳しい訓練メニューをこなし、騎士を目指しているセリカと体力勝負はできっこない。
「前は技の切磋琢磨だったが、今回は模擬戦だ。最後まで結果は分からんと思うぜ」
模擬戦は騎士の機転が問われるのだ。技が格上の相手でも策で勝てることはある。
「ん?エレナちゃん、構えを変えたな。あれは――」
「『変化』だな」
先に動いたのはエレナだった。2本の短剣が消えて弓が出現し、次の瞬間3本の矢が放たれた。
実は同調のおかげで、なんとなくエレナが収納魔法を使っていたのが分かった。彼女もこの模擬戦ではまともな戦い方ではセリカに勝てないと理解していた。
一種類の武器を持って構えを取ると、繰り出せる攻撃パターンはある程度予想できる。しかし、収納魔法を利用して武器を切り替えるなら、変数が増えて予測不能な攻撃で相手を翻弄できる。それを使いこなした俺はいつしか『七変化』と呼ばれるようになったので、その戦闘スタイルは略して『変化』と呼んでいる。とはいえ、一部の知り合いしか通じないのだ。
「っ!」
不意を突かれたセリカは驚きながらも、咄嗟に右へ回避。そして当たりそうな一本の矢を短剣で叩き落とした。
そしてエレナが突進したのだが、セリカはすでに迎え撃つ余裕を取り戻した。
「惜しい。エレナちゃんはもっと早く畳みかけるべきだった」
「慣れないことをして一瞬動きが鈍ったかもな」
短剣を交えた激しい攻防がしばらく続いた。セリカは冷静さを保ち、エレナの攻撃を巧みに回避しながら、体術の蹴りで牽制を重ね、決定打だけ短剣を用いて戦った。錬金術による武器の消耗を最小限に抑える戦略を取った。
攻勢を弱めて、エレナは大きく後退しながら矢を数発放った。セリカは彼女を休ませないように、身を低くして下段の矢を防ぎながら間合いを詰めた。
「誘いこまれたな」
ローワンの言う通り、防戦に転じるのも作戦のうち。エレナは攻撃を受ける時のみ、武器の同じ場所を狙えるから。だからウィークポイントを作るために、彼女はセリカの攻撃を回避せず、武器で受け流している。
そこで、セリカは両手に持っていた短剣を強くエレナに投げ、体を後ろに反らして一気に飛び上がった。
「っ!気づかれました!?」
驚きながらエレナは旋回しながら飛んできた2本の短剣を弾き、その衝撃だけで投げられた短剣の剣身が折れた。
セリカは後方へと身を翻し、その途中で左手を地につき体を支える瞬間、右手から3本の投げナイフが閃光のように放たれた。流れるように着地した彼女は、姿勢を崩さず構えを取り、腰にあった予備の短剣が消えてすっと両手に現れた。
ローワンから教わったのだろうな。
実は今、セリカの背中ベルトから投げナイフが消え、右手に出現したのも見た。
それは、一瞬で武器を収納し、すぐに手元に召喚することで、武器の持ち替えに生じる隙を最小限に抑える技だ。
収納は己の霊体を介した空間魔法であり、転移魔法のような繊細な操作は必要ない。それと、持久戦に持ち込むつもりなら、ただ収納しておくより、この方法を取った方が魔力効率がいいのだ。
エレナは地面を力強く蹴って飛び上がり、体をしなやかに反らせ、投げられたナイフを避けた。
そして彼女は落ちることなくその場に留まり、収納魔法で短剣から弓に持ち替えた。
その予想外の出来事に、セリカは次の一手を決めずにいた。
「間合いを詰めないで、むしろ距離を空けてからの浮月弓法か……。やるなエレナちゃん」
「ああ、これはセリカが下手に攻められない」
セリカがその距離で一直線に飛んでいくと、格好の的になってしまう。
投げナイフによる遠距離攻撃は、きっとエレナの連射に射落とされる。
短剣の攻撃を届かせるために、障壁魔法を足場にするか、浮遊魔法で避けながら接近するしかない。しかし、それは準騎士以下の訓練生にはできない芸当だろう。
ここでセリカが取るべき行動はおそらく耐えることだ。
浮遊魔法と収納魔法を使った連射は消耗が激しいから、エレナの猛攻さえ耐えれば勝算はある。
「これならっ!」
セリカは、物は試しと投げナイフを放ったが、エレナはすでに攻撃を開始した。その投げナイフは矢の雨にかき消されるように撃ち落とされた。
その矢の奔流は止まらず、今度はセリカ自身を襲う。彼女は横へ飛び、不規則な回避行動を取りながら短剣で避けられない矢を防いだ。
エレナの攻撃、初めは誘導の矢が半分を占めていたが、今やそうした牽制はわずかで、ほとんど直撃を狙う矢ばかりになっていた。
連続の回避行動で、セリカは疲れの色を見せ、動きが鈍り始めた。
「ソーラーフラッシュ!」
「きゃっ!?」
矢をかわす勢いのまま、セリカは体をぐるりと回転させ、突き出した手から奔流の光を解き放つ。閃光はエレナを包み込み、視界も感覚も一瞬にしてかき乱した。
エレナはあと少しと油断しきっていたところで、その妨害魔法をまんまと食らってしまった。
「そこだっ!」
このチャンスを逃がさずに、セリカは一気に投げナイフを放つ。刃は確かにエレナを捕らえた——
はずだったが、ナイフは抵抗もなくすり抜け、訓練場の魔法障壁にぶつかった。
「なっ……幻像!?」
それは光を操る魔法『蜃気楼』。距離が近いと見破られやすいが、浮遊魔法と相性がいい。エレナも彼女なりに考えたなと感心した。
幻像を解いたエレナがよろめきつつ舞い降りる。弓を手放し短剣に持ち替えたが、その視線はまだ定まらない。今しかないとセリカは迷わず突進した。
「今だ――あれ?うわぁああ!!」
勝機を見出した瞬間は油断しやすい。今の彼女はまさにその状態だった。
セリカが地面に張った薄氷に気づいた時には、すでに遅すぎた。鏡のように滑らかな氷面を踏みしめ、身体の制御を失って勢いよく滑り出した。
「もらいました!」
一瞬の隙を逃さず、エレナは短剣を振り下ろす。刃が空気を裂く甲高い唸りが響いた。
「まだよ!」
刃が迫る刹那、セリカは氷に手のひらを叩きつけ、風魔法を解き放った。轟音とともに巻き起こった突風が、彼女の身体を一気に宙へと押し上げた。
「えぇぇ!?」
「私は――まだ負けない!」
空中で身体をひねり、鋭い眼光でエレナを捉えたセリカ。風魔法のブーストを背に、彼女は疾風の如くエレナへと襲い掛かった。
咄嗟に短剣を構えなおしたエレナだが、その全力の一撃を防ぎきれず、後ろへと大きく飛ばされた。
セリカは着地と同時に風を渦巻かせ、矢のように突進した。しかし、エレナは受け身を取る様子はなかった。
もうこの瞬間、勝負の行方は決した。
だが、エレナは大丈夫だろうか。受け身を取らないのはもしかして気絶している?防御力強化をちゃんと発動していたら気絶してもしばらくは続くはずだ。それにセリカは訓練生の中でも最強の一角、寸止めとか配慮はできるだろう。理屈では分かっているのに、どうしても心配が拭えない。
……。
「これで決まっ――!……え、うそ!?」
考えるより先に体が動いて、一瞬で行動を起こした。俺はエレナを抱き留め、片腕でセリカの攻撃を受け止めた。
「悪い、横槍を入れて。これはセリカの勝ちだ」
セリカが目を丸くし、動きを止めた。
「エレナはもうこれ以上戦えないだろ?」
彼女はあの一撃で力が尽きたから、受け身を取れず、ぐったりとした体が俺の腕の中に収まった。
「わ、分かっているってば、ちゃんと寸止めするつもりだって。……ヴィル先輩って、エレナちゃんのことになると過保護すぎない?」
痛いところを突かれた。図星だから反論もできず、あえて聞こえなかったふりをして主審に声をかけた。
「主審、判定を」
「は、はい。エレナが戦闘不能により、勝者はセリカッ!」
勝利の宣告と共に、周りの訓練生が一斉に歓声をあげた。彼らにとっては部外者に面子をつぶされずに済んだものだ。
「うぅ……」
「気が付いたか」
「うん、まだ頭がくらくらします」
「無理しすぎたから」
やっぱり、さっき少しだけ意識が飛んでいたみたいだ。
それと、あれだけ激しい戦いをしたから、魔力を消耗しすぎて、気分が悪いのも無理はない。だから今は彼女に魔力を渡している。
「それでもやっぱり勝てませんでした」
「頑張ったのはちゃんと見たよ」
エレナの前髪を整えて微笑むと、彼女もほっとした表情を浮かべた。
「セリカさん、本当に強いですね」
「まあ、セリカはああ見えて今年で準騎士になる予定だぜ!」
「ああ見えてってどういうことですかローワン中隊長!」
ローワンが自慢げに言っていたことに、セリカはまったく気付いてないようだ。
「というかお前らはいつまでくっついてるんだ?」
「いちゃついてる!人前で惚気るとか大胆だねぇ」
セリカの追及から逃れるために、ローワンがとばっちりを飛ばしてきた!セリカもセリカでまんまと乗せられた!
「いちゃっ――!?」
彼らにからかわれて、顔を真っ赤にするエレナ。
「変なこと言うな!……エレナ、もう立てる?」
「うん、だいじょ――いたっ!」
「手を貸すから、無理するな」
エレナが素直に腕にしがみついてきて、ローワンたちはにやにやしながら意味ありげな視線を送ってきた。
彼らが大声でからかうから、気づけば周りの訓練生たちも好奇心に満ちた目で見ていた。
「そういえばエレナちゃん、あの氷の罠はいつ張ったの?」
幸い、セリカが話題を変えてくれて、訓練場は真面目な雰囲気に戻った。
「浮遊魔法を使う前に、地面を蹴った瞬間でした」
「あの時すでに?やっぱり隙を補うためにやったんだね」
セリカは目を輝かせて、戦術の話になると止まらなさそうだ。
「二人とも、そっちのベンチに座ってから話そう。ローワンもそれでいいな?」
「ああ、セリカは休憩に入っていいぞ」
「お、ヴィル先輩は気が利く男だな~。ねぇー、エレナちゃん」
「あ、あうぅ……」
こうして、思いがけず始まった模擬戦は幕を閉じた。武器仕様書を待っている間、エレナとセリカは雑談をしていた。内容は半分以上戦闘の話だが、ファッションなど女の子らしい話題もちゃんとされていてほっとした。俺はそういう役は務まらないからな。
そう言えば、武器仕様書のことを思い出すと、何か忘れている気もするけれど……まあ、届けばわかるだろう。




